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*第4章*
恐怖の肝試し(4)
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そして、笹倉先輩は神崎先輩にしがみついたままのあたしに言う。
「優芽ちゃんも、泣かせてごめんね?」
「い、いえ。す、すみません……」
あたしが笹倉先輩の口周りや服についた赤い染みを見ていると
「この赤いのは、ただのケチャップだよ」
あたしの思考を読み取ったかのように笹倉先輩はそう言って、ペロッと自分の口周りを舐めた。
「あ、そうなんですね……」
なんだ、そういうことか……。
「何なら、優芽ちゃんが舐め取ってくれてもいいよ?」
あたしがホッとしていると、一気にあたしに顔を近づけて、口周りを指さす笹倉先輩。
「え……」
すると、笹倉先輩の身体は神崎先輩にグイッと押し返される。
「そんなケチャップまみれの格好で近づくな。こいつが汚れるだろ!?」
「蓮も何気に酷いなあ。人を汚いもの呼ばわりして」
「仕方ねえだろ。その格好で言うな」
笹倉先輩は眉をハの字に下げて、納得したように笑った。
笹倉先輩は木の幹に刺さっていた矢を抜き、茂みからアーチェリーの弓を取り出して、あたしたちの方へ向き直る。
「じゃあ、もうすぐ出口だから、行こうか」
笹倉先輩のその言葉に、広瀬先輩は明らかにホッとしたようなため息を吐く。
「やった……。あと少しだ」
「達也の悲鳴は、ここにいてもよく聞こえたからね。そんなに怖かった?」
意地悪くそう聞く笹倉先輩に、広瀬先輩はうなだれたように口を開いた。
「そりゃあ、もう……。陸人にはひんやりした手をいきなり背中に突っ込まれて……」
「え? そうだったの?」
笹倉先輩は驚いたように声を上げた。
「マジマジ。片桐さんもヤバかったんだよな!?」
広瀬先輩が、あたしと神崎先輩に視線を移す。
「は、はい。結衣もしっかりのっぺらぼうになりきってて……、心臓止まるかと思いました」
今から思い返しても、ゾクリと背筋が凍りそうになる。
だけど、あのとき……。
神崎先輩、あたしのこと“優芽”って呼んでくれたよね……?
熱中症で倒れたときに一度はそう呼ばれたような錯覚に陥ったけど……。
今回はあんな状態だったとはいえ、神崎先輩の“優芽”と叫んだ二文字が、現実のものとしてしっかりと耳に残っている。
すごく怖い肝試しだったけど、そこだけは嬉しかった。
まだ神崎先輩の腕をつかんだままになっている両手が熱くなる……。
「……片桐さん、のっぺらぼうだったの?」
どこか不思議そうに首をかしげる笹倉先輩。
「はい、お堀の前でしゃがんでました」
「いや、そんなはずは……」
笹倉先輩が訝しげに顔をしかめる。
そうしているうちに、あたしたちは出口を出て、無事にゴールした。
「あれ? 結衣たちはまだ森の中ですかね?」
出口に着いても結衣と妹尾先輩の姿は、まだそこにはなくて、あたしはキョロキョロと辺りを見回した。
「本当だ。もう戻っててもおかしくないはずなのに……」
笹倉先輩が心配そうな表情を浮かべて妹尾先輩の携帯に電話をかけるも、一向につながる気配はない。
「ダメだ。全然出ない」
あたしも、ポケットから携帯を取り出して、結衣の番号にかける。
八コールくらい鳴らしたとき。結衣と妹尾先輩が青い顔をして、森の中から飛び出してきた。
「結衣っ!! 妹尾先輩っ!!」
あたしたちが結衣たちの方へ駆け寄ると、妹尾先輩が明らかに動揺したように口を開いた。
「何やねん、この森!! どないなってんねん!!」
ゼェゼェと息を切らしながら、肩で息をする妹尾先輩。
「良かった、優芽ーっ」
あたしにそう言って抱き着く結衣は、カタカタと震えていた。
「ちょっと、結衣、何があったの……?」
「あたしたち、ずっと道に迷ってて……、どんなに歩いても、同じところをずっとグルグル回ってたみたいで……」
「え……、でも結衣、お堀の前であたしたちのこと脅かしてきたよね? のっぺらぼうの格好してて、あたし、すごく驚いたんだから!」
「のっぺらぼう? 何のこと……?」
結衣の言葉に、あたしの背筋が凍る。
「あたしたち、優芽たちを脅かそうと待機してたんだけど、どんなに待っても、優芽たち来なくて……。もう一回地図を見たとき、道を間違えてたことに気づいて、ずっと森の中を迷ってたの……」
「え……」
結衣の説明に、あたしは広瀬先輩と神崎先輩の方へ振り返る。
広瀬先輩の顔は少しずつ青ざめて、神崎先輩も困惑したような表情を浮かべていた。
「……陸人はさ、俺の背中に冷たい手、入れてきたよな?」
広瀬先輩は、震える顎を必死に動かして、弱々しい声で聞く。
「はあ? 何言うてんねん。おまえらを見つけられへんかった俺らが、そんなことできるわけがないやろ……」
「あたしたちがここに出て来れたのも、途中でコウモリの群れに襲われて、走ってる間にいつの間にかって感じだったし……」
妹尾先輩の言葉に、激しく同意する結衣。
「このメモは、琉生がくれたんだよな?」
神崎先輩は、ポケットからノートの切れ端に書かれた肝試しの地図を取り出し、笹倉先輩に見せる。
「ああ、それは間違いなく僕だよ」
その言葉に、一瞬安堵する。
「ちょ、ちょっと待てよ。それは良かったとしても、俺らがお堀の前で会ったのって……」
震える声で、広瀬先輩が口を開く。
「俺の背中に触ったの、陸人じゃなかったってことだよな……? そ、それに、蓮と優芽ちゃんが会ったのも、一体誰だったんだよ!!」
あたしも神崎先輩も目を見合わせる。
「可能性としては、僕ら以外の誰かがこの肝試しに紛れ込んでいたか。もしくは、いわくつきのこの場所で、理論的には説明し難い何かが起こったか……」
笹倉先輩の声に、悪寒が走る。
だって、観光スポットでもなければ、近くに民家があるわけでもない、笹倉先輩の別荘周辺。
誰が、一体、この肝試しに紛れ込むって言うの……!?
つまり、それって……。
「出たああああああああーっ」
「ひいいいいっ!!」
「……マジかよ、ありえねー」
広瀬先輩とあたしと神崎先輩のそれぞれの悲鳴が、夜空に響き、肝試しは幕を閉じた。
「優芽ちゃんも、泣かせてごめんね?」
「い、いえ。す、すみません……」
あたしが笹倉先輩の口周りや服についた赤い染みを見ていると
「この赤いのは、ただのケチャップだよ」
あたしの思考を読み取ったかのように笹倉先輩はそう言って、ペロッと自分の口周りを舐めた。
「あ、そうなんですね……」
なんだ、そういうことか……。
「何なら、優芽ちゃんが舐め取ってくれてもいいよ?」
あたしがホッとしていると、一気にあたしに顔を近づけて、口周りを指さす笹倉先輩。
「え……」
すると、笹倉先輩の身体は神崎先輩にグイッと押し返される。
「そんなケチャップまみれの格好で近づくな。こいつが汚れるだろ!?」
「蓮も何気に酷いなあ。人を汚いもの呼ばわりして」
「仕方ねえだろ。その格好で言うな」
笹倉先輩は眉をハの字に下げて、納得したように笑った。
笹倉先輩は木の幹に刺さっていた矢を抜き、茂みからアーチェリーの弓を取り出して、あたしたちの方へ向き直る。
「じゃあ、もうすぐ出口だから、行こうか」
笹倉先輩のその言葉に、広瀬先輩は明らかにホッとしたようなため息を吐く。
「やった……。あと少しだ」
「達也の悲鳴は、ここにいてもよく聞こえたからね。そんなに怖かった?」
意地悪くそう聞く笹倉先輩に、広瀬先輩はうなだれたように口を開いた。
「そりゃあ、もう……。陸人にはひんやりした手をいきなり背中に突っ込まれて……」
「え? そうだったの?」
笹倉先輩は驚いたように声を上げた。
「マジマジ。片桐さんもヤバかったんだよな!?」
広瀬先輩が、あたしと神崎先輩に視線を移す。
「は、はい。結衣もしっかりのっぺらぼうになりきってて……、心臓止まるかと思いました」
今から思い返しても、ゾクリと背筋が凍りそうになる。
だけど、あのとき……。
神崎先輩、あたしのこと“優芽”って呼んでくれたよね……?
熱中症で倒れたときに一度はそう呼ばれたような錯覚に陥ったけど……。
今回はあんな状態だったとはいえ、神崎先輩の“優芽”と叫んだ二文字が、現実のものとしてしっかりと耳に残っている。
すごく怖い肝試しだったけど、そこだけは嬉しかった。
まだ神崎先輩の腕をつかんだままになっている両手が熱くなる……。
「……片桐さん、のっぺらぼうだったの?」
どこか不思議そうに首をかしげる笹倉先輩。
「はい、お堀の前でしゃがんでました」
「いや、そんなはずは……」
笹倉先輩が訝しげに顔をしかめる。
そうしているうちに、あたしたちは出口を出て、無事にゴールした。
「あれ? 結衣たちはまだ森の中ですかね?」
出口に着いても結衣と妹尾先輩の姿は、まだそこにはなくて、あたしはキョロキョロと辺りを見回した。
「本当だ。もう戻っててもおかしくないはずなのに……」
笹倉先輩が心配そうな表情を浮かべて妹尾先輩の携帯に電話をかけるも、一向につながる気配はない。
「ダメだ。全然出ない」
あたしも、ポケットから携帯を取り出して、結衣の番号にかける。
八コールくらい鳴らしたとき。結衣と妹尾先輩が青い顔をして、森の中から飛び出してきた。
「結衣っ!! 妹尾先輩っ!!」
あたしたちが結衣たちの方へ駆け寄ると、妹尾先輩が明らかに動揺したように口を開いた。
「何やねん、この森!! どないなってんねん!!」
ゼェゼェと息を切らしながら、肩で息をする妹尾先輩。
「良かった、優芽ーっ」
あたしにそう言って抱き着く結衣は、カタカタと震えていた。
「ちょっと、結衣、何があったの……?」
「あたしたち、ずっと道に迷ってて……、どんなに歩いても、同じところをずっとグルグル回ってたみたいで……」
「え……、でも結衣、お堀の前であたしたちのこと脅かしてきたよね? のっぺらぼうの格好してて、あたし、すごく驚いたんだから!」
「のっぺらぼう? 何のこと……?」
結衣の言葉に、あたしの背筋が凍る。
「あたしたち、優芽たちを脅かそうと待機してたんだけど、どんなに待っても、優芽たち来なくて……。もう一回地図を見たとき、道を間違えてたことに気づいて、ずっと森の中を迷ってたの……」
「え……」
結衣の説明に、あたしは広瀬先輩と神崎先輩の方へ振り返る。
広瀬先輩の顔は少しずつ青ざめて、神崎先輩も困惑したような表情を浮かべていた。
「……陸人はさ、俺の背中に冷たい手、入れてきたよな?」
広瀬先輩は、震える顎を必死に動かして、弱々しい声で聞く。
「はあ? 何言うてんねん。おまえらを見つけられへんかった俺らが、そんなことできるわけがないやろ……」
「あたしたちがここに出て来れたのも、途中でコウモリの群れに襲われて、走ってる間にいつの間にかって感じだったし……」
妹尾先輩の言葉に、激しく同意する結衣。
「このメモは、琉生がくれたんだよな?」
神崎先輩は、ポケットからノートの切れ端に書かれた肝試しの地図を取り出し、笹倉先輩に見せる。
「ああ、それは間違いなく僕だよ」
その言葉に、一瞬安堵する。
「ちょ、ちょっと待てよ。それは良かったとしても、俺らがお堀の前で会ったのって……」
震える声で、広瀬先輩が口を開く。
「俺の背中に触ったの、陸人じゃなかったってことだよな……? そ、それに、蓮と優芽ちゃんが会ったのも、一体誰だったんだよ!!」
あたしも神崎先輩も目を見合わせる。
「可能性としては、僕ら以外の誰かがこの肝試しに紛れ込んでいたか。もしくは、いわくつきのこの場所で、理論的には説明し難い何かが起こったか……」
笹倉先輩の声に、悪寒が走る。
だって、観光スポットでもなければ、近くに民家があるわけでもない、笹倉先輩の別荘周辺。
誰が、一体、この肝試しに紛れ込むって言うの……!?
つまり、それって……。
「出たああああああああーっ」
「ひいいいいっ!!」
「……マジかよ、ありえねー」
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