伊予むすび屋の思い出ごはん

美和優希

文字の大きさ
上 下
63 / 69
4.親子をむすぶいよかんムース

4ー16

しおりを挟む
 *


「ほらよ」

 コンビニから出ると、晃さんからカフェオレを受け取る。


「ありがとうございます。何だかすみません、おごってもらっちゃって」

「別に」


 晃さんはブラックコーヒーの缶を開けて口をつけた。

 私もそれにならって、受け取ったカフェオレに口をつける。

 勢いだけでむすび屋から出てきたけれど、まさかこんなにあっさりと晃さんをつかまえられるとは思わなかった。

 それに安堵するのも束の間、問題はここからだ。


「さっきはすみません。気を悪くさせてしまって」

 晃さんは何もこたえない。

 私の話すら聞いてるのか怪しいけれど、この距離で聞こえてないなんていうことはないだろう。


「余計なことをしてしまったことは承知しています。晃さんにとっては触れられたくないことなのだということも理解してます。それでも、私は最善の方法を考えたかったんです。だって、晃さんはこれまでずっとお母さんのことで苦しんできたんですよね? それなら、もう充分晃さんは苦しんだと思うんです」


 このまま終わってほしくなくて、晃さんの目をまっすぐ見ながら、私はさっき言えなかったことを伝えていく。


「お母さんが晃さんにしたことは、私も許せないです。私も同じ立場だったら、今更話し合いだなんてふざけるなって拒絶して、突き放してしまうと思います。そう思うことは、自然なことだと思います」

「…………」

「でも、ずっと抱えてきた“想い”を聞いたら、お母さんだけを責められなくなってしまいました」

 打ち明けられたお母さんにとっての真実を思い出して、私は目を伏せる。

 不運な境遇は誰のせいでもない。だからといって、間違った選択をして晃さんを傷つけたのは決して許されることではないけれど。


「……おまえは、あの女に同情してるのか?」

 同情する価値すらないと言いたげな、冷たい声を投げられる。

 けれど、そうじゃない。

「違います。勘違いしないでくだい。私は、お母さんのためにお願いしているわけじゃありません」

「は……?」

「晃さんのためにお願いしているんです」

「俺のためって、意味わかんね。俺の何を知ってそんなこと言って……」

 不機嫌そうに言い返してきた晃さんの言葉を遮って、畳み掛けるように声を上げる。


「それなら、晃さんこそお母さんの何を知っているんですか? 晃さんはなぜおじいさんのところに預けられたのか、どうして優しかったお母さんが感情的に晃さんを突き放したのか、知っているのですか?」


 部外者の私だけじゃなく、当事者の晃さんですら、全てを知っているようで何も知らない。

 突然大好きなお母さんに傷つけられて、訳もわからないままおじいさんに預けられて、何も事情を知らないまま振り回されていただけなのだから。


「……そんなの、知りたくもねえよ」

 晃さんは吐き捨てるように口にした。

 けれど、本当にそれでいいのだろうか。


「本当は怖いんじゃないですか?」

「何?」

「面と向かって、要らない子だったと言われたらと思うと、怖いんじゃないですか?」

「そんなわけ……」

「それなら、お母さんの話、聞くだけ聞いてあげてください」

 私は真剣な瞳で晃さんに訴えかけて、深々と頭を下げる。


「晃さんには、後悔してほしくないんです」

「は? 俺? あの女じゃなくて?」

「はい」

 晃さんはこちらの意図を探るように、じっと私を見据える。
 その表情からはやはり彼の感情は読み取れない。

 けれど、晃さんの心に少しでも届いてほしいと願って、私は続けた。


「そうです。本当は、ずっと知りたかったんじゃないですか? お母さんのこと」


 一体あのとき、お母さんに何があったのか。

 どうして晃さんを突き放したのか。


「やっと聞けるときがきたんです。これを逃したら、本当のことを聞ける機会を永遠に逃してしまいます」

 いくら晃さんは幽霊が見えるとはいえ、いつまでもお母さんがここに留まり続けるとは限らない。

 晃さんに伝えることを諦めてしまうかもしれないし、お母さんの中で踏ん切りがついて成仏するかもしれないのだ。

 それで良いと決して思えない。知らないまま終わってほしくない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

ラスト・チケット

釜瑪 秋摩
ライト文芸
目が覚めたら真っ白な部屋にいた。 いつの間にか手にしていたチケットで 最後の七日間の旅にでる。 オムニバス形式で七人が送る七日間の話――。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

心の落とし物

緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも ・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ ) 〈本作の楽しみ方〉  本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。  知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。 〈あらすじ〉  〈心の落とし物〉はありませんか?  どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。  あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。  喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。  ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。  懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。 〈主人公と作中用語〉 ・添野由良(そえのゆら)  洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。 ・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉  人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。 ・〈探し人(さがしびと)〉  〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。 ・〈未練溜まり(みれんだまり)〉  忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。 ・〈分け御霊(わけみたま)〉  生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...