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第5章
◇これからも、ずっと-美姫Side-(1)
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誘拐事件に巻き込まれたあの日、広夢くんが私のことを助けてくれたんだって思い出したのは、ほんの些細なことがきっかけだった。
ずっと部分的に消えていた私の記憶。
だけど、少し前から引っ掛かるところがあったんだ。
一緒に住み始めた頃、停電で真っ暗になったとき、明かりを灯しながら私に片手の小指を差し出した広夢くん。
そして、修学旅行先の海で、男の人に絡まれた私を助けてくれたときも、片手の小指を差し出した広夢くん。
広夢くんがそうする度に、不思議な安心感のようなものが身体の中を駆け巡っていた。
同時に、まるで大切な何かを見落としているような、そんな心地にもなった。
私自身そのときは気づけなかったし、ずっとその気持ちの正体はわかるような気がしなかったけれど……。
だけど、あのとき。
私が、台所の踏み台から足を踏み外して、広夢くんにお姫さま抱っこをされたとき。
私、広夢くんにこうされたことあるって思ったんだ。
いつだったっけ? もっと昔な気がする。何で忘れちゃったの?
そう頭の中で何度も自分に問いかけた。
直後におばあちゃんのことでバタバタして、それでもすぐに思い出せたわけではない。
けれどそんな気持ちが入り交じる中、まるで雷に打たれるかのようにあの当時広夢くんに助けられた瞬間のことを思い出したんだ。
──『助けが来てホッとしたから、忘れちゃったんでしょう』
ずっとそう言われてきた、記憶の断片を。
確かに私が意識を手放しかけたとき。
地面に膝まづく私を、まだ幼い広夢くんがお姫さま抱っこであの場所から連れ出してくれたときのことを。
広夢くんに似た他の人だった可能性もあったんじゃないかって言われそうだけど、思い出した瞬間の私は、あのときの男の子は広夢くんに間違いないって、どういうわけか妙に確信めいたことを思っていた。
広夢くんのお父さんが帰国して数日後の今日。とうとう広夢くんは実家に帰ることになった。
ベッドや机といった家具以外の、広夢くんの持ち物が段ボールにまとめられて、玄関に積み上げられていく。
その光景を見る度に、本当に帰っちゃうんだなぁと思ってしまう。
思えば、この3ヶ月間いろいろあったな……。
広夢くんと暮らし始めて、何だかんだで家にいるときは広夢くんと一緒にごはんを食べていたんだよね……。
先程二人で食べる最後の昼食を終えて、そんなことを思いながら食器を洗うスポンジに洗剤をつける。
やっぱり寂しいなとは思うけど、広夢くんも広夢くんのお父さんと仲直りできたみたいだし、そんな二人がまた新たな気持ちで一緒に暮らせるのは嬉しい。
きっと以前、広夢くんがうなされるように寝言で言ってた言葉は、広夢くんの過去の辛かった気持ちが現れてたんだろうな。
これは完全な私の憶測だけど。
これからは、広夢くんにはお父さんと擦れ違っていた時間を少しずつ取り戻していってほしいな。
おばあちゃんのことでも、男性恐怖症克服のことでも勇気をくれた広夢くんだもん。
広夢くんには、幸せになってほしい。
そんなことを考えながら、ひとしきり食器を泡立てたところで、広夢くんが台所の方にやって来た。
「あ、いいよ。そのままで」
手を洗って広夢くんの方へと向こうとした私を、私の背後に立った広夢くんが制止させた。
広夢くんの大きな手が私の肩に触れて、思わずピクンと肩が跳ねる。
嫌だとか怖いとか言う気持ちは全然ないのに、ドキドキして触れられたところから熱くなる感じがする。
これはきっと、広夢くんのことが好きだから。
「ど、どうしたの……? ひゃっ、あっ」
私の後ろに立つ広夢くんのことは、私は前を向いているから見ることができない。
背後にいる広夢くんにそう尋ねたとき、私は広夢くんに両肩を軽く引っ張られて、私の背中がトンっと広夢くんの身体に触れた。
その瞬間、背中からボボボボボっと火がつくように熱くなって、一気に心拍数も増した。
「ちょ、ひ、ひろむく……っ」
「男性恐怖症克服の最後の特訓?」
「え?」
男性恐怖症克服の特訓。
おばあちゃんのことでバタバタしだした頃から、自然となくなっていた。
だから、久しぶりに言われたその言葉に、思わず心臓がさらに跳ね上がる。
「……怖いなら言って? すぐやめるから」
私の身体の前に腕を回されて、まるで私を包み込むようにぎゅっと抱きしめられる。
「……っ」
優しい温もりに、怖いなんて思う理由なんてなくて、むしろ心地いいくらいに感じてしまう。
でも、嫌じゃないのに、怖くないのに、緊張からか足が少し震えてしまう。
ずっと部分的に消えていた私の記憶。
だけど、少し前から引っ掛かるところがあったんだ。
一緒に住み始めた頃、停電で真っ暗になったとき、明かりを灯しながら私に片手の小指を差し出した広夢くん。
そして、修学旅行先の海で、男の人に絡まれた私を助けてくれたときも、片手の小指を差し出した広夢くん。
広夢くんがそうする度に、不思議な安心感のようなものが身体の中を駆け巡っていた。
同時に、まるで大切な何かを見落としているような、そんな心地にもなった。
私自身そのときは気づけなかったし、ずっとその気持ちの正体はわかるような気がしなかったけれど……。
だけど、あのとき。
私が、台所の踏み台から足を踏み外して、広夢くんにお姫さま抱っこをされたとき。
私、広夢くんにこうされたことあるって思ったんだ。
いつだったっけ? もっと昔な気がする。何で忘れちゃったの?
そう頭の中で何度も自分に問いかけた。
直後におばあちゃんのことでバタバタして、それでもすぐに思い出せたわけではない。
けれどそんな気持ちが入り交じる中、まるで雷に打たれるかのようにあの当時広夢くんに助けられた瞬間のことを思い出したんだ。
──『助けが来てホッとしたから、忘れちゃったんでしょう』
ずっとそう言われてきた、記憶の断片を。
確かに私が意識を手放しかけたとき。
地面に膝まづく私を、まだ幼い広夢くんがお姫さま抱っこであの場所から連れ出してくれたときのことを。
広夢くんに似た他の人だった可能性もあったんじゃないかって言われそうだけど、思い出した瞬間の私は、あのときの男の子は広夢くんに間違いないって、どういうわけか妙に確信めいたことを思っていた。
広夢くんのお父さんが帰国して数日後の今日。とうとう広夢くんは実家に帰ることになった。
ベッドや机といった家具以外の、広夢くんの持ち物が段ボールにまとめられて、玄関に積み上げられていく。
その光景を見る度に、本当に帰っちゃうんだなぁと思ってしまう。
思えば、この3ヶ月間いろいろあったな……。
広夢くんと暮らし始めて、何だかんだで家にいるときは広夢くんと一緒にごはんを食べていたんだよね……。
先程二人で食べる最後の昼食を終えて、そんなことを思いながら食器を洗うスポンジに洗剤をつける。
やっぱり寂しいなとは思うけど、広夢くんも広夢くんのお父さんと仲直りできたみたいだし、そんな二人がまた新たな気持ちで一緒に暮らせるのは嬉しい。
きっと以前、広夢くんがうなされるように寝言で言ってた言葉は、広夢くんの過去の辛かった気持ちが現れてたんだろうな。
これは完全な私の憶測だけど。
これからは、広夢くんにはお父さんと擦れ違っていた時間を少しずつ取り戻していってほしいな。
おばあちゃんのことでも、男性恐怖症克服のことでも勇気をくれた広夢くんだもん。
広夢くんには、幸せになってほしい。
そんなことを考えながら、ひとしきり食器を泡立てたところで、広夢くんが台所の方にやって来た。
「あ、いいよ。そのままで」
手を洗って広夢くんの方へと向こうとした私を、私の背後に立った広夢くんが制止させた。
広夢くんの大きな手が私の肩に触れて、思わずピクンと肩が跳ねる。
嫌だとか怖いとか言う気持ちは全然ないのに、ドキドキして触れられたところから熱くなる感じがする。
これはきっと、広夢くんのことが好きだから。
「ど、どうしたの……? ひゃっ、あっ」
私の後ろに立つ広夢くんのことは、私は前を向いているから見ることができない。
背後にいる広夢くんにそう尋ねたとき、私は広夢くんに両肩を軽く引っ張られて、私の背中がトンっと広夢くんの身体に触れた。
その瞬間、背中からボボボボボっと火がつくように熱くなって、一気に心拍数も増した。
「ちょ、ひ、ひろむく……っ」
「男性恐怖症克服の最後の特訓?」
「え?」
男性恐怖症克服の特訓。
おばあちゃんのことでバタバタしだした頃から、自然となくなっていた。
だから、久しぶりに言われたその言葉に、思わず心臓がさらに跳ね上がる。
「……怖いなら言って? すぐやめるから」
私の身体の前に腕を回されて、まるで私を包み込むようにぎゅっと抱きしめられる。
「……っ」
優しい温もりに、怖いなんて思う理由なんてなくて、むしろ心地いいくらいに感じてしまう。
でも、嫌じゃないのに、怖くないのに、緊張からか足が少し震えてしまう。
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