66 / 69
4.親子をむすぶいよかんムース
4ー19
しおりを挟む
「そう、最後にね、いよかんムースを作ったの!」
そして、お母さんは穏やかな表情で両手をぱちんと胸の前で合わせると、厨房の冷蔵庫の方まで早足で移動する。
「晃、好きだったでしょ? これで許してもらおうなんて思ってないけど、今までごめんねと強く生きてくれてありがとうの気持ちを込めて作ったの」
お盆の上にムースを四つ乗せてこちらに戻ってくると、お母さんはテーブルの上にひとつずつムースを並べる。
「よかったら食べてちょうだい。ケイさんも拓也くんも、ほら」
お母さんは晃さんだけでなく、私たちのことも手招きしてくれる。
厨房のそばからこちらの成り行きを見守っていた拓也さんはどうするのかと見やると、私の無言の問いかけに答えるようにうなずいて、お母さんのいるテーブルへと向かう。
私もそれにならって、お母さんの隣、拓也さんの向かいの席に腰を下ろした。
私たちの視線を受けた晃さんは、今も硬い表情を浮かべていたものの、ゆっくりこちらに歩いてきてお母さんの真向かいの席まで来てくれた。
「じゃあ食べましょう?」
お母さんの言葉を合図に「いただきます」と口に含めば、一気にいよかんの香りが広がる。
「美味しい……」
ヨーグルトといよかんの酸味が良い味を出している。
本当ならもっと口に出して絶賛したいところだが、それをしてしまうと晃さんやお母さんが何かを伝えようと思ってもそれを妨げてしまう気がする。
晃さんの方を見ると、最初はじっといよかんムースを見つめているだけだったが、次第にムースを口に運ぶ。
「……懐かしいな」
数口食べたところで、晃さんは静かにそう言った。
幼い晃さんが好きで、いつも作っていたといういよかんのムース。
傷つけ合って最後にはつらい思い出となってしまった二人にも、幸せだった頃の記憶は残っているのだろう。
その頃の思い出が晃さんの頭の中に蘇っているのかはわからないけれど、晃さんの声は穏やかな優しいもののように聞こえた。
そして、さっきまでの晃さんから想像できただろうか。
「美味しいよ、母さん。ありがとう」
晃さんは、はっきりとお母さんに向かってそう言ったのだ。
「晃……」
「俺はずっと母さんのことを恨んでた。再婚相手と幸せになるために俺を捨てたと思っていたし、何だかんだ言って俺のことは邪魔なんだろうなって」
でも、と晃さんは続ける。
「でも……、誤解してたってのもあるし、思うことはいろいろあるけど、もっとちゃんと母さんの話を聞けてたらよかったな」
「いいのよ、もう。今、こうして話を聞いてくれたじゃない」
「生きてるうちに聞いとけばよかったって意味だよ」
顔を伏せて片手で覆う晃さんのそばに行って、お母さんは小さい子どもにするように晃さんの頭をよしよしする。
「ごめんね、本当にごめんね」
「……やめろよ」
晃さんのその声は少し涙ぐんでいて、今まで我慢していた感情や想いの表れなのかなと感じた。言葉とは裏腹に、お母さんの手を押しのけるようなことはしなかった。
「いいじゃない、最後くらい」
お母さんも泣いていた。
思うことはいろいろあると言っていた晃さんが、お母さんのしたことを心の底から許せているかはわからない。本当の意味で許すことができるのは、もっと時間が経ってからかもしれない。
だけど、どんなに傷つけられても、きっとお母さんのことを完全には嫌いになれなかったんだろう。
幼い頃に傷つけられて、長い間大人になっても強くお母さんのことを恨んでいたのは、きっとそれだけ幼い頃の晃さんがお母さんのことを大好きだったからなのかな……。
お母さんは、晃さんがいよかんムースを食べ終えるのを見届けて、空気に溶けるように消えていった。
晃さんは、いつも通りに戻っていたけれど、その表情はどこか晴れやかで穏やかなものに見えた。
そして、お母さんは穏やかな表情で両手をぱちんと胸の前で合わせると、厨房の冷蔵庫の方まで早足で移動する。
「晃、好きだったでしょ? これで許してもらおうなんて思ってないけど、今までごめんねと強く生きてくれてありがとうの気持ちを込めて作ったの」
お盆の上にムースを四つ乗せてこちらに戻ってくると、お母さんはテーブルの上にひとつずつムースを並べる。
「よかったら食べてちょうだい。ケイさんも拓也くんも、ほら」
お母さんは晃さんだけでなく、私たちのことも手招きしてくれる。
厨房のそばからこちらの成り行きを見守っていた拓也さんはどうするのかと見やると、私の無言の問いかけに答えるようにうなずいて、お母さんのいるテーブルへと向かう。
私もそれにならって、お母さんの隣、拓也さんの向かいの席に腰を下ろした。
私たちの視線を受けた晃さんは、今も硬い表情を浮かべていたものの、ゆっくりこちらに歩いてきてお母さんの真向かいの席まで来てくれた。
「じゃあ食べましょう?」
お母さんの言葉を合図に「いただきます」と口に含めば、一気にいよかんの香りが広がる。
「美味しい……」
ヨーグルトといよかんの酸味が良い味を出している。
本当ならもっと口に出して絶賛したいところだが、それをしてしまうと晃さんやお母さんが何かを伝えようと思ってもそれを妨げてしまう気がする。
晃さんの方を見ると、最初はじっといよかんムースを見つめているだけだったが、次第にムースを口に運ぶ。
「……懐かしいな」
数口食べたところで、晃さんは静かにそう言った。
幼い晃さんが好きで、いつも作っていたといういよかんのムース。
傷つけ合って最後にはつらい思い出となってしまった二人にも、幸せだった頃の記憶は残っているのだろう。
その頃の思い出が晃さんの頭の中に蘇っているのかはわからないけれど、晃さんの声は穏やかな優しいもののように聞こえた。
そして、さっきまでの晃さんから想像できただろうか。
「美味しいよ、母さん。ありがとう」
晃さんは、はっきりとお母さんに向かってそう言ったのだ。
「晃……」
「俺はずっと母さんのことを恨んでた。再婚相手と幸せになるために俺を捨てたと思っていたし、何だかんだ言って俺のことは邪魔なんだろうなって」
でも、と晃さんは続ける。
「でも……、誤解してたってのもあるし、思うことはいろいろあるけど、もっとちゃんと母さんの話を聞けてたらよかったな」
「いいのよ、もう。今、こうして話を聞いてくれたじゃない」
「生きてるうちに聞いとけばよかったって意味だよ」
顔を伏せて片手で覆う晃さんのそばに行って、お母さんは小さい子どもにするように晃さんの頭をよしよしする。
「ごめんね、本当にごめんね」
「……やめろよ」
晃さんのその声は少し涙ぐんでいて、今まで我慢していた感情や想いの表れなのかなと感じた。言葉とは裏腹に、お母さんの手を押しのけるようなことはしなかった。
「いいじゃない、最後くらい」
お母さんも泣いていた。
思うことはいろいろあると言っていた晃さんが、お母さんのしたことを心の底から許せているかはわからない。本当の意味で許すことができるのは、もっと時間が経ってからかもしれない。
だけど、どんなに傷つけられても、きっとお母さんのことを完全には嫌いになれなかったんだろう。
幼い頃に傷つけられて、長い間大人になっても強くお母さんのことを恨んでいたのは、きっとそれだけ幼い頃の晃さんがお母さんのことを大好きだったからなのかな……。
お母さんは、晃さんがいよかんムースを食べ終えるのを見届けて、空気に溶けるように消えていった。
晃さんは、いつも通りに戻っていたけれど、その表情はどこか晴れやかで穏やかなものに見えた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
心の落とし物
緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも
・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ )
〈本作の楽しみ方〉
本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。
知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。
〈あらすじ〉
〈心の落とし物〉はありませんか?
どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。
あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。
喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。
ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。
懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。
〈主人公と作中用語〉
・添野由良(そえのゆら)
洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。
・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉
人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。
・〈探し人(さがしびと)〉
〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。
・〈未練溜まり(みれんだまり)〉
忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。
・〈分け御霊(わけみたま)〉
生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる