伊予むすび屋の思い出ごはん

美和優希

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第一部エピローグ

E1ー1

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 むすび屋で働きはじめて、約半年近くが過ぎようとしている。

 真夏の暑さはすっかり消え去り、クリスマスを目前とした冬の寒さが松山を包み込んでいた。

 厚手のコートを羽織り、リードを片手に宿舎から出ると、チャチャは私を見て嬉しそうに尻尾を左右に振る。

 吠えられることはあまりなかったものの、最初こそ少し警戒されているようなところがあった。

 しかしむすび屋に来てから月日が経ち、チャチャは私にもすっかりなついてくれた。

 私のこともちゃんと認めてもらえたみたいで嬉しい。


「はいはい。もう、くすぐったいって!」

 チャチャにリードをつけている間にこちらに擦り寄り、チャチャの毛が私の頬に触れて思わず笑みがこぼれる。

 
「じゃあ、行こっか」

 私がそう声をかけると、チャチャは「ワン!」とひと鳴きして、尻尾を揺らしながら飛び跳ねるように歩き始める。

 冬の寒さにも負けず元気な姿に感心させられる。

 初めてむすび屋に訪れたのは、チャチャを探すおばあさんの霊と出会ったことがきっかけだった。

 おばあさんと最後の時間を過ごせたことは、きっとチャチャにとってもかけがえのない時間だったんじゃないかな。

 そして、私自身、二人が居たからむすび屋と出会えたんだと感謝している。

 
 チャチャは、むすび屋のみんなに愛されて、大切に育てられている。

 だからおばあさんのことを思い出す度に、安心してくださいって、心の中でそっと呟くのだ。


「チャチャ、早いって!」

 お散歩が大好きなチャチャは、ぐいぐいとリードを引いていく。

 晃さんや拓也さんが散歩に連れ出すときはそんなことないのに、この差は何なのだろう。

 けれど、私がヒイヒイ言ってるとその場に立ち止まって、まるで笑っているかのように尻尾を振るのだから、チャチャとしては私と遊んでいるだけなのだろう。


 私がその場に立ち止まって肩で息をしていると、何に反応したのか視界の隅でチャチャが興奮気味に尻尾を振るのが見えた。

 何だろう? と視線を上げると、チリンという音とともに男子学生の乗った自転車が近くに止まった。


「江口さん?」

「……え?」

 顔を上げると、約半年ぶりの弘樹さんがこちらを見ている。

 私がむすび屋に来て初めて対応した中学生の幽霊、和樹くんのお兄さんだ。


「やっぱりそうだ。久しぶり。また会ったね」
 
「あ、お久しぶりです」

「江口さん、犬飼っとったんや。この近くに住んどるん?」

 弘樹さんは自転車をその場に固定すると、チャチャのそばにしゃがむ。

 チャチャは警戒しながらも、遊んでもらえそうな弘樹さんの雰囲気に、嬉しそうに尻尾を振っている。


「はい、そんなところです」


 弘樹さんには、私は一応和樹くんの彼女だったということになっている。

 和樹くんより歳上だということは気づいてそうだけれど、実年齢まで伝えているわけではない。さすがにむすび屋の従業員だということを明かす必要はないと思い、少し曖昧に答える。

 
「やっぱり。前も近くで会ったけんそうかなって思ったんよ」

 確かに以前偶然会ったのも、この近くにある和樹くんが利用していたという通学路だった。

 今日は違う道を走ってるみたいだけれど、これから学校に行くのだろうか。


「そうでしたね。これから学校ですか?」

 日曜日だというのに、制服を着ている弘樹さんに問いかけてみる。


「ああ、今日はこれから部活なんよ」

 弘樹さんは軽くうなずくと、前籠に突っ込まれた部活用の道具が入っているのであろう鞄をポンポンと叩く。


「バスケ、続けられてるんですね」

「もちろん。和樹と約束したけん。カッコ悪いところ見せられんし」

 弘樹さんはハハッと明るい笑みを見せる。その表情からは、以前のような思い詰めた風貌はすっかりなくなっていた。 


「部活辞めてたブランクがあったけど、俺、最近やっとレギュラーに戻れたんよ」

「本当ですか? すごいじゃないですか!」

「ありがとう。やけん、今度こそ引退まで辞めずにバスケ、続けようと思う。もちろん大学に進学しても。和樹のことも、バスケのことも、本当にありがとな」

 弘樹さんの眼差しも口調も力強く、そんな彼の姿を見て私自身も元気づけられるようだった。


「はい。私も陰ながら弘樹さんのこと、応援しています」

「ありがとう。今日は中学の頃の友達のところに寄る用事があったからここを通ったんやけど、偶然とはいえ会えてよかった」

 彼がこの場に居たことに少し疑問に思っていたところがあったが、理由を聞いて納得した。


「じゃあ、また」

「はい、こちらこそありがとうございます」


 力強く地面を蹴って去っていく弘樹さんは、確実に未来を歩いて行けている。

 そんな彼の姿を見て、ホッとしたのだった。
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