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1.友情を繋ぐ柚子香るタルト
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談話室は小ぢんまりとした空間だった。白い長テーブルがふたつと、それを囲むように八脚椅子が置かれていて、それだけで部屋が一杯になっている感じだ。
「こちらでゆっくりおくつろぎください」
飯塚さんは私たちが座ったのを確認すると談話室を出ていく。
部屋の中には、私と私の向かい側の椅子に座っているチャチャとおばあさんの二人+一匹になった。
椅子に座るという言葉通り、チャチャはお利口に椅子の上でおすわりをしていて、おばあさんは飯塚さんに引いてもらった椅子に普通に腰かけている。
家や門を透けて通り抜けていたことを思えば、幽霊であるおばあさんは椅子に座れるのかと疑問に思ったが、そこは大丈夫らしい。
原理はわからないけれど、人間が座っているのと何ら変わりなく見えた。
「チャチャ、元気にしとった? 良い人に飼ってもらえて、よかったなぁ」
「ワン!」
「チャチャにはね、本当に元気をもらっとったんよ」
おばあさんが嬉しそうにチャチャの頭を撫でると、チャチャは本当に撫でられているかのように目を細める。
おばあさんはチャチャに直接触れているわけではないだろうに……。
現にチャチャと神社の石段のふもとで出会ったときは、どれだけおばあさんに飛びつこうとしても、チャチャはおばあさんをすり抜けてしまっていたのだ。
「病気で身体がどんどん弱っていっとるのはわかるのに、なかなかお迎えが来んで。息子とも、息子の嫁とも相性が合わんで、くだらないことで言い合いばっかりしとったけん……」
だけど、チャチャとおばあさんの穏やかな、幸せそうな表情を見ていると、そんな細かいことはどうでも良いような気がした。
「そんな中、チャチャに出会えたんが、私の何よりの癒しやったし、私の闘病生活が色づいたんよ。ちゃんと最期にお礼も言えずにごめんね。本当にありがとう」
涙を浮かべるおばあさんに、チャチャはそれに応えるようにおばあさんの懐に身を擦り付けている。二人のやり取りを見ていると、二人の間に確かにある厚い信頼と愛情を感じて、こちらまで胸が熱くなる。
「チャチャはね、芸がとても上手なんよ」
おばあさんがふいにそう言うと、察したチャチャは元気よく椅子から飛び降りて、おばあさんに向かって尻尾を振る。
おばあさんの指示に合わせて上手におすわりをしたり、ふせをしたり、お手におかわりに、チャチャは本当にどれも上手にこなして見せた。
今まで犬を飼ったことのなかった私は、知識として犬が芸をすることは知っていたけれど、実際に見る機会はなかったので新鮮な気持ちで眺めていた。
「チャチャは出会ったときはまだ子犬やったけん、試しに教えてみたら、みるみるうちに上手になったんよ。本当に賢い子で」
芸が成功する度に、おばあさんに抱きしめてもらったり、たくさん撫でてもらったりしているチャチャもとても幸せそうだ。
チャチャもおばあさんも、今という奇跡の時間を楽しんでいるようだった。
──コンコン。
そうしていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「はい」
返事をするとカチャッとドアが開く。紺色の作務衣に着替えた飯塚さんが、黒いお盆を手に入ってきた。
お盆の上には、ふたつのロールケーキ風の和菓子とお茶が二つと水の入ったお皿──恐らくチャチャのものだろう──がひとつ乗っていた。
チャチャが嬉しそうに、飯塚さんがテーブルに置いた和菓子の乗ったお皿の匂いをかぐ。
「チャチャ、今日は特別だからな」
飯塚さんがチャチャの頭を撫でると、それに応えるようにチャチャは尻尾を大きく左右に振る。
「まあ! まあまあまあまあ、まあっ!」
おばあさんは、飯塚さんに出された和菓子に驚き感嘆の声を上げる。
「どうしてこれを!?」
「あなたもチャチャも、お互いにまた一緒にこれを食べたいと思っとったんですよね? どうぞチャチャと一緒に召し上がってください」
飯塚さんとは違う声が返ってきて、思わず声の聞こえた方を見やる。すると、ドアのそばに白い作務衣に白い和帽子を被った男性が立っていた。
見た目の印象がさっきと異なるためにすぐには気づけなかったが、宮内さんだ。
おばあさんはお皿を手に取り、フォークで和菓子を半分に分ける。
クリームのかわりに入っているのは、あんこのようだ。
そして、半分をチャチャに差し出した。
「チャチャ、こっちはあんたのやよ」
「ワゥン!」
「いつもこうやって二人で食べたね」
チャチャは、嬉しそうにおばあさんから差し出されたものに口をつける。
なるほど。チャチャは野良犬時代、こんな風にしておばあさんと二人でお菓子を分け合って食べてたんだ。
野良犬にとって、食糧を確保できるかどうかは生死に関わることだ。
そんな中、食べ物を分け与えてくれたおばあさんは、チャチャにとっても恩人だったに違いないだろう。
「こちらでゆっくりおくつろぎください」
飯塚さんは私たちが座ったのを確認すると談話室を出ていく。
部屋の中には、私と私の向かい側の椅子に座っているチャチャとおばあさんの二人+一匹になった。
椅子に座るという言葉通り、チャチャはお利口に椅子の上でおすわりをしていて、おばあさんは飯塚さんに引いてもらった椅子に普通に腰かけている。
家や門を透けて通り抜けていたことを思えば、幽霊であるおばあさんは椅子に座れるのかと疑問に思ったが、そこは大丈夫らしい。
原理はわからないけれど、人間が座っているのと何ら変わりなく見えた。
「チャチャ、元気にしとった? 良い人に飼ってもらえて、よかったなぁ」
「ワン!」
「チャチャにはね、本当に元気をもらっとったんよ」
おばあさんが嬉しそうにチャチャの頭を撫でると、チャチャは本当に撫でられているかのように目を細める。
おばあさんはチャチャに直接触れているわけではないだろうに……。
現にチャチャと神社の石段のふもとで出会ったときは、どれだけおばあさんに飛びつこうとしても、チャチャはおばあさんをすり抜けてしまっていたのだ。
「病気で身体がどんどん弱っていっとるのはわかるのに、なかなかお迎えが来んで。息子とも、息子の嫁とも相性が合わんで、くだらないことで言い合いばっかりしとったけん……」
だけど、チャチャとおばあさんの穏やかな、幸せそうな表情を見ていると、そんな細かいことはどうでも良いような気がした。
「そんな中、チャチャに出会えたんが、私の何よりの癒しやったし、私の闘病生活が色づいたんよ。ちゃんと最期にお礼も言えずにごめんね。本当にありがとう」
涙を浮かべるおばあさんに、チャチャはそれに応えるようにおばあさんの懐に身を擦り付けている。二人のやり取りを見ていると、二人の間に確かにある厚い信頼と愛情を感じて、こちらまで胸が熱くなる。
「チャチャはね、芸がとても上手なんよ」
おばあさんがふいにそう言うと、察したチャチャは元気よく椅子から飛び降りて、おばあさんに向かって尻尾を振る。
おばあさんの指示に合わせて上手におすわりをしたり、ふせをしたり、お手におかわりに、チャチャは本当にどれも上手にこなして見せた。
今まで犬を飼ったことのなかった私は、知識として犬が芸をすることは知っていたけれど、実際に見る機会はなかったので新鮮な気持ちで眺めていた。
「チャチャは出会ったときはまだ子犬やったけん、試しに教えてみたら、みるみるうちに上手になったんよ。本当に賢い子で」
芸が成功する度に、おばあさんに抱きしめてもらったり、たくさん撫でてもらったりしているチャチャもとても幸せそうだ。
チャチャもおばあさんも、今という奇跡の時間を楽しんでいるようだった。
──コンコン。
そうしていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「はい」
返事をするとカチャッとドアが開く。紺色の作務衣に着替えた飯塚さんが、黒いお盆を手に入ってきた。
お盆の上には、ふたつのロールケーキ風の和菓子とお茶が二つと水の入ったお皿──恐らくチャチャのものだろう──がひとつ乗っていた。
チャチャが嬉しそうに、飯塚さんがテーブルに置いた和菓子の乗ったお皿の匂いをかぐ。
「チャチャ、今日は特別だからな」
飯塚さんがチャチャの頭を撫でると、それに応えるようにチャチャは尻尾を大きく左右に振る。
「まあ! まあまあまあまあ、まあっ!」
おばあさんは、飯塚さんに出された和菓子に驚き感嘆の声を上げる。
「どうしてこれを!?」
「あなたもチャチャも、お互いにまた一緒にこれを食べたいと思っとったんですよね? どうぞチャチャと一緒に召し上がってください」
飯塚さんとは違う声が返ってきて、思わず声の聞こえた方を見やる。すると、ドアのそばに白い作務衣に白い和帽子を被った男性が立っていた。
見た目の印象がさっきと異なるためにすぐには気づけなかったが、宮内さんだ。
おばあさんはお皿を手に取り、フォークで和菓子を半分に分ける。
クリームのかわりに入っているのは、あんこのようだ。
そして、半分をチャチャに差し出した。
「チャチャ、こっちはあんたのやよ」
「ワゥン!」
「いつもこうやって二人で食べたね」
チャチャは、嬉しそうにおばあさんから差し出されたものに口をつける。
なるほど。チャチャは野良犬時代、こんな風にしておばあさんと二人でお菓子を分け合って食べてたんだ。
野良犬にとって、食糧を確保できるかどうかは生死に関わることだ。
そんな中、食べ物を分け与えてくれたおばあさんは、チャチャにとっても恩人だったに違いないだろう。
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