俺以外、こいつに触れるの禁止。

美和優希

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第5章

◆誤解-広夢Side-(5)

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 ふっと顔を上げると、目を見開いて何か言いたそうに俺を見つめる美姫と目が合う。


 そりゃそうだよな。

 美姫から聞いたわけでもないのに、俺は美姫たちの昔住んでた場所を言い当てたんだもんな。


 そんな美姫を見て、俺はまるで弁解するかのように口を開く。



「や、昔、小学生の頃。父さんが、そこに女の人と入っていくのを何度も見たことがあったんだ」


 ずっと美姫のお母さんの勢いで完全に存在感がなくなっていたが、近くにあるリビングのソファーのそばに立って静かに俺たちの話を聞いていた父さんが顔を上げるのが、視界の隅に映った。



「でもそれで俺、てっきり父さんは……俺のことなんてほったからして、仕事って嘘をついて女と遊んでるのかと……」


 なんだか事実なんだけど、言葉に出して言うと無償に恥ずかしくなってくる。


 俺のことなんてほったからして~って、俺、ガキかよ……。


 でも、あの頃はガキだったんだろう。


 強がって寂しくないふりをしてたけど、俺なりに無理してたんだと思う。


 母さんにも捨てられたのに、父さんにも捨てられたら……。


 もしそうなったとき、傷口が最小限で済むように、俺は自分を守るために父さんを避けた。


 これ以上、自分自身が傷つかないために……。


 でもそれは俺の勘違い、だったんだよな……。


 自分にも否があることはわかったけれど、謝罪の言葉は喉につっかえて出てこない。


 ここまであからさまに父さんを突き放して生きてきて、今さら“ゴメンナサイ”だなんて……。


 あまりにムシが良すぎるというか何というか……。


 それに俺が勘違いしていたことは認めるけれど、父さんが俺に嘘をついていたことを許したわけじゃない。



「広夢」


 そのとき父さんに呼ばれて、目だけ声のした方向へと向ける。


 さっきまでソファーのそばに立っていた父さんは、俺のすぐ目の前まで来ていた。


「父さんが悪かった」


 そして、父さんは俺に向かって深々と頭を下げたのだ。


「……何だよ。そんなことしてんじゃねーよ」


 突然父さんに謝られても、どうしていいかわからねーし……。



「いや、謝らせてくれ。広夢にそんな誤解を与えるようなことをした父さんが悪かった。本当に仕事のときもそうでないときも、仕事って言ってたことも、本当に悪かった。本当に、ごめんな」


「……別に」


「そもそも、父さんが本当のことを言わなかったからいけないんだ」



 父さんの話によると、父さんは当時の俺に、美姫のおばあさんの話を持ち出すのをためらったんだそうだ。


 俺に、余計な心配をかけさせたくなかったから。

 俺に、余計に辛い思いをさせたらいけないと思ったから。


 何より当時の俺は美姫のおばあさんと面識がなかったことも、父さんがまだ幼い俺に本当のことを話すのをためらわせる最大の理由となった。


 だけど父さんが小さい頃、家が近所だったことからよくしてもらった美姫のおばあさん。


 そしてそんなおばあさんの一人娘であり、父さんの幼なじみであり、さらには父さんの親友の大切な人だった美姫のお母さんを、父さんは見て見ぬフリできなかったんだそうだ。


 なんだそれ。マジでふざけんなって思った。

 俺が幼いからって言い訳して、変なことばっかり心配して、本当のことを黙ってるだなんて……。


「……俺は、それでも本当のことを話してほしかったよ」



 本当は寂しかった。

 父さんが俺に黙ってコソコソしてるなんて。 


 自分は騙されてるんじゃないかって。
 また嘘をつかれて捨てられるんじゃないかって。

 ずっと不安だったんだから。


「本当にすまない。広夢が父さんに寄り付かなくなったとき、失敗したって思った。でもそのとき、もう取り返しがつかないと思ってあきらめてしまったんだ。そうじゃなくて、もっと広夢の気持ちに寄り添ってやるべきだったんだよな」


 父さんのことは、俺の中で絶対に許せないと思ってた。


 だけど俺は許せないと思い込んでただけで、本当は違ったんだな……。


「もういいって……」


 俺は多分、父さんの口から本当のことを聞く日を待っていたんだと思う。


 それが俺にとってプラスの内容でも、マイナスの内容でも。


 ずっとそこに意地を張って、つもり積もったそれが、父さんへの反抗心になってたんだろう。



「俺こそごめん……」


 今でもまだ完全に父さんを許せたというわけではないと思う。


 だけど、やっと本当のことを話してくれた父さんを見て、俺の知らなかった父さんの一面に感謝する美姫たちを見ていたら、俺自身、ほんの少し素直になれたんだと思う。


 父さんに対してずっとイラついていたけど、俺は決して父さんのことが嫌いになったわけではなかったんだな。
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