43 / 69
3.恋する特製カレーオムライス
3ー14
しおりを挟む
そこで不意に清美さんがくるりとこちらを向いた。
「あの、ついでにもうひとつ聞いてもらってもいいですか?」
「何でしょう」
「ここって、幽霊には生前の思い出の料理を出してくれるって聞きました。私、思い出のオムライスを史也と一緒に食べたいです」
え……。
さすがにそれまで紳士的な対応を取っていた晃さんも固まった。
それもそうだろう。
だって、サービスの思い出の料理を生きている人間と食べたいだなんて……。
「最後なんだし、一緒に食べるくらいいいですよね? どうせ史也には見えてないだろうし、史也に私の話を伝えてもらっているときにお願いします!」
ちっともよくない。
いくら史也さんに清美さんのことが見えないからといって、一緒に食事をとれるかと言えばまた別問題だ。誰が食べるかなど関係なしに、料理自体は実体のある物質なのだ。
誰もいない席にぽつんと置かれたオムライスは、史也さんの目には不自然に映るだろう。
さらに、その不自然に置かれた料理がひとりでに無くなっていくという怪奇現象を、史也さんは目の当たりにすることになるのだから。
「私、どうしても最後に史也とあの料理が食べたいんです! 叶うなら、もう一度、史也と一緒に……」
晃さんは困ったように眉を寄せるものの、至って冷静に話に耳を傾けていた。
「別に隣に座ってとか、向かい合ってとかじゃなくていいですから」
切実に、懇願するように、清美さんは訴えるようにこちらを見つめる。
「近くに座って、同じ空間で、彼と同じものを食べたいんです」
「……そういうことでしたら、うちの料理人と相談させていただきます」
うん、やっぱりそうだよね。
さすがにそこまでは、できないよね……。って。
「えええっ!?」
てっきり断るものと思っていたが、晃さんは無理だと切り捨てることはなかった。
思い出の料理のことだから拓也さんに相談するのは自然な流れなのかもしれない。けれど、以前は彼の案で私は和樹くんの恋人役をやることになったのだ。
今回もとんでもない案を出してくるのではないかと不安が過る。
「食べ物絡みなら、あいつの方が適任だからな」
晃さんは驚く私に耳打ちすると、早速といわんばかりに部屋を出ていってしまった。
そのあとを清美さんが追いかける。
「ちょっと、待ってください……!」
ワンテンポ遅れて、私も慌てて部屋を飛び出したのだった。
*
翌日。史也さんを含む団体客は、今晩が最後の滞在になる。
この日を逃せば、残すは明日のチェックアウトのみとなる。
失敗は許されない夕刻時、私は清美さんと並び合うようにして座っていた。
目の前には窓がある。いつも四つ置かれている四人掛けのテーブルに加え、窓側に横長のテーブルを置くことで特別に二人用の席を増設したのだ。
私たちの背後の座席に、史也さんを案内する計画になっている。
「また史也と同じ空間で同じご飯が食べられるなんて、嬉しいです」
初日のような宴会の予定はないが、宿泊している団体客がひとり、またひとりと食堂を利用しに来る中で、清美さんはウキウキと肩を弾ませている。
私は清美さんの隣に座るという役割を任されたわけだけど、それは霊が見えない一般のお客様がこちらを見たときに、料理がひとりでになくなる不自然さを与えないようにするためだ。
つまり、私は清美さんの隣で不自然にならない程度に食べるフリをしなければならないのだ。
うっかり他の角度から見えてバレてしまってはいけないから、他のお客様の座る席は晃さんが誘導する形を取っている。
これも拓也さんの案だった。
食堂に来た史也さんが食事をしている間に、清美さんにも同じ思い出の料理を食べてもらう段取りになっている。
そして史也さんが食べ終わって席を立つタイミングを見計らって私の方から話しかける。そこで時間をもらい、清美さんの想いを私の言葉で伝える。
ざっくりと都合の良いストーリーを「名案やろ?」と自信満々に教えられたものの、実際にはこんなに上手くいくとは思えない。
清美さんは楽しそうにしているけれど、こっちは気が気でないよ……。
「来た……! 来ましたよ、ケイさん!」
清美さんは私の肩をバシバシと叩きながら背後を振り返っている。
むすび屋の中にいる間は、清美さんは私に触れることができてしまう。だから強く叩かれると地味に痛いし、気をつけないと身体も動いてしまう。下手に態度に出してしまうと怪しまれる可能性があるため、最も気を遣うところかもしれない。
不自然じゃない程度に私も食堂の入り口の方に目をやると、晃さんにこちらの方へ誘導される史也さんの姿があった。
どういうわけか史也さんは一人だった。
団体で宿泊している史也さんはてっきり数人で食堂に来るものだと想定していたけれど、まぁこれはこれでいいか。
計画通り、私は自分の席でターゲットが通り過ぎるのをじっと待つ。
とうとう清美さんの真後ろの席のところまで史也さんが歩いてきた。
「あの、ついでにもうひとつ聞いてもらってもいいですか?」
「何でしょう」
「ここって、幽霊には生前の思い出の料理を出してくれるって聞きました。私、思い出のオムライスを史也と一緒に食べたいです」
え……。
さすがにそれまで紳士的な対応を取っていた晃さんも固まった。
それもそうだろう。
だって、サービスの思い出の料理を生きている人間と食べたいだなんて……。
「最後なんだし、一緒に食べるくらいいいですよね? どうせ史也には見えてないだろうし、史也に私の話を伝えてもらっているときにお願いします!」
ちっともよくない。
いくら史也さんに清美さんのことが見えないからといって、一緒に食事をとれるかと言えばまた別問題だ。誰が食べるかなど関係なしに、料理自体は実体のある物質なのだ。
誰もいない席にぽつんと置かれたオムライスは、史也さんの目には不自然に映るだろう。
さらに、その不自然に置かれた料理がひとりでに無くなっていくという怪奇現象を、史也さんは目の当たりにすることになるのだから。
「私、どうしても最後に史也とあの料理が食べたいんです! 叶うなら、もう一度、史也と一緒に……」
晃さんは困ったように眉を寄せるものの、至って冷静に話に耳を傾けていた。
「別に隣に座ってとか、向かい合ってとかじゃなくていいですから」
切実に、懇願するように、清美さんは訴えるようにこちらを見つめる。
「近くに座って、同じ空間で、彼と同じものを食べたいんです」
「……そういうことでしたら、うちの料理人と相談させていただきます」
うん、やっぱりそうだよね。
さすがにそこまでは、できないよね……。って。
「えええっ!?」
てっきり断るものと思っていたが、晃さんは無理だと切り捨てることはなかった。
思い出の料理のことだから拓也さんに相談するのは自然な流れなのかもしれない。けれど、以前は彼の案で私は和樹くんの恋人役をやることになったのだ。
今回もとんでもない案を出してくるのではないかと不安が過る。
「食べ物絡みなら、あいつの方が適任だからな」
晃さんは驚く私に耳打ちすると、早速といわんばかりに部屋を出ていってしまった。
そのあとを清美さんが追いかける。
「ちょっと、待ってください……!」
ワンテンポ遅れて、私も慌てて部屋を飛び出したのだった。
*
翌日。史也さんを含む団体客は、今晩が最後の滞在になる。
この日を逃せば、残すは明日のチェックアウトのみとなる。
失敗は許されない夕刻時、私は清美さんと並び合うようにして座っていた。
目の前には窓がある。いつも四つ置かれている四人掛けのテーブルに加え、窓側に横長のテーブルを置くことで特別に二人用の席を増設したのだ。
私たちの背後の座席に、史也さんを案内する計画になっている。
「また史也と同じ空間で同じご飯が食べられるなんて、嬉しいです」
初日のような宴会の予定はないが、宿泊している団体客がひとり、またひとりと食堂を利用しに来る中で、清美さんはウキウキと肩を弾ませている。
私は清美さんの隣に座るという役割を任されたわけだけど、それは霊が見えない一般のお客様がこちらを見たときに、料理がひとりでになくなる不自然さを与えないようにするためだ。
つまり、私は清美さんの隣で不自然にならない程度に食べるフリをしなければならないのだ。
うっかり他の角度から見えてバレてしまってはいけないから、他のお客様の座る席は晃さんが誘導する形を取っている。
これも拓也さんの案だった。
食堂に来た史也さんが食事をしている間に、清美さんにも同じ思い出の料理を食べてもらう段取りになっている。
そして史也さんが食べ終わって席を立つタイミングを見計らって私の方から話しかける。そこで時間をもらい、清美さんの想いを私の言葉で伝える。
ざっくりと都合の良いストーリーを「名案やろ?」と自信満々に教えられたものの、実際にはこんなに上手くいくとは思えない。
清美さんは楽しそうにしているけれど、こっちは気が気でないよ……。
「来た……! 来ましたよ、ケイさん!」
清美さんは私の肩をバシバシと叩きながら背後を振り返っている。
むすび屋の中にいる間は、清美さんは私に触れることができてしまう。だから強く叩かれると地味に痛いし、気をつけないと身体も動いてしまう。下手に態度に出してしまうと怪しまれる可能性があるため、最も気を遣うところかもしれない。
不自然じゃない程度に私も食堂の入り口の方に目をやると、晃さんにこちらの方へ誘導される史也さんの姿があった。
どういうわけか史也さんは一人だった。
団体で宿泊している史也さんはてっきり数人で食堂に来るものだと想定していたけれど、まぁこれはこれでいいか。
計画通り、私は自分の席でターゲットが通り過ぎるのをじっと待つ。
とうとう清美さんの真後ろの席のところまで史也さんが歩いてきた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
心の落とし物
緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも
・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ )
〈本作の楽しみ方〉
本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。
知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。
〈あらすじ〉
〈心の落とし物〉はありませんか?
どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。
あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。
喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。
ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。
懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。
〈主人公と作中用語〉
・添野由良(そえのゆら)
洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。
・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉
人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。
・〈探し人(さがしびと)〉
〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。
・〈未練溜まり(みれんだまり)〉
忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。
・〈分け御霊(わけみたま)〉
生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる