伊予むすび屋の思い出ごはん

美和優希

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1.友情を繋ぐ柚子香るタルト

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「上司は次の就職先も斡旋してくれると言ったんですけど、そんな会社のやり方に腹が立って、次の当てはあるからと断ってしまったんです。……だけど、自分で次の就職先を探すってこんなに難しいんですね」


 入社してたった一年で辞めた人間を採用してくれる会社にはまだ出会えていない。理由すら聞いてもらえず、書類で落とされるのがほとんどなのだから。想像以上に厳しい現実を前に、弱音を吐きたくなるのは自然なことなのだろう。本当は、ずっと誰かに心の内を聞いてほしかったのかもしれない。


「なので、今夜、夜行バスで東京に戻ったらまた就活です」


 自分で情けなく思うけれど、正直に話せて少しだけすっきりしていた。とはいえ、飯塚さんにとっては関係ないことで、重苦しい話を聞かせてしまった罪悪感から軽く笑ってみせた。


「すみません。何だか暗い話をしてしまって。私、そろそろ……」


 朝、おばあさんと会ったときに東の空にあった太陽は、すでに西に沈みかけている。

 帰りの夜行バスまで時間的には余裕はありそうだけど、バスの本数が少ないから余裕を持って出発したい。


「転職先ですが、……ここで働くというのはどうでしょう?」


 椅子の隣に置いていたキャリーケースの取っ手にかけようとしていた手が、宙に止まる。私の言葉に被さるように聞こえた言葉が、信じられなかったからだ。

 私が、むすび屋で働く……?


「……え?」

「転職先、東京にこだわらないのなら、ですが」


 こちらをまっすぐに見据える飯塚さんは、決して無職の私をからかっている風には見えない。

 だけど、どうしてさっき出会ったばかりの私をスカウトするようなことをするのだろう。

 同情だろうか。それとも、そんなにここの民宿は人手が足りていないのだろうか。 

 飯塚さんの表情はほぼ無表情で、その真意は読み取れない。


「ここは、民宿むすび屋。経営コンセプトは、来る者拒まず去る者追わず。来る人に最大級の癒しを提供し、迷える者には手助けを」

 唐突な飯塚さんの言葉に思わずきょとんとする。しかし先ほどと同様に、飯塚さんの感情は読み取れない。


「まず、来る者拒まず。通常の宿なら生きた人間しか泊まることができませんが、ここはそうではありません。先ほどのおばあさんのような方々も受け入れるということです。あなたなら、その意味がわかりますよね?」

「……生きた人間以外の者──つまり、幽霊が泊まりにくるってことですか?」

「簡単に言えばそうですね」

 むすび屋には幽霊が泊まりに来るだなんて、普通なら信じられないことを妙に納得させられたのは、先ほどのおばあさんに対する受け入れ体制を見ていたからだろう。

 ここの民宿の人たちはおばあさんの姿が見えていたし、何より幽霊だとわかっていても全く驚くような様子はなかった。むしろ招き入れて歓迎していた。


「去るもの追わず、はさっきみたいに成仏する霊を引き留めるなということです。万が一引き留めたことで成仏するタイミングを見失ったら大変ですからね」

 そして、飯塚さんは次々とこの民宿の営業コンセプトを説明していく。


「来る人に最大級の癒しを、は言葉の通りです。特に生きた人間・・・・・である一般のお客様に対してはそれでいいです」

「……生きた人間」

「先ほどお話ししたように、むすび屋には幽霊の方々も泊まりに来ます。その大半は、成仏できずにこの世をさまよい続けている霊になります」

「そうなんですか……?」


 ここへ来るのは皆、おばあさんみたいに何かしら心残りがあるのだろうか。私はチャチャを探していたときのおばあさんを思い出して、胸がきゅっと締め付けられた。


「あの世にいけるなら、死んでまでこの世に留まっていないでしょう。この世にいるというのは、何かしら理由があります。ごく稀に、観光感覚でこっちに遊びに来たっていう者もいますが……」

 飯塚さんは、さも当たり前のように話す。

 それだけ、ここでは幽霊と接することは日常茶飯事なのだろうか。


「つまり、むすび屋には何かしら理由があって来る者が多い。私たちは、しがらみにとらわれてこの世をさまよっている霊の方々に、何とかあの世へ渡るための手助けをしたいと思っているのです」

「そんなこと、できるのですか……?」

「“見える”んでしょう、幽霊が。不可能ではありませんよ」

「でも、成仏させるって簡単なことじゃないですよね?」


 この世に留まる幽霊をあの世に導くなんて、意図してできるものだろうか。
 おばあさんが成仏できたのだって、運に大きく左右されていたし、毎回都合良く上手くいくとは限らないだろう。
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