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4.親子をむすぶいよかんムース
4ー14
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拓也さんは私を見ると、少し困ったように眉を下げる。
そして、さっきまでまとっていた厳しさを取り払い、涙を流すお母さんに語りかけるように口を開いた。
「ありがとうもごめんなさいも好きも嫌いも、つい伝えそびれてしまうことやけど、本来は生きているうちに伝えんと伝わらんもんなんよ。今回が最後のチャンスやと思って、晃と話してやって」
ありがとうもごめんなさいも好きも嫌いも、生きているうち。
そういった自分の想いを伝えられなかったことが未練となって、むすび屋に来るお客様は思いのほか多い。
私がここに来てからもそうだった。
チャチャにありがとうとごめんなさいを伝えたかったおばあさん。
ケンカしたままごめんなさいも言えずに亡くなってしまった和樹くん。
最期まで病気のことを打ち明けられずに、自分の想いを伝えそびれてしまった清美さん。
伝えたい想いを全て伝えたい人に伝えて、未練なく死ねる人なんてほとんどいないのだと思う。
死なんて、いつ訪れるのかわからないのだから。
大事なことほど伝えづらくて、“あとで”と後回しにしがちだが、その“あとで”が必ずしも訪れる保証なんてどこにもないんだ。
だからこそ、こうして奇跡的に晃さんと話せる環境下にあるお母さんには、今度こそ後悔ないように晃さんと話してほしいなと思う。
一旦会話が途切れて、カチャンと紅茶のカップと受け皿の音が小さく響く。
「何してんだよ」
そのとき、突然、まだここにはいないはずの人物の声が食堂に響いた。
「晃!?」
「えっ、晃さん……!?」
声のした方を見ると、食堂の入口の壁に背を預け、腕を組んでこちらを冷めた目で見据える晃さんの姿があった。
どうして。今日は買い物があるから街なかの方へ出かける予定だと聞いていたのに……。
よく見ると手には本屋の買い物袋が提がっているが、もう買い物は終わったということなのだろうか。
食堂の入口のそばに掛けてある時計を見ても、まだ約束していた時刻にはなっていない。
さすがにこれは完全なる想定外で、三人でここで紅茶を飲んでいる場を見られて、とっさにこの場をしのぐための言い訳すら思いつかない。
「出てけよ。もう来んなって言っただろ!?」
つかつかと真っ直ぐにお母さんのそばまで歩いてきて、晃さんはお母さんの腕を乱暴につかむ。
むすび屋の中ということもあり、晃さんに引っ張られる形でお母さんはその場に立ち上がった。
「おい、晃! やめろって!」
拓也さんは、慌てて二人の間に入ってそれを止める。
しかし、事情を知らない晃さんが納得できるはずもなく、今度は私たちに向かって声を荒げた。
「拓也もケイも。おまえら何なの? こいつとは関わるなって言っただろ」
「すみませ……」
本気で怒ってる。
晃さんにきつくにらまれたことで怯んでしまった私の身体は、思ったように息もできなくて、伝えたかった想いも言葉も何一つ口から出てこなかった。
「迷惑なんだよ。関係ないことに首突っ込んで余計なことしないでくれ。自分らがデキて頭までメデタクなったのか? ふざけんな」
そのとき、拓也さんがグイと晃さんの胸ぐらをつかむ。
「ふざけてんのはどっちや。たいがいにせえよ。おまえがいつまでも過去から逃げよるからやろ? ちゃんと向き合えよ」
「だから、それが迷惑だって言ってんだよ」
晃さんは拓也さんの腕をふりほどくと、吐き捨てるように言って食堂から出ていってしまった。
ピピピピ……と、ムースが固まる時間にセットしたタイマーが、無情にも一瞬静寂に包まれた空間を切り裂く。
私は慌ててそれを止めに行くけれど、さっきまで楽しそうにいよかんムースを作っていたお母さんは、冷蔵庫の方へムースの出来を見に行くようなことはしなかった。
「……やっぱダメだった、か。」
宙に投げ捨てられた言葉が、胸に刺さる。
そのまま机に突っ伏してしまったからお母さんがどんな表情をしているのかはわからないけれど、きっと絶望の色を示しているのだろう。
拓也さんは悔しそうに唇を噛み締めて、晃さんが出ていった食堂の入口をにらみつけている。
こうなったのも、私が二人を救えるかもしれないなんて買い被って二人を引き合わせるようなことをしたからだ。
こんな風に始まる前からダメになったときのことを想像もしていなかったのは、考えが甘かったとしか言いようがない。
どうしよう……。もう、話を聞いてもらえないかもしれない。
最悪な結果に、頭を抱え込んでしまいそうになる。
そして、さっきまでまとっていた厳しさを取り払い、涙を流すお母さんに語りかけるように口を開いた。
「ありがとうもごめんなさいも好きも嫌いも、つい伝えそびれてしまうことやけど、本来は生きているうちに伝えんと伝わらんもんなんよ。今回が最後のチャンスやと思って、晃と話してやって」
ありがとうもごめんなさいも好きも嫌いも、生きているうち。
そういった自分の想いを伝えられなかったことが未練となって、むすび屋に来るお客様は思いのほか多い。
私がここに来てからもそうだった。
チャチャにありがとうとごめんなさいを伝えたかったおばあさん。
ケンカしたままごめんなさいも言えずに亡くなってしまった和樹くん。
最期まで病気のことを打ち明けられずに、自分の想いを伝えそびれてしまった清美さん。
伝えたい想いを全て伝えたい人に伝えて、未練なく死ねる人なんてほとんどいないのだと思う。
死なんて、いつ訪れるのかわからないのだから。
大事なことほど伝えづらくて、“あとで”と後回しにしがちだが、その“あとで”が必ずしも訪れる保証なんてどこにもないんだ。
だからこそ、こうして奇跡的に晃さんと話せる環境下にあるお母さんには、今度こそ後悔ないように晃さんと話してほしいなと思う。
一旦会話が途切れて、カチャンと紅茶のカップと受け皿の音が小さく響く。
「何してんだよ」
そのとき、突然、まだここにはいないはずの人物の声が食堂に響いた。
「晃!?」
「えっ、晃さん……!?」
声のした方を見ると、食堂の入口の壁に背を預け、腕を組んでこちらを冷めた目で見据える晃さんの姿があった。
どうして。今日は買い物があるから街なかの方へ出かける予定だと聞いていたのに……。
よく見ると手には本屋の買い物袋が提がっているが、もう買い物は終わったということなのだろうか。
食堂の入口のそばに掛けてある時計を見ても、まだ約束していた時刻にはなっていない。
さすがにこれは完全なる想定外で、三人でここで紅茶を飲んでいる場を見られて、とっさにこの場をしのぐための言い訳すら思いつかない。
「出てけよ。もう来んなって言っただろ!?」
つかつかと真っ直ぐにお母さんのそばまで歩いてきて、晃さんはお母さんの腕を乱暴につかむ。
むすび屋の中ということもあり、晃さんに引っ張られる形でお母さんはその場に立ち上がった。
「おい、晃! やめろって!」
拓也さんは、慌てて二人の間に入ってそれを止める。
しかし、事情を知らない晃さんが納得できるはずもなく、今度は私たちに向かって声を荒げた。
「拓也もケイも。おまえら何なの? こいつとは関わるなって言っただろ」
「すみませ……」
本気で怒ってる。
晃さんにきつくにらまれたことで怯んでしまった私の身体は、思ったように息もできなくて、伝えたかった想いも言葉も何一つ口から出てこなかった。
「迷惑なんだよ。関係ないことに首突っ込んで余計なことしないでくれ。自分らがデキて頭までメデタクなったのか? ふざけんな」
そのとき、拓也さんがグイと晃さんの胸ぐらをつかむ。
「ふざけてんのはどっちや。たいがいにせえよ。おまえがいつまでも過去から逃げよるからやろ? ちゃんと向き合えよ」
「だから、それが迷惑だって言ってんだよ」
晃さんは拓也さんの腕をふりほどくと、吐き捨てるように言って食堂から出ていってしまった。
ピピピピ……と、ムースが固まる時間にセットしたタイマーが、無情にも一瞬静寂に包まれた空間を切り裂く。
私は慌ててそれを止めに行くけれど、さっきまで楽しそうにいよかんムースを作っていたお母さんは、冷蔵庫の方へムースの出来を見に行くようなことはしなかった。
「……やっぱダメだった、か。」
宙に投げ捨てられた言葉が、胸に刺さる。
そのまま机に突っ伏してしまったからお母さんがどんな表情をしているのかはわからないけれど、きっと絶望の色を示しているのだろう。
拓也さんは悔しそうに唇を噛み締めて、晃さんが出ていった食堂の入口をにらみつけている。
こうなったのも、私が二人を救えるかもしれないなんて買い被って二人を引き合わせるようなことをしたからだ。
こんな風に始まる前からダメになったときのことを想像もしていなかったのは、考えが甘かったとしか言いようがない。
どうしよう……。もう、話を聞いてもらえないかもしれない。
最悪な結果に、頭を抱え込んでしまいそうになる。
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