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4.親子をむすぶいよかんムース
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夕方には先ほどまで降っていた雨も止んでいた。
とはいえ、空はどんよりと薄暗い雲で覆われていてスッキリしない。
今日はもう上がっていいと言われたので、はなれにある自分の部屋に戻ろうとむすび屋の庭を通り抜けようとしたとき、庭の片隅で小さくたたずむ女性の幽霊に出くわした。
……先ほど会った、晃さんのお母さんだ。
気づかないフリもできず、庭に足を踏み入れる。
晃さんのお母さんは私のことに気づくと、決まりが悪そうな微笑を浮かべて頭を軽く下げた。
そして、そそくさと私に背を向けてむすび屋の敷地から出ていこうと動き出したのだ。
「あの……っ。晃さんのお母さんなんですよね!?」
小さく透き通った背中に声をかけると、晃さんのお母さんはビクリとその場で立ち止まり、ゆっくりこちらを振り返る。
「先ほどお会いした江口です。少し、お話を聞かせていただけますか?」
晃さんのお母さんは、少し驚いたような表情を見せたあと、小さく弱々しくうなずいた。
さすがに自分の部屋とはいえ、むすび屋のはなれに晃さんのお母さんを連れ込むのも、晃さんのことを考えたらためらわれる。
だからといって、人目につかずに落ち着いて話せる場所も特に思い当たらないので、この近辺を散歩しながら晃さんのお母さんの話を聞くことにした。
あれだけ降り続いた雨のあとなだけあって、外はほとんど人が出歩いていないことは幸いだった。
近隣には住宅も建っているものの、あえて田んぼや畑などで何もない細い抜け道のようなところを選んで歩く。
その方が、より話しやすいかなと思ったからだ。
「……私が悪いんです」
すると、ここまで無言だった晃さんのお母さんが、弱々しく呟くように口を開いた。
「私が、晃のことを傷つけたから。私から晃のことを裏切ったから……」
晃さんのことを告白するお母さんも、同じように傷ついているような顔をしているように見える。
「でも、晃に少しでも不自由なく暮らしていってもらうためには、こうするしかなかったんです」
「どういうことですか?」
「あなたもむすび屋で働いてるなら知ってるわよね、晃に幽霊が見えてしまうこと」
「はい」
何なら、晃さんだけでなく、私も、拓也さんやなずなさん、なのかさんもみんな見える体質だ。
お母さんは、同じく霊を見ることのできる私たちのことをどう思っているのだろう? 幼い晃さんに言ったように、気持ち悪いと思っているのだろうか。
そんな思いから少し身構えてしまうけれど、それ以上に晃さんとのわだかまりについて話を聞きたいと思った。
「私はそれも晃の個性だと思っていたわ。だけど、晃の父親はどうしてもそれを受け入れることができなくて、結局別れたの」
そして、そこからは次々に過去を語り始めた。
お母さんは離婚してから、女手ひとつで晃さんを育てた。
自分の父親──晃さんにとってはおじいさんが幽霊が見える体質だったこともあり、何があっても晃さんの味方でいたし、いつだってそうありたいと思っていた。
「だけどね、晃を育てる母親でありながら、私は女性でいる自分を捨てきれなかった」
お母さんは、看護師として働いていた同じ病院の検査技師の男性と恋に落ちた。
新たな恋人との仲が深まっていくにつれて、再婚の話も出ていたという。
晃さんも順調に大きく育っていって、順風満帆のように見えた。
「そんなとき、元旦那が私の名義で多額の借金をしていることが発覚したの。本人に事情を聞こうとしても全然連絡取れないし、額も額だからとてもじゃないけど払えなくて……」
「そんな……」
「借金元に連絡してみても、私には自分がした借金ではないことを証明できないから払えって言われて、仕方がないから少しずつ返済していくことにしたの。問題だらけの私のことを恋人は見捨てずに受け入れてくれて、一緒に頑張ろうって言ってくれた。だけどその矢先、恋人は事故で亡くなったわ」
言葉が出なかった。
「もうそれからは私の精神がもたなくて……頼れる人がいなくなってパニックになっていたのよ。そんな私を見て、晃は優しい子だったから何かと気にかけてくれたわ。でも、その度に心にもない酷いことを言ってしまいそうで、私は晃を避けるようになった。晃に八つ当たりしたくなかったから、近づいてほしくなかったの。それなのに……っ!」
頭に両手を当てて、お母さんはヒステリックに叫ぶように話す。
全身からそのときのつらい、やるせない負の感情が放たれていて、こちらもいたたまれない気持ちになる。
夕方には先ほどまで降っていた雨も止んでいた。
とはいえ、空はどんよりと薄暗い雲で覆われていてスッキリしない。
今日はもう上がっていいと言われたので、はなれにある自分の部屋に戻ろうとむすび屋の庭を通り抜けようとしたとき、庭の片隅で小さくたたずむ女性の幽霊に出くわした。
……先ほど会った、晃さんのお母さんだ。
気づかないフリもできず、庭に足を踏み入れる。
晃さんのお母さんは私のことに気づくと、決まりが悪そうな微笑を浮かべて頭を軽く下げた。
そして、そそくさと私に背を向けてむすび屋の敷地から出ていこうと動き出したのだ。
「あの……っ。晃さんのお母さんなんですよね!?」
小さく透き通った背中に声をかけると、晃さんのお母さんはビクリとその場で立ち止まり、ゆっくりこちらを振り返る。
「先ほどお会いした江口です。少し、お話を聞かせていただけますか?」
晃さんのお母さんは、少し驚いたような表情を見せたあと、小さく弱々しくうなずいた。
さすがに自分の部屋とはいえ、むすび屋のはなれに晃さんのお母さんを連れ込むのも、晃さんのことを考えたらためらわれる。
だからといって、人目につかずに落ち着いて話せる場所も特に思い当たらないので、この近辺を散歩しながら晃さんのお母さんの話を聞くことにした。
あれだけ降り続いた雨のあとなだけあって、外はほとんど人が出歩いていないことは幸いだった。
近隣には住宅も建っているものの、あえて田んぼや畑などで何もない細い抜け道のようなところを選んで歩く。
その方が、より話しやすいかなと思ったからだ。
「……私が悪いんです」
すると、ここまで無言だった晃さんのお母さんが、弱々しく呟くように口を開いた。
「私が、晃のことを傷つけたから。私から晃のことを裏切ったから……」
晃さんのことを告白するお母さんも、同じように傷ついているような顔をしているように見える。
「でも、晃に少しでも不自由なく暮らしていってもらうためには、こうするしかなかったんです」
「どういうことですか?」
「あなたもむすび屋で働いてるなら知ってるわよね、晃に幽霊が見えてしまうこと」
「はい」
何なら、晃さんだけでなく、私も、拓也さんやなずなさん、なのかさんもみんな見える体質だ。
お母さんは、同じく霊を見ることのできる私たちのことをどう思っているのだろう? 幼い晃さんに言ったように、気持ち悪いと思っているのだろうか。
そんな思いから少し身構えてしまうけれど、それ以上に晃さんとのわだかまりについて話を聞きたいと思った。
「私はそれも晃の個性だと思っていたわ。だけど、晃の父親はどうしてもそれを受け入れることができなくて、結局別れたの」
そして、そこからは次々に過去を語り始めた。
お母さんは離婚してから、女手ひとつで晃さんを育てた。
自分の父親──晃さんにとってはおじいさんが幽霊が見える体質だったこともあり、何があっても晃さんの味方でいたし、いつだってそうありたいと思っていた。
「だけどね、晃を育てる母親でありながら、私は女性でいる自分を捨てきれなかった」
お母さんは、看護師として働いていた同じ病院の検査技師の男性と恋に落ちた。
新たな恋人との仲が深まっていくにつれて、再婚の話も出ていたという。
晃さんも順調に大きく育っていって、順風満帆のように見えた。
「そんなとき、元旦那が私の名義で多額の借金をしていることが発覚したの。本人に事情を聞こうとしても全然連絡取れないし、額も額だからとてもじゃないけど払えなくて……」
「そんな……」
「借金元に連絡してみても、私には自分がした借金ではないことを証明できないから払えって言われて、仕方がないから少しずつ返済していくことにしたの。問題だらけの私のことを恋人は見捨てずに受け入れてくれて、一緒に頑張ろうって言ってくれた。だけどその矢先、恋人は事故で亡くなったわ」
言葉が出なかった。
「もうそれからは私の精神がもたなくて……頼れる人がいなくなってパニックになっていたのよ。そんな私を見て、晃は優しい子だったから何かと気にかけてくれたわ。でも、その度に心にもない酷いことを言ってしまいそうで、私は晃を避けるようになった。晃に八つ当たりしたくなかったから、近づいてほしくなかったの。それなのに……っ!」
頭に両手を当てて、お母さんはヒステリックに叫ぶように話す。
全身からそのときのつらい、やるせない負の感情が放たれていて、こちらもいたたまれない気持ちになる。
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