36 / 69
3.恋する特製カレーオムライス
3ー7
しおりを挟む
「これ、全部一人で準備されたのですか?」
「ああ、まあな。これだけたくさんの人に料理を振る舞えるとか、料理人の血が騒ぐんよな」
嬉しそうに話す拓也さんは、本当に料理が好きなのだろう。
「そういや、清美さんはどんな感じ? あれから何か聞けたん?」
「……いろいろ思い出話は聞かせてもらえましたが、概略は昨日話した通りです」
未練の原因となる史也さんのことを一から探す必要がないだけまだ良かったと捉えるべきなのかもしれないが、それを差し引いても難しいことに変わりはない。
「そうか」
「それはそうと、昨夜は結局清美さんと一緒に過ごしたんですけど、今朝私が起きたときには清美さんの姿が見えなくて……。拓也さん、見ませんでしたか?」
「そうなん? 今朝は朝四時からここで仕込んでたけど、見んかったなぁ」
拓也さんも清美さんを見てない、か……。本当にどこに行ってしまったのだろう。
「そんな心配せんでも、かなり強い想いを抱えとるみたいやけん、どこか行くことはないやろ。俺らも少しでも清美さんの抱えるものを軽くさせることができたらいいんやけどな」
そうしているうちに、食堂の開放されたドアの向こうから人の話し声が聞こえてきて、拓也さんはすでに湯気の上がっていた味噌汁を再び温めなおす。
「ケイちゃん、準備できたものからお出しして」
「はい」
拓也さんが手際よくご飯をよそい、味噌汁のおわんと並べてお盆の上に乗せる。次いでメインの魚料理や漬物が揃ったものから順々に手に持って、私は食堂に運んだ。
「おはようございます」
一人一人、料理を出していく中に史也さんと静さんの姿も見える。
静さんはしっかりと史也さんの隣を陣取っていて、第三者の自分から客観的に見ても、目に見えて好意を持っているのがわかる。
史也さんの方は少し戸惑ったような反応だけれど、会話は弾んでいるようだ。
「え……っ」
そのとき、二人の前にも朝食をお出しして顔を上げた先──食堂の入り口付近で、切なげにこちらを見ている清美さんと目が合った。
*
朝、清美さんが部屋に居なかったのは、何だかんだで史也さんのことが気になって、目が覚めてからずっと彼のそばにいたからだそうだ。
軽く説明してくれた彼女は、今は団体客とともに仕事について行ってしまった。
史也さんが静さんといるときの、今にも泣きそうな清美さんの表情が忘れられない。
かつての自分の位置には、もう二度と戻れない。
わかっていても、それでも清美さん自身が史也さんから離れられないのだろう。
それでいて、史也さんには幸せになってほしい。
もしかしたら清美さんはその想いと同時に、自分が史也さんから本当に離れるきっかけがほしいのかもしれない。
清美さんはきっとわかっているのだ。ずっと史也さんのそばにいたって幸せにはなれないことを。だからこそ、むすび屋を訪ねて来たのではないかと思った。
初めて会ったときのすがるような清美さんの表情には、きっと一言では言い表せないような複雑に絡み合う感情が入り乱れていたのだろう。
「うーん……」
団体客はまた夜まで帰ってこないということで、午後は完全にオフモードで私は食堂に入り浸っていた。
今、目の前では、モップを持った晃さんが食堂をピカピカに磨きあげている。
「おまえ、せっかく休んでいいって言ってんだから、こんなところで油売ってないで、部屋でゆっくり休め」
「良いじゃないですか。外に出るのも暑いし、一人で部屋にいるよりみんなでいる方が落ち着きます。何か手伝えることがあれば何でも手伝いますよー」
考えてばかりいても良い案は浮かばない。しかし手伝いを申し出ると即断られた。
「そんなことできるか。労働基準法違反で訴えられたら困るからな」
むすび屋は年に何日か定休日を設けているものの、そんなに頻繁に休んでいるわけではない。
だからこそ休めるときに休むのが鉄則だと、ここで働くときにも言われたが、身内じゃないからという理由で私はちゃんと定期的にお休みをもらっている。
だけど休日や休憩時間をもらっても、何だかんだ言って私はここ、むすび屋に入り浸っていることが多かった。
もちろん忙しそうにしていたら遠慮はしているけれど。
何というか、一言でいうと居心地がいいのだ。
今まで、霊が見える自分は他の人とは違う、他人からは受け入れ難いものと思われてるという疎外感があったけど、ここではそんな私を受け入れてくれる。
むすび屋は、あたたかい空間だから。
「ああ、まあな。これだけたくさんの人に料理を振る舞えるとか、料理人の血が騒ぐんよな」
嬉しそうに話す拓也さんは、本当に料理が好きなのだろう。
「そういや、清美さんはどんな感じ? あれから何か聞けたん?」
「……いろいろ思い出話は聞かせてもらえましたが、概略は昨日話した通りです」
未練の原因となる史也さんのことを一から探す必要がないだけまだ良かったと捉えるべきなのかもしれないが、それを差し引いても難しいことに変わりはない。
「そうか」
「それはそうと、昨夜は結局清美さんと一緒に過ごしたんですけど、今朝私が起きたときには清美さんの姿が見えなくて……。拓也さん、見ませんでしたか?」
「そうなん? 今朝は朝四時からここで仕込んでたけど、見んかったなぁ」
拓也さんも清美さんを見てない、か……。本当にどこに行ってしまったのだろう。
「そんな心配せんでも、かなり強い想いを抱えとるみたいやけん、どこか行くことはないやろ。俺らも少しでも清美さんの抱えるものを軽くさせることができたらいいんやけどな」
そうしているうちに、食堂の開放されたドアの向こうから人の話し声が聞こえてきて、拓也さんはすでに湯気の上がっていた味噌汁を再び温めなおす。
「ケイちゃん、準備できたものからお出しして」
「はい」
拓也さんが手際よくご飯をよそい、味噌汁のおわんと並べてお盆の上に乗せる。次いでメインの魚料理や漬物が揃ったものから順々に手に持って、私は食堂に運んだ。
「おはようございます」
一人一人、料理を出していく中に史也さんと静さんの姿も見える。
静さんはしっかりと史也さんの隣を陣取っていて、第三者の自分から客観的に見ても、目に見えて好意を持っているのがわかる。
史也さんの方は少し戸惑ったような反応だけれど、会話は弾んでいるようだ。
「え……っ」
そのとき、二人の前にも朝食をお出しして顔を上げた先──食堂の入り口付近で、切なげにこちらを見ている清美さんと目が合った。
*
朝、清美さんが部屋に居なかったのは、何だかんだで史也さんのことが気になって、目が覚めてからずっと彼のそばにいたからだそうだ。
軽く説明してくれた彼女は、今は団体客とともに仕事について行ってしまった。
史也さんが静さんといるときの、今にも泣きそうな清美さんの表情が忘れられない。
かつての自分の位置には、もう二度と戻れない。
わかっていても、それでも清美さん自身が史也さんから離れられないのだろう。
それでいて、史也さんには幸せになってほしい。
もしかしたら清美さんはその想いと同時に、自分が史也さんから本当に離れるきっかけがほしいのかもしれない。
清美さんはきっとわかっているのだ。ずっと史也さんのそばにいたって幸せにはなれないことを。だからこそ、むすび屋を訪ねて来たのではないかと思った。
初めて会ったときのすがるような清美さんの表情には、きっと一言では言い表せないような複雑に絡み合う感情が入り乱れていたのだろう。
「うーん……」
団体客はまた夜まで帰ってこないということで、午後は完全にオフモードで私は食堂に入り浸っていた。
今、目の前では、モップを持った晃さんが食堂をピカピカに磨きあげている。
「おまえ、せっかく休んでいいって言ってんだから、こんなところで油売ってないで、部屋でゆっくり休め」
「良いじゃないですか。外に出るのも暑いし、一人で部屋にいるよりみんなでいる方が落ち着きます。何か手伝えることがあれば何でも手伝いますよー」
考えてばかりいても良い案は浮かばない。しかし手伝いを申し出ると即断られた。
「そんなことできるか。労働基準法違反で訴えられたら困るからな」
むすび屋は年に何日か定休日を設けているものの、そんなに頻繁に休んでいるわけではない。
だからこそ休めるときに休むのが鉄則だと、ここで働くときにも言われたが、身内じゃないからという理由で私はちゃんと定期的にお休みをもらっている。
だけど休日や休憩時間をもらっても、何だかんだ言って私はここ、むすび屋に入り浸っていることが多かった。
もちろん忙しそうにしていたら遠慮はしているけれど。
何というか、一言でいうと居心地がいいのだ。
今まで、霊が見える自分は他の人とは違う、他人からは受け入れ難いものと思われてるという疎外感があったけど、ここではそんな私を受け入れてくれる。
むすび屋は、あたたかい空間だから。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
心の落とし物
緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも
・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ )
〈本作の楽しみ方〉
本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。
知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。
〈あらすじ〉
〈心の落とし物〉はありませんか?
どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。
あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。
喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。
ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。
懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。
〈主人公と作中用語〉
・添野由良(そえのゆら)
洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。
・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉
人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。
・〈探し人(さがしびと)〉
〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。
・〈未練溜まり(みれんだまり)〉
忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。
・〈分け御霊(わけみたま)〉
生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる