俺以外、こいつに触れるの禁止。

美和優希

文字の大きさ
上 下
73 / 79
第5章

◇これからも、ずっと-美姫Side-(1)

しおりを挟む
 誘拐事件に巻き込まれたあの日、広夢くんが私のことを助けてくれたんだって思い出したのは、ほんの些細なことがきっかけだった。


 ずっと部分的に消えていた私の記憶。


 だけど、少し前から引っ掛かるところがあったんだ。



 一緒に住み始めた頃、停電で真っ暗になったとき、明かりを灯しながら私に片手の小指を差し出した広夢くん。


 そして、修学旅行先の海で、男の人に絡まれた私を助けてくれたときも、片手の小指を差し出した広夢くん。


 広夢くんがそうする度に、不思議な安心感のようなものが身体の中を駆け巡っていた。


 同時に、まるで大切な何かを見落としているような、そんな心地にもなった。


 私自身そのときは気づけなかったし、ずっとその気持ちの正体はわかるような気がしなかったけれど……。


 だけど、あのとき。


 私が、台所の踏み台から足を踏み外して、広夢くんにお姫さま抱っこをされたとき。


 私、広夢くんにこうされたことあるって思ったんだ。


 いつだったっけ? もっと昔な気がする。何で忘れちゃったの?
 そう頭の中で何度も自分に問いかけた。


 直後におばあちゃんのことでバタバタして、それでもすぐに思い出せたわけではない。

 けれどそんな気持ちが入り交じる中、まるで雷に打たれるかのようにあの当時広夢くんに助けられた瞬間のことを思い出したんだ。



 ──『助けが来てホッとしたから、忘れちゃったんでしょう』


 ずっとそう言われてきた、記憶の断片を。


 確かに私が意識を手放しかけたとき。


 地面に膝まづく私を、まだ幼い広夢くんがお姫さま抱っこであの場所から連れ出してくれたときのことを。


 広夢くんに似た他の人だった可能性もあったんじゃないかって言われそうだけど、思い出した瞬間の私は、あのときの男の子は広夢くんに間違いないって、どういうわけか妙に確信めいたことを思っていた。




 広夢くんのお父さんが帰国して数日後の今日。とうとう広夢くんは実家に帰ることになった。


 ベッドや机といった家具以外の、広夢くんの持ち物が段ボールにまとめられて、玄関に積み上げられていく。


 その光景を見る度に、本当に帰っちゃうんだなぁと思ってしまう。


 思えば、この3ヶ月間いろいろあったな……。


 広夢くんと暮らし始めて、何だかんだで家にいるときは広夢くんと一緒にごはんを食べていたんだよね……。


 先程二人で食べる最後の昼食を終えて、そんなことを思いながら食器を洗うスポンジに洗剤をつける。


 やっぱり寂しいなとは思うけど、広夢くんも広夢くんのお父さんと仲直りできたみたいだし、そんな二人がまた新たな気持ちで一緒に暮らせるのは嬉しい。


 きっと以前、広夢くんがうなされるように寝言で言ってた言葉は、広夢くんの過去の辛かった気持ちが現れてたんだろうな。

 これは完全な私の憶測だけど。


 これからは、広夢くんにはお父さんと擦れ違っていた時間を少しずつ取り戻していってほしいな。


 おばあちゃんのことでも、男性恐怖症克服のことでも勇気をくれた広夢くんだもん。


 広夢くんには、幸せになってほしい。


 そんなことを考えながら、ひとしきり食器を泡立てたところで、広夢くんが台所の方にやって来た。



「あ、いいよ。そのままで」


 手を洗って広夢くんの方へと向こうとした私を、私の背後に立った広夢くんが制止させた。


 広夢くんの大きな手が私の肩に触れて、思わずピクンと肩が跳ねる。


 嫌だとか怖いとか言う気持ちは全然ないのに、ドキドキして触れられたところから熱くなる感じがする。


 これはきっと、広夢くんのことが好きだから。



「ど、どうしたの……? ひゃっ、あっ」


 私の後ろに立つ広夢くんのことは、私は前を向いているから見ることができない。


 背後にいる広夢くんにそう尋ねたとき、私は広夢くんに両肩を軽く引っ張られて、私の背中がトンっと広夢くんの身体に触れた。


 その瞬間、背中からボボボボボっと火がつくように熱くなって、一気に心拍数も増した。


「ちょ、ひ、ひろむく……っ」


「男性恐怖症克服の最後の特訓?」


「え?」


 男性恐怖症克服の特訓。

 おばあちゃんのことでバタバタしだした頃から、自然となくなっていた。


 だから、久しぶりに言われたその言葉に、思わず心臓がさらに跳ね上がる。



「……怖いなら言って? すぐやめるから」


 私の身体の前に腕を回されて、まるで私を包み込むようにぎゅっと抱きしめられる。


「……っ」


 優しい温もりに、怖いなんて思う理由なんてなくて、むしろ心地いいくらいに感じてしまう。


 でも、嫌じゃないのに、怖くないのに、緊張からか足が少し震えてしまう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【短編集2】恋のかけらたち

美和優希
恋愛
魔法のiらんどの企画で書いた恋愛小説の短編集です。 甘々から切ない恋まで いろんなテーマで書いています。 【収録作品】 1.百年後の未来に、きみと(2020.04.24) →誕生日に、彼女からどこにでも行ける魔法のチケットをもらって──!? 魔法のiらんど企画「#つながる魔法で続きをつくろう」 で書いたSSです。 2.優しい鈴の音と鼓動(2020.11.08) →幼なじみの凪くんは最近機嫌が悪そうで意地悪で冷たい。嫌われてしまったのかと思っていたけれど──。 3.歌声の魔法(2020.11.15) →地味で冴えない女子の静江は、いつも麗奈をはじめとしたクラスメイトにいいように使われていた。そんなある日、イケメンで不真面目な男子として知られる城野に静江の歌と麗奈への愚痴を聞かれてしまい、麗奈をギャフンと言わせる作戦に参加させられることになって──!? 4.もしも突然、地球最後の日が訪れたとしたら……。(2020.11.23) →“もしも”なんて来てほしくないけれど、地球消滅の危機に直面した二人が最後に見せたものは──。 5.不器用なサプライズ(2021.01.08) →今日は彼女と付き合い始めて一周年の記念日。それなのに肝心のサプライズの切り出し方に失敗してしまって……。 *()内は初回公開・完結日です。 *いずれも「魔法のiらんど」で公開していた作品になります。サービス終了に伴い、ページ分けは当時のままの状態で公開しています。 *現在は全てアルファポリスのみの公開です。 アルファポリスでの公開日*2025.02.11 表紙画像は、イラストAC(がらくった様)の画像に文字入れをして使わせていただいてます。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

キケンな放課後☆生徒会室のお姫様!?

美和優希
恋愛
入学早々、葉山優芽は校内で迷子になったところを個性豊かなイケメン揃いの生徒会メンバーに助けてもらう。 一度きりのハプニングと思いきや、ひょんなことから紅一点として生徒会メンバーの一員になることになって──!? ☆゜+.☆゜+.☆゜+.☆゜+.☆ 初回公開*2013.12.27~2014.03.08(他サイト) アルファポリスでの公開日*2019.11.23 *表紙イラストは、イラストAC(小平帆乃佳様)のイラスト素材に背景+文字入れをして使わせていただいてます。

処理中です...