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「……社長って意外と意地悪ですね」

「まぁ、好きな子には意地悪したくなるっていうし。こんな俺のことは嫌いか?」

「……いえ」


 それでもそう聞かれると、どんな社長も好きです、と思ってしまう私は、よっぽど社長のことが好きなのだろう。

 さすがに恥ずかしくて、はっきりと口にできないけれど。


「ならよかった。土日は連絡できなくて悪かった。今週末の金曜の夜は空いてる?」

「……? はい、空いてますけど……」

「じゃあ、俺のために空けておいて」

「はい、わかりました」


 私の返事に満足そうな笑みを浮かべると、社長は再び社長用の広いデスクへと戻っていく。


 もしかしてこれって、デートのお誘い!?


 ワンテンポ遅れてそのことに気づき、思わず頬が緩むのを抑えられない。


「中瀬さん、手が止まってるぞ?」


 怒ってるというより、おかしげに笑いながら指摘する社長は、きっと確信犯だ。


「す、すみません……っ」


 もしかして社長は私が不安に思ってることに気づいて、わざとこのタイミングであんなことを言ってきたのかな?


 それはもしかしたらちょっとうぬぼれかもしれないけれど……。

 良かった、やっぱりあの金曜の夜のことは夢じゃなかったんだ。


 そう思うと、幸せな気持ちが胸一杯に広がっていくのを感じた。


 *


 それからというもの、社長は仕事中は今まで通り私と接していても、一息ついた瞬間に私に甘い言葉をかけてくることが増えた。


 その度にドキドキするけれど、本当に社長と付き合ってるんだっていう実感が湧いてくるようで嬉しい。


 約束のディナーの夜は、社長の車で都心にある高級ホテルの高層階にあるフレンチに連れてきてもらっていた。


 赤系の色味のフワフワしたカーペットのような床や、天井から下がるシャンデリア、そして、ガラス張りになっている壁一面からはきらびやかな夜景が輝いて見えている。


 今日は自分が持っている服のなかでも最上級のワンピースを選んで着てきたけれど、高級感あふれる場で一人浮いてしまっていないか気になってしまう。



 フレンチと聞いて慌ててスマホでテーブルマナーについて復習した私と違って、社長はやっぱり慣れてるのかな?

 慣れない私でもわかるくらいに、社長は綺麗な食べ方をしているから。


「まさか琴子、緊張してる?」

「……えっと、その」


 わああ、そんなに私、緊張してるの顔に出てたのかな。

 ただでさえ高級な雰囲気のなか、こんなに完璧な社長の隣にいるのだから、緊張しないわけがない。


 そして、思わず慌てる私を見て、さらに社長はくつくつと笑った。


「しゃ、社長、笑わないでください」

「俊彦だよ」

「え、っと……」

「会社から出たら、俺も琴子も一人の男と女だろ?」

「そ、そうですけど……」


 うぅ……っ。

 確かにその通りなのだけど、だからといって名前で呼べと言われても、相手は社長なのに……。

 だけど、社長はそんな私を見てなのだろう。

 今度は意地悪な笑みを浮かべてこう言ってきたのだ。


「俺はもっと琴子に近づきたいって思ってるのに、琴子はそうは思ってないってこと?」

「そんなことな……っ」

「じゃあ言えるよね?」


 にっこりと笑う社長。

 これ、絶対私の反応を見て楽しんでるよ。


 もう、こうなったら……!


「と、俊彦、さん」


 私は意を決して彼の名前を口にした。


 自分の声が彼の名前を紡いだ瞬間に、今まで以上に顔中が熱を持つのを感じる。

 恥ずかしくて、社長の顔を見ることができない。


「…………」


 だけど、肝心の社長も何も言ってくれなくて不安になる。

 何で何も言ってくれないの……?


 不安に思いながら恐る恐る目だけで社長を見ると、思わず私は驚いた。


「……え? 社長……?」


 社長も私に負けないくらいに赤くなっていたから。


「……すまない」


 私と目が合うなり、社長は決まりが悪そうに視線を逸らす。

 そんな社長の行動に戸惑うのも一瞬。


「名前呼ばれたくらいでこんなに照れるとか、高校生かって話だよな」


 最後は再び私の目を見て「嬉しかった、ありがとう」と社長は言ってくれる。

 だけど、はにかむ顔は次第にまた少し意地悪なものに変わる。


「でも、さっきまた“社長”に戻ってたよな? 仕事中はそれでいいけど、仕事以外で社長って呼んだら……」


 ふわりと私に近づく影。それは、段々私に近づいてきて……。

 チュッという小さなリップ音とともに、私の唇と社長の唇が触れ合った。
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