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2.仲直りの醤油めし
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「受付のお姉さん、すげー。ケイちゃん、まるで別人やん。ありがとう!」
「いえいえ。これもサービスの一貫なので」
嬉しそうにお礼を言った和樹くんに、ニコリと笑うなずなさんとなのかさん。
瓜二つの笑顔は、どちらもとても楽しそうだ。
一方で、私はただでさえ気が進まない中、これは一種のサービスみたいなことまで言われて、何だかもやもやしながら成り行きを見ていた。むすび屋の方向性がよくわからない。
サービスだというのなら、むしろ私よりも美人な二人の方が和樹くんも喜ぶんじゃないかという気もするんだけど……。
そう考えて、誰にも気づかれない程度に軽く息を吐き出したとき、私が和樹くんと“よいち”に行くことを許可した張本人が姿を現した。
「お、仕上がってるな」
あまり表情に感情を出さない晃さんでさえ、どこか楽しげに表情を緩めていて何だか癪にさわる。
だけど私の複雑な心境が伝わったのか、晃さんはそっと耳打ちしてきた。
「夜市に行かせる理由は、ちゃんとある」
驚いてその“理由”とやらを聞こうとしたけれど、晃さんは口元に人さし指を立てるのだ。
「あとはよろしく頼んだ」
……えぇえっ!?
どんな理由で浴衣まで着て出かける必要があるのかが知りたいんですが……!
私の言いたいことはわかっているはずなのに、晃さんは話は終わりとばかりに背を向けて歩き出す。
「あまり遅くなるなよ。心配するから」
あ、と思い出したように振り返った晃さんはそれだけ言って、今度こそいなくなった。
「じゃあケイちゃん、行こっか! そろそろバス来るで」
完全に私と和樹くんを送り出そうとする空気に抗えるわけもなく、何のために“よいち”に行くべきなのかもわからないまま、私は茜色の夏空の下連れ出されてしまったのだった。
*
案内されるがまま最寄りのバス停まで歩くと、思いの外すぐにオレンジ色のバスが来た。
だいたい三十分に一本だというこのバス停の時刻表が、和樹くんの頭の中には入っているようだ。
バスに揺られること約二十分。
市街地付近に近づくにつれ、私と同じ浴衣姿の人がバスに乗ってきたり、さらには外を歩いている人の中にも浴衣姿の人が混じったりするようになってくる。
まるでお祭りでもあるのかという格好の人がちらほら見えるのも、全て和樹くんの言う“よいち”が理由なのだろう。
そもそも“よいち”は、正式には“土曜夜市”といって、六月末から八月の頭に、毎週土曜日の午後から夜にかけて松山市内の商店街で出店が立ち並ぶイベントのことらしい。
これは地元民にとってお祭りのようなものなんだと、民宿からバス停までの道のりの中で、和樹くんに教えてもらった。
だから私は浴衣姿にさせられたのだと、その点に関しては納得した。
「次で降りるよ」
和樹くんの指示に私は横をちらりと見て小さくうなずく。
二人掛けのバスの座席の窓側には私、その隣には和樹くんが座っている。
他の人に見えない和樹くんは、「タダ乗り~」だなんて陽気に言っていたけれど、こっちとしては周りから不自然に見えないように振る舞わなきゃいけないから、心臓に悪い。
私の緊張した空気を察してくれたのか、和樹くんはバスの中ではほとんど話しかけずにいてくれたから、内心ホッとしたのは言うまでもない。
バスの降車ボタンに手を伸ばす前にランプが光る。誰かがボタンを押したようだ。
私以外にも浴衣姿の人が居たから、何人かはそこで降りるのだろう。
群青色に変わりゆく空の下、私たちが乗ってきたバスと同じオレンジ色の路面電車が行き交う大通りのバス停で降りると、道路に面した歩道も結構な人でにぎわっていた。
民宿近くのバス停は自然豊かで閑散としていた一方で、市街地な上に今日は土曜夜市の開催日というだけあって混雑していた。
友人の結婚式で訪れたときや、むすび屋への就職のために通ったときとはまるで違った松山の一面に驚かされる。今ほど人でにぎわっている光景を見るのは初めてで、とても新鮮だ。
目の前には大きなスクランブル交差点があり、渡って来る人の一部はすぐそばの商店街に真っ直ぐ入っていく。
ここからでも一際大きな喝采が聞こえてくる辺りが、和樹くんのいう夜市が行われている商店街なのだろう。
「あそこ?」
私がそれとなく商店街の入り口と思われるところを指さして小声でたずねると、「そうそう」と弾んだ声が返ってくる。
「ケイちゃんはここに来るんも初めてなんよね。そこは大街道の入り口。こっから入ってずーっと歩いていくと、今度は銀天街に入るんよ」
どうやら今目の前に入り口が見えている商店街は大街道と呼ばれていて、その先にもうひとつ、銀天街と呼ばれる商店街が続いているらしい。
和樹くんの話によると、大街道の入り口から銀天街の出口まで、商店街の通路の真ん中にいろんな屋台が出ているのだそうだ。
「いえいえ。これもサービスの一貫なので」
嬉しそうにお礼を言った和樹くんに、ニコリと笑うなずなさんとなのかさん。
瓜二つの笑顔は、どちらもとても楽しそうだ。
一方で、私はただでさえ気が進まない中、これは一種のサービスみたいなことまで言われて、何だかもやもやしながら成り行きを見ていた。むすび屋の方向性がよくわからない。
サービスだというのなら、むしろ私よりも美人な二人の方が和樹くんも喜ぶんじゃないかという気もするんだけど……。
そう考えて、誰にも気づかれない程度に軽く息を吐き出したとき、私が和樹くんと“よいち”に行くことを許可した張本人が姿を現した。
「お、仕上がってるな」
あまり表情に感情を出さない晃さんでさえ、どこか楽しげに表情を緩めていて何だか癪にさわる。
だけど私の複雑な心境が伝わったのか、晃さんはそっと耳打ちしてきた。
「夜市に行かせる理由は、ちゃんとある」
驚いてその“理由”とやらを聞こうとしたけれど、晃さんは口元に人さし指を立てるのだ。
「あとはよろしく頼んだ」
……えぇえっ!?
どんな理由で浴衣まで着て出かける必要があるのかが知りたいんですが……!
私の言いたいことはわかっているはずなのに、晃さんは話は終わりとばかりに背を向けて歩き出す。
「あまり遅くなるなよ。心配するから」
あ、と思い出したように振り返った晃さんはそれだけ言って、今度こそいなくなった。
「じゃあケイちゃん、行こっか! そろそろバス来るで」
完全に私と和樹くんを送り出そうとする空気に抗えるわけもなく、何のために“よいち”に行くべきなのかもわからないまま、私は茜色の夏空の下連れ出されてしまったのだった。
*
案内されるがまま最寄りのバス停まで歩くと、思いの外すぐにオレンジ色のバスが来た。
だいたい三十分に一本だというこのバス停の時刻表が、和樹くんの頭の中には入っているようだ。
バスに揺られること約二十分。
市街地付近に近づくにつれ、私と同じ浴衣姿の人がバスに乗ってきたり、さらには外を歩いている人の中にも浴衣姿の人が混じったりするようになってくる。
まるでお祭りでもあるのかという格好の人がちらほら見えるのも、全て和樹くんの言う“よいち”が理由なのだろう。
そもそも“よいち”は、正式には“土曜夜市”といって、六月末から八月の頭に、毎週土曜日の午後から夜にかけて松山市内の商店街で出店が立ち並ぶイベントのことらしい。
これは地元民にとってお祭りのようなものなんだと、民宿からバス停までの道のりの中で、和樹くんに教えてもらった。
だから私は浴衣姿にさせられたのだと、その点に関しては納得した。
「次で降りるよ」
和樹くんの指示に私は横をちらりと見て小さくうなずく。
二人掛けのバスの座席の窓側には私、その隣には和樹くんが座っている。
他の人に見えない和樹くんは、「タダ乗り~」だなんて陽気に言っていたけれど、こっちとしては周りから不自然に見えないように振る舞わなきゃいけないから、心臓に悪い。
私の緊張した空気を察してくれたのか、和樹くんはバスの中ではほとんど話しかけずにいてくれたから、内心ホッとしたのは言うまでもない。
バスの降車ボタンに手を伸ばす前にランプが光る。誰かがボタンを押したようだ。
私以外にも浴衣姿の人が居たから、何人かはそこで降りるのだろう。
群青色に変わりゆく空の下、私たちが乗ってきたバスと同じオレンジ色の路面電車が行き交う大通りのバス停で降りると、道路に面した歩道も結構な人でにぎわっていた。
民宿近くのバス停は自然豊かで閑散としていた一方で、市街地な上に今日は土曜夜市の開催日というだけあって混雑していた。
友人の結婚式で訪れたときや、むすび屋への就職のために通ったときとはまるで違った松山の一面に驚かされる。今ほど人でにぎわっている光景を見るのは初めてで、とても新鮮だ。
目の前には大きなスクランブル交差点があり、渡って来る人の一部はすぐそばの商店街に真っ直ぐ入っていく。
ここからでも一際大きな喝采が聞こえてくる辺りが、和樹くんのいう夜市が行われている商店街なのだろう。
「あそこ?」
私がそれとなく商店街の入り口と思われるところを指さして小声でたずねると、「そうそう」と弾んだ声が返ってくる。
「ケイちゃんはここに来るんも初めてなんよね。そこは大街道の入り口。こっから入ってずーっと歩いていくと、今度は銀天街に入るんよ」
どうやら今目の前に入り口が見えている商店街は大街道と呼ばれていて、その先にもうひとつ、銀天街と呼ばれる商店街が続いているらしい。
和樹くんの話によると、大街道の入り口から銀天街の出口まで、商店街の通路の真ん中にいろんな屋台が出ているのだそうだ。
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