70 / 79
第5章
◆誤解-広夢Side-(5)
しおりを挟む
ふっと顔を上げると、目を見開いて何か言いたそうに俺を見つめる美姫と目が合う。
そりゃそうだよな。
美姫から聞いたわけでもないのに、俺は美姫たちの昔住んでた場所を言い当てたんだもんな。
そんな美姫を見て、俺はまるで弁解するかのように口を開く。
「や、昔、小学生の頃。父さんが、そこに女の人と入っていくのを何度も見たことがあったんだ」
ずっと美姫のお母さんの勢いで完全に存在感がなくなっていたが、近くにあるリビングのソファーのそばに立って静かに俺たちの話を聞いていた父さんが顔を上げるのが、視界の隅に映った。
「でもそれで俺、てっきり父さんは……俺のことなんてほったからして、仕事って嘘をついて女と遊んでるのかと……」
なんだか事実なんだけど、言葉に出して言うと無償に恥ずかしくなってくる。
俺のことなんてほったからして~って、俺、ガキかよ……。
でも、あの頃はガキだったんだろう。
強がって寂しくないふりをしてたけど、俺なりに無理してたんだと思う。
母さんにも捨てられたのに、父さんにも捨てられたら……。
もしそうなったとき、傷口が最小限で済むように、俺は自分を守るために父さんを避けた。
これ以上、自分自身が傷つかないために……。
でもそれは俺の勘違い、だったんだよな……。
自分にも否があることはわかったけれど、謝罪の言葉は喉につっかえて出てこない。
ここまであからさまに父さんを突き放して生きてきて、今さら“ゴメンナサイ”だなんて……。
あまりにムシが良すぎるというか何というか……。
それに俺が勘違いしていたことは認めるけれど、父さんが俺に嘘をついていたことを許したわけじゃない。
「広夢」
そのとき父さんに呼ばれて、目だけ声のした方向へと向ける。
さっきまでソファーのそばに立っていた父さんは、俺のすぐ目の前まで来ていた。
「父さんが悪かった」
そして、父さんは俺に向かって深々と頭を下げたのだ。
「……何だよ。そんなことしてんじゃねーよ」
突然父さんに謝られても、どうしていいかわからねーし……。
「いや、謝らせてくれ。広夢にそんな誤解を与えるようなことをした父さんが悪かった。本当に仕事のときもそうでないときも、仕事って言ってたことも、本当に悪かった。本当に、ごめんな」
「……別に」
「そもそも、父さんが本当のことを言わなかったからいけないんだ」
父さんの話によると、父さんは当時の俺に、美姫のおばあさんの話を持ち出すのをためらったんだそうだ。
俺に、余計な心配をかけさせたくなかったから。
俺に、余計に辛い思いをさせたらいけないと思ったから。
何より当時の俺は美姫のおばあさんと面識がなかったことも、父さんがまだ幼い俺に本当のことを話すのをためらわせる最大の理由となった。
だけど父さんが小さい頃、家が近所だったことからよくしてもらった美姫のおばあさん。
そしてそんなおばあさんの一人娘であり、父さんの幼なじみであり、さらには父さんの親友の大切な人だった美姫のお母さんを、父さんは見て見ぬフリできなかったんだそうだ。
なんだそれ。マジでふざけんなって思った。
俺が幼いからって言い訳して、変なことばっかり心配して、本当のことを黙ってるだなんて……。
「……俺は、それでも本当のことを話してほしかったよ」
本当は寂しかった。
父さんが俺に黙ってコソコソしてるなんて。
自分は騙されてるんじゃないかって。
また嘘をつかれて捨てられるんじゃないかって。
ずっと不安だったんだから。
「本当にすまない。広夢が父さんに寄り付かなくなったとき、失敗したって思った。でもそのとき、もう取り返しがつかないと思ってあきらめてしまったんだ。そうじゃなくて、もっと広夢の気持ちに寄り添ってやるべきだったんだよな」
父さんのことは、俺の中で絶対に許せないと思ってた。
だけど俺は許せないと思い込んでただけで、本当は違ったんだな……。
「もういいって……」
俺は多分、父さんの口から本当のことを聞く日を待っていたんだと思う。
それが俺にとってプラスの内容でも、マイナスの内容でも。
ずっとそこに意地を張って、つもり積もったそれが、父さんへの反抗心になってたんだろう。
「俺こそごめん……」
今でもまだ完全に父さんを許せたというわけではないと思う。
だけど、やっと本当のことを話してくれた父さんを見て、俺の知らなかった父さんの一面に感謝する美姫たちを見ていたら、俺自身、ほんの少し素直になれたんだと思う。
父さんに対してずっとイラついていたけど、俺は決して父さんのことが嫌いになったわけではなかったんだな。
そりゃそうだよな。
美姫から聞いたわけでもないのに、俺は美姫たちの昔住んでた場所を言い当てたんだもんな。
そんな美姫を見て、俺はまるで弁解するかのように口を開く。
「や、昔、小学生の頃。父さんが、そこに女の人と入っていくのを何度も見たことがあったんだ」
ずっと美姫のお母さんの勢いで完全に存在感がなくなっていたが、近くにあるリビングのソファーのそばに立って静かに俺たちの話を聞いていた父さんが顔を上げるのが、視界の隅に映った。
「でもそれで俺、てっきり父さんは……俺のことなんてほったからして、仕事って嘘をついて女と遊んでるのかと……」
なんだか事実なんだけど、言葉に出して言うと無償に恥ずかしくなってくる。
俺のことなんてほったからして~って、俺、ガキかよ……。
でも、あの頃はガキだったんだろう。
強がって寂しくないふりをしてたけど、俺なりに無理してたんだと思う。
母さんにも捨てられたのに、父さんにも捨てられたら……。
もしそうなったとき、傷口が最小限で済むように、俺は自分を守るために父さんを避けた。
これ以上、自分自身が傷つかないために……。
でもそれは俺の勘違い、だったんだよな……。
自分にも否があることはわかったけれど、謝罪の言葉は喉につっかえて出てこない。
ここまであからさまに父さんを突き放して生きてきて、今さら“ゴメンナサイ”だなんて……。
あまりにムシが良すぎるというか何というか……。
それに俺が勘違いしていたことは認めるけれど、父さんが俺に嘘をついていたことを許したわけじゃない。
「広夢」
そのとき父さんに呼ばれて、目だけ声のした方向へと向ける。
さっきまでソファーのそばに立っていた父さんは、俺のすぐ目の前まで来ていた。
「父さんが悪かった」
そして、父さんは俺に向かって深々と頭を下げたのだ。
「……何だよ。そんなことしてんじゃねーよ」
突然父さんに謝られても、どうしていいかわからねーし……。
「いや、謝らせてくれ。広夢にそんな誤解を与えるようなことをした父さんが悪かった。本当に仕事のときもそうでないときも、仕事って言ってたことも、本当に悪かった。本当に、ごめんな」
「……別に」
「そもそも、父さんが本当のことを言わなかったからいけないんだ」
父さんの話によると、父さんは当時の俺に、美姫のおばあさんの話を持ち出すのをためらったんだそうだ。
俺に、余計な心配をかけさせたくなかったから。
俺に、余計に辛い思いをさせたらいけないと思ったから。
何より当時の俺は美姫のおばあさんと面識がなかったことも、父さんがまだ幼い俺に本当のことを話すのをためらわせる最大の理由となった。
だけど父さんが小さい頃、家が近所だったことからよくしてもらった美姫のおばあさん。
そしてそんなおばあさんの一人娘であり、父さんの幼なじみであり、さらには父さんの親友の大切な人だった美姫のお母さんを、父さんは見て見ぬフリできなかったんだそうだ。
なんだそれ。マジでふざけんなって思った。
俺が幼いからって言い訳して、変なことばっかり心配して、本当のことを黙ってるだなんて……。
「……俺は、それでも本当のことを話してほしかったよ」
本当は寂しかった。
父さんが俺に黙ってコソコソしてるなんて。
自分は騙されてるんじゃないかって。
また嘘をつかれて捨てられるんじゃないかって。
ずっと不安だったんだから。
「本当にすまない。広夢が父さんに寄り付かなくなったとき、失敗したって思った。でもそのとき、もう取り返しがつかないと思ってあきらめてしまったんだ。そうじゃなくて、もっと広夢の気持ちに寄り添ってやるべきだったんだよな」
父さんのことは、俺の中で絶対に許せないと思ってた。
だけど俺は許せないと思い込んでただけで、本当は違ったんだな……。
「もういいって……」
俺は多分、父さんの口から本当のことを聞く日を待っていたんだと思う。
それが俺にとってプラスの内容でも、マイナスの内容でも。
ずっとそこに意地を張って、つもり積もったそれが、父さんへの反抗心になってたんだろう。
「俺こそごめん……」
今でもまだ完全に父さんを許せたというわけではないと思う。
だけど、やっと本当のことを話してくれた父さんを見て、俺の知らなかった父さんの一面に感謝する美姫たちを見ていたら、俺自身、ほんの少し素直になれたんだと思う。
父さんに対してずっとイラついていたけど、俺は決して父さんのことが嫌いになったわけではなかったんだな。
0
お気に入りに追加
108
あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
【短編集2】恋のかけらたち
美和優希
恋愛
魔法のiらんどの企画で書いた恋愛小説の短編集です。
甘々から切ない恋まで
いろんなテーマで書いています。
【収録作品】
1.百年後の未来に、きみと(2020.04.24)
→誕生日に、彼女からどこにでも行ける魔法のチケットをもらって──!?
魔法のiらんど企画「#つながる魔法で続きをつくろう」 で書いたSSです。
2.優しい鈴の音と鼓動(2020.11.08)
→幼なじみの凪くんは最近機嫌が悪そうで意地悪で冷たい。嫌われてしまったのかと思っていたけれど──。
3.歌声の魔法(2020.11.15)
→地味で冴えない女子の静江は、いつも麗奈をはじめとしたクラスメイトにいいように使われていた。そんなある日、イケメンで不真面目な男子として知られる城野に静江の歌と麗奈への愚痴を聞かれてしまい、麗奈をギャフンと言わせる作戦に参加させられることになって──!?
4.もしも突然、地球最後の日が訪れたとしたら……。(2020.11.23)
→“もしも”なんて来てほしくないけれど、地球消滅の危機に直面した二人が最後に見せたものは──。
5.不器用なサプライズ(2021.01.08)
→今日は彼女と付き合い始めて一周年の記念日。それなのに肝心のサプライズの切り出し方に失敗してしまって……。
*()内は初回公開・完結日です。
*いずれも「魔法のiらんど」で公開していた作品になります。サービス終了に伴い、ページ分けは当時のままの状態で公開しています。
*現在は全てアルファポリスのみの公開です。
アルファポリスでの公開日*2025.02.11
表紙画像は、イラストAC(がらくった様)の画像に文字入れをして使わせていただいてます。



【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中
キケンな放課後☆生徒会室のお姫様!?
美和優希
恋愛
入学早々、葉山優芽は校内で迷子になったところを個性豊かなイケメン揃いの生徒会メンバーに助けてもらう。
一度きりのハプニングと思いきや、ひょんなことから紅一点として生徒会メンバーの一員になることになって──!?
☆゜+.☆゜+.☆゜+.☆゜+.☆
初回公開*2013.12.27~2014.03.08(他サイト)
アルファポリスでの公開日*2019.11.23
*表紙イラストは、イラストAC(小平帆乃佳様)のイラスト素材に背景+文字入れをして使わせていただいてます。

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる