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第5章
◆誤解-広夢Side-(3)
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父さんが、何でこんなところに……?
だって父さんは今日も遅くまで仕事で、今も会社にいるんじゃなかったのかよ……。
小ぶりのアパートの前で誰かを待つように立っている父さん。
しばらく見ていると、アパートの1階にあるドアから女の人が出てきて。
父さんは、その女の人と一緒にアパートの部屋の中に入っていったんだ。
嘘だろ……?
父さんと母さんは、正式に離婚している。
でもそうだとしても、父さんが別の、俺の知らない女の人と一緒に夜アパートの部屋に入って行くなんて……。
すぐには信じられなかった。
けれど、俺が父さんを見間違うなんて、思えない。
皮肉なことに、それからも父さんが夜遅いことは増えて、そのあとも何回も同じアパートのところでの密会を確認した。
女の人の顔はいつも逆光になっててわからなかったし、表札も出てないから名前もわからなかった。
っていうか、そもそも知りたいとも思わなかった俺は、父さんが黒だと判断した時点で、それ以上探りを入れるようなことはしなかった。
嘘つき。仕事だって言ってたくせに。
女と遊んでたんかよ。
夜異様に遅い日があったのも、突然仕事だって家を出ていった日も、そうだったのか?
そしてその女とくっついたら、父さんも不要になった俺のことを捨てるのか?
すぐ戻って来るからって言って、俺をおいていくのか?
嘘つき。裏切り者。信じてたのに……。
母さんが出ていったあと、確かに俺のために頑張ってくれていた父さん。
そんな父さんを見て、父さんは俺のことを捨てるわけないと、幼い俺はどこかで安心して信じきっていたんだと思う。
それもあってなのだろう、俺は父さんに対して、母さんが出ていったことを知ったとき以上の嫌悪感を抱いて、父さんを避けるようになった。
そして同時に、子どもながらに愛だとか家族だとか信じられなくなったんだ──。
美姫の実家を飛び出した瞬間は走っていたけれど、今は闇雲にただダラダラ歩いているだけ。
少し西に傾いてきた太陽の光に、思っていたよりも時間が経過していることを、教えられているようだった。
美姫が、まだ美姫の実家にいるのかどうかはわからない。
もしかしたら、俺らの暮らしているマンションに帰ったかもしれないし……。
先に帰るって言った俺が帰ってないのを見て、美姫はどう思うのだろう?
俺のことを心配したりするのだろうか?
いや、何とも思わねーだろうな。
きっと俺のいなくなったあの部屋では、あいつにあることないこと言われたんだろうし。
あいつの、俺の父さんの口から出た、俺の父さんの言い分を聞いて、美姫は俺のことを嫌いになっちまったか?
はぁー……、と何度目かわからないため息を吐き出したとき。
「広夢くん……っ!」
どういうわけか、美姫に呼ばれたような気がした。
ああ、俺、とうとう幻聴まで聞こえるようになってしまったか? 相当だな……。
だけど、そのとき。
「……え?」
俺の左腕は、美姫の両手によってしっかりと握られていた。
「もう、逃がさないんだからっ!」
え? な、なに?
もう逃がさないって、えっ!?
突然美姫の口から思わぬ言葉が飛び出して、固まってしまう。
何かよくわからないけど、こんなの反則だろ。可愛すぎて……。
「ちょっ、美姫……っ!?」
一瞬夢かとも思ったけれど、美姫につかまれる腕が痛かったし、夢じゃないことは頬をつねらなくてもわった。
「……誤解、だから」
「……え?」
「泰志おじさん……広夢くんのお父さんから話を聞いたよ」
だけど、美姫の口からあいつの名前が出た瞬間、自分の顔が自然と強ばるのを感じる。
「広夢くんのお父さんは、遊んでたわけじゃないよ……っ!」
「何でそんなこと美姫にわかんだよ」
父さんの肩を持つようなことを言われたからか、あからさまにイライラが声に滲み出てしまう。
美姫はそれに一瞬狼狽しかけたけれど、それでも負けることなく口を開く。
「わかるよ。だって、私も見てきたから」
「……は?」
見てきたって、何を……。
「広夢くんのお父さん、言ってた。私たちのところに来るのも、広夢くんには仕事って言って出てきてたって。広夢くんのお父さんとしては、広夢くんに余計な心配をさせたくなかったからそう言って出てきてたらしいんだけど、どこかで広夢くんはそれに気づいてたんじゃないかって……」
「は? 意味わかんね」
確かに父さんに向かって、『仕事って嘘つきやがって』と言ったことは今まで何度もあるし、実際辻褄は合わなくもない。
だけど美姫の言い分が本当だとして、どうして父さんが美姫たち親子のところに出向く必要があったんだよ。
まぁ俺を美姫のところに居候させる話を決める程度には、父さんと美姫のお母さんは親しいんだろうけどさ。
最初に会ったときも、美姫のお母さんは俺のことを前から知ってたみたいな口ぶりだったし……。
「私のお父さん、私が赤ちゃんだった頃に病気で亡くなったんだけどね、泰志おじさんはそんなお母さんの唯一の相談相手だったの」
は? 父さんが、美姫のお母さんの相談相手!?
だって父さんは今日も遅くまで仕事で、今も会社にいるんじゃなかったのかよ……。
小ぶりのアパートの前で誰かを待つように立っている父さん。
しばらく見ていると、アパートの1階にあるドアから女の人が出てきて。
父さんは、その女の人と一緒にアパートの部屋の中に入っていったんだ。
嘘だろ……?
父さんと母さんは、正式に離婚している。
でもそうだとしても、父さんが別の、俺の知らない女の人と一緒に夜アパートの部屋に入って行くなんて……。
すぐには信じられなかった。
けれど、俺が父さんを見間違うなんて、思えない。
皮肉なことに、それからも父さんが夜遅いことは増えて、そのあとも何回も同じアパートのところでの密会を確認した。
女の人の顔はいつも逆光になっててわからなかったし、表札も出てないから名前もわからなかった。
っていうか、そもそも知りたいとも思わなかった俺は、父さんが黒だと判断した時点で、それ以上探りを入れるようなことはしなかった。
嘘つき。仕事だって言ってたくせに。
女と遊んでたんかよ。
夜異様に遅い日があったのも、突然仕事だって家を出ていった日も、そうだったのか?
そしてその女とくっついたら、父さんも不要になった俺のことを捨てるのか?
すぐ戻って来るからって言って、俺をおいていくのか?
嘘つき。裏切り者。信じてたのに……。
母さんが出ていったあと、確かに俺のために頑張ってくれていた父さん。
そんな父さんを見て、父さんは俺のことを捨てるわけないと、幼い俺はどこかで安心して信じきっていたんだと思う。
それもあってなのだろう、俺は父さんに対して、母さんが出ていったことを知ったとき以上の嫌悪感を抱いて、父さんを避けるようになった。
そして同時に、子どもながらに愛だとか家族だとか信じられなくなったんだ──。
美姫の実家を飛び出した瞬間は走っていたけれど、今は闇雲にただダラダラ歩いているだけ。
少し西に傾いてきた太陽の光に、思っていたよりも時間が経過していることを、教えられているようだった。
美姫が、まだ美姫の実家にいるのかどうかはわからない。
もしかしたら、俺らの暮らしているマンションに帰ったかもしれないし……。
先に帰るって言った俺が帰ってないのを見て、美姫はどう思うのだろう?
俺のことを心配したりするのだろうか?
いや、何とも思わねーだろうな。
きっと俺のいなくなったあの部屋では、あいつにあることないこと言われたんだろうし。
あいつの、俺の父さんの口から出た、俺の父さんの言い分を聞いて、美姫は俺のことを嫌いになっちまったか?
はぁー……、と何度目かわからないため息を吐き出したとき。
「広夢くん……っ!」
どういうわけか、美姫に呼ばれたような気がした。
ああ、俺、とうとう幻聴まで聞こえるようになってしまったか? 相当だな……。
だけど、そのとき。
「……え?」
俺の左腕は、美姫の両手によってしっかりと握られていた。
「もう、逃がさないんだからっ!」
え? な、なに?
もう逃がさないって、えっ!?
突然美姫の口から思わぬ言葉が飛び出して、固まってしまう。
何かよくわからないけど、こんなの反則だろ。可愛すぎて……。
「ちょっ、美姫……っ!?」
一瞬夢かとも思ったけれど、美姫につかまれる腕が痛かったし、夢じゃないことは頬をつねらなくてもわった。
「……誤解、だから」
「……え?」
「泰志おじさん……広夢くんのお父さんから話を聞いたよ」
だけど、美姫の口からあいつの名前が出た瞬間、自分の顔が自然と強ばるのを感じる。
「広夢くんのお父さんは、遊んでたわけじゃないよ……っ!」
「何でそんなこと美姫にわかんだよ」
父さんの肩を持つようなことを言われたからか、あからさまにイライラが声に滲み出てしまう。
美姫はそれに一瞬狼狽しかけたけれど、それでも負けることなく口を開く。
「わかるよ。だって、私も見てきたから」
「……は?」
見てきたって、何を……。
「広夢くんのお父さん、言ってた。私たちのところに来るのも、広夢くんには仕事って言って出てきてたって。広夢くんのお父さんとしては、広夢くんに余計な心配をさせたくなかったからそう言って出てきてたらしいんだけど、どこかで広夢くんはそれに気づいてたんじゃないかって……」
「は? 意味わかんね」
確かに父さんに向かって、『仕事って嘘つきやがって』と言ったことは今まで何度もあるし、実際辻褄は合わなくもない。
だけど美姫の言い分が本当だとして、どうして父さんが美姫たち親子のところに出向く必要があったんだよ。
まぁ俺を美姫のところに居候させる話を決める程度には、父さんと美姫のお母さんは親しいんだろうけどさ。
最初に会ったときも、美姫のお母さんは俺のことを前から知ってたみたいな口ぶりだったし……。
「私のお父さん、私が赤ちゃんだった頃に病気で亡くなったんだけどね、泰志おじさんはそんなお母さんの唯一の相談相手だったの」
は? 父さんが、美姫のお母さんの相談相手!?
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