68 / 69
第一部エピローグ
E1ー1
しおりを挟む
むすび屋で働きはじめて、約半年近くが過ぎようとしている。
真夏の暑さはすっかり消え去り、クリスマスを目前とした冬の寒さが松山を包み込んでいた。
厚手のコートを羽織り、リードを片手に宿舎から出ると、チャチャは私を見て嬉しそうに尻尾を左右に振る。
吠えられることはあまりなかったものの、最初こそ少し警戒されているようなところがあった。
しかしむすび屋に来てから月日が経ち、チャチャは私にもすっかりなついてくれた。
私のこともちゃんと認めてもらえたみたいで嬉しい。
「はいはい。もう、くすぐったいって!」
チャチャにリードをつけている間にこちらに擦り寄り、チャチャの毛が私の頬に触れて思わず笑みがこぼれる。
「じゃあ、行こっか」
私がそう声をかけると、チャチャは「ワン!」とひと鳴きして、尻尾を揺らしながら飛び跳ねるように歩き始める。
冬の寒さにも負けず元気な姿に感心させられる。
初めてむすび屋に訪れたのは、チャチャを探すおばあさんの霊と出会ったことがきっかけだった。
おばあさんと最後の時間を過ごせたことは、きっとチャチャにとってもかけがえのない時間だったんじゃないかな。
そして、私自身、二人が居たからむすび屋と出会えたんだと感謝している。
チャチャは、むすび屋のみんなに愛されて、大切に育てられている。
だからおばあさんのことを思い出す度に、安心してくださいって、心の中でそっと呟くのだ。
「チャチャ、早いって!」
お散歩が大好きなチャチャは、ぐいぐいとリードを引いていく。
晃さんや拓也さんが散歩に連れ出すときはそんなことないのに、この差は何なのだろう。
けれど、私がヒイヒイ言ってるとその場に立ち止まって、まるで笑っているかのように尻尾を振るのだから、チャチャとしては私と遊んでいるだけなのだろう。
私がその場に立ち止まって肩で息をしていると、何に反応したのか視界の隅でチャチャが興奮気味に尻尾を振るのが見えた。
何だろう? と視線を上げると、チリンという音とともに男子学生の乗った自転車が近くに止まった。
「江口さん?」
「……え?」
顔を上げると、約半年ぶりの弘樹さんがこちらを見ている。
私がむすび屋に来て初めて対応した中学生の幽霊、和樹くんのお兄さんだ。
「やっぱりそうだ。久しぶり。また会ったね」
「あ、お久しぶりです」
「江口さん、犬飼っとったんや。この近くに住んどるん?」
弘樹さんは自転車をその場に固定すると、チャチャのそばにしゃがむ。
チャチャは警戒しながらも、遊んでもらえそうな弘樹さんの雰囲気に、嬉しそうに尻尾を振っている。
「はい、そんなところです」
弘樹さんには、私は一応和樹くんの彼女だったということになっている。
和樹くんより歳上だということは気づいてそうだけれど、実年齢まで伝えているわけではない。さすがにむすび屋の従業員だということを明かす必要はないと思い、少し曖昧に答える。
「やっぱり。前も近くで会ったけんそうかなって思ったんよ」
確かに以前偶然会ったのも、この近くにある和樹くんが利用していたという通学路だった。
今日は違う道を走ってるみたいだけれど、これから学校に行くのだろうか。
「そうでしたね。これから学校ですか?」
日曜日だというのに、制服を着ている弘樹さんに問いかけてみる。
「ああ、今日はこれから部活なんよ」
弘樹さんは軽くうなずくと、前籠に突っ込まれた部活用の道具が入っているのであろう鞄をポンポンと叩く。
「バスケ、続けられてるんですね」
「もちろん。和樹と約束したけん。カッコ悪いところ見せられんし」
弘樹さんはハハッと明るい笑みを見せる。その表情からは、以前のような思い詰めた風貌はすっかりなくなっていた。
「部活辞めてたブランクがあったけど、俺、最近やっとレギュラーに戻れたんよ」
「本当ですか? すごいじゃないですか!」
「ありがとう。やけん、今度こそ引退まで辞めずにバスケ、続けようと思う。もちろん大学に進学しても。和樹のことも、バスケのことも、本当にありがとな」
弘樹さんの眼差しも口調も力強く、そんな彼の姿を見て私自身も元気づけられるようだった。
「はい。私も陰ながら弘樹さんのこと、応援しています」
「ありがとう。今日は中学の頃の友達のところに寄る用事があったからここを通ったんやけど、偶然とはいえ会えてよかった」
彼がこの場に居たことに少し疑問に思っていたところがあったが、理由を聞いて納得した。
「じゃあ、また」
「はい、こちらこそありがとうございます」
力強く地面を蹴って去っていく弘樹さんは、確実に未来を歩いて行けている。
そんな彼の姿を見て、ホッとしたのだった。
真夏の暑さはすっかり消え去り、クリスマスを目前とした冬の寒さが松山を包み込んでいた。
厚手のコートを羽織り、リードを片手に宿舎から出ると、チャチャは私を見て嬉しそうに尻尾を左右に振る。
吠えられることはあまりなかったものの、最初こそ少し警戒されているようなところがあった。
しかしむすび屋に来てから月日が経ち、チャチャは私にもすっかりなついてくれた。
私のこともちゃんと認めてもらえたみたいで嬉しい。
「はいはい。もう、くすぐったいって!」
チャチャにリードをつけている間にこちらに擦り寄り、チャチャの毛が私の頬に触れて思わず笑みがこぼれる。
「じゃあ、行こっか」
私がそう声をかけると、チャチャは「ワン!」とひと鳴きして、尻尾を揺らしながら飛び跳ねるように歩き始める。
冬の寒さにも負けず元気な姿に感心させられる。
初めてむすび屋に訪れたのは、チャチャを探すおばあさんの霊と出会ったことがきっかけだった。
おばあさんと最後の時間を過ごせたことは、きっとチャチャにとってもかけがえのない時間だったんじゃないかな。
そして、私自身、二人が居たからむすび屋と出会えたんだと感謝している。
チャチャは、むすび屋のみんなに愛されて、大切に育てられている。
だからおばあさんのことを思い出す度に、安心してくださいって、心の中でそっと呟くのだ。
「チャチャ、早いって!」
お散歩が大好きなチャチャは、ぐいぐいとリードを引いていく。
晃さんや拓也さんが散歩に連れ出すときはそんなことないのに、この差は何なのだろう。
けれど、私がヒイヒイ言ってるとその場に立ち止まって、まるで笑っているかのように尻尾を振るのだから、チャチャとしては私と遊んでいるだけなのだろう。
私がその場に立ち止まって肩で息をしていると、何に反応したのか視界の隅でチャチャが興奮気味に尻尾を振るのが見えた。
何だろう? と視線を上げると、チリンという音とともに男子学生の乗った自転車が近くに止まった。
「江口さん?」
「……え?」
顔を上げると、約半年ぶりの弘樹さんがこちらを見ている。
私がむすび屋に来て初めて対応した中学生の幽霊、和樹くんのお兄さんだ。
「やっぱりそうだ。久しぶり。また会ったね」
「あ、お久しぶりです」
「江口さん、犬飼っとったんや。この近くに住んどるん?」
弘樹さんは自転車をその場に固定すると、チャチャのそばにしゃがむ。
チャチャは警戒しながらも、遊んでもらえそうな弘樹さんの雰囲気に、嬉しそうに尻尾を振っている。
「はい、そんなところです」
弘樹さんには、私は一応和樹くんの彼女だったということになっている。
和樹くんより歳上だということは気づいてそうだけれど、実年齢まで伝えているわけではない。さすがにむすび屋の従業員だということを明かす必要はないと思い、少し曖昧に答える。
「やっぱり。前も近くで会ったけんそうかなって思ったんよ」
確かに以前偶然会ったのも、この近くにある和樹くんが利用していたという通学路だった。
今日は違う道を走ってるみたいだけれど、これから学校に行くのだろうか。
「そうでしたね。これから学校ですか?」
日曜日だというのに、制服を着ている弘樹さんに問いかけてみる。
「ああ、今日はこれから部活なんよ」
弘樹さんは軽くうなずくと、前籠に突っ込まれた部活用の道具が入っているのであろう鞄をポンポンと叩く。
「バスケ、続けられてるんですね」
「もちろん。和樹と約束したけん。カッコ悪いところ見せられんし」
弘樹さんはハハッと明るい笑みを見せる。その表情からは、以前のような思い詰めた風貌はすっかりなくなっていた。
「部活辞めてたブランクがあったけど、俺、最近やっとレギュラーに戻れたんよ」
「本当ですか? すごいじゃないですか!」
「ありがとう。やけん、今度こそ引退まで辞めずにバスケ、続けようと思う。もちろん大学に進学しても。和樹のことも、バスケのことも、本当にありがとな」
弘樹さんの眼差しも口調も力強く、そんな彼の姿を見て私自身も元気づけられるようだった。
「はい。私も陰ながら弘樹さんのこと、応援しています」
「ありがとう。今日は中学の頃の友達のところに寄る用事があったからここを通ったんやけど、偶然とはいえ会えてよかった」
彼がこの場に居たことに少し疑問に思っていたところがあったが、理由を聞いて納得した。
「じゃあ、また」
「はい、こちらこそありがとうございます」
力強く地面を蹴って去っていく弘樹さんは、確実に未来を歩いて行けている。
そんな彼の姿を見て、ホッとしたのだった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
心の落とし物
緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも
・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ )
〈本作の楽しみ方〉
本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。
知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。
〈あらすじ〉
〈心の落とし物〉はありませんか?
どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。
あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。
喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。
ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。
懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。
〈主人公と作中用語〉
・添野由良(そえのゆら)
洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。
・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉
人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。
・〈探し人(さがしびと)〉
〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。
・〈未練溜まり(みれんだまり)〉
忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。
・〈分け御霊(わけみたま)〉
生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる