俺以外、こいつに触れるの禁止。

美和優希

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第5章

◆誤解-広夢Side-(2)

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「自分のことは棚に上げて、ああだこうだ勝手なこと言ってんじゃねーよ。ふざけんな」


「あらあら、どうしたの?」


 そのとき聞こえた美姫のお母さんの声に、ハッと我に返る。

 顔を上げると、さっきまでは閉まっていた和室の襖は開いていて、美姫と美姫のお母さんがお盆を持ったままこちらを驚いたように見ていた。


 美姫なんて、目を見開いたまま固まってるし……。



「……ああ、いつものことだよ。茂美ちゃんも美姫ちゃんも、見苦しいもの見せてごめんな」


 ヘラヘラと笑って、平気でそんなことを言ってのける父さん。


 俺の気持ちも知らずに、何なんだよマジで。

 ふざけんのも大概にしろ。



「……すみません。せっかくですが、俺、先に失礼させていただきます」


「あら、ムーくん。ケーキあるのよ」


「甘いものが好きな美姫に、俺の分もあげてください」


 美姫はこう見えて、意外と甘党だ。

 台所の棚に、常にチョコレートとかクッキーとかストックしている程度には。

 だから、きっとケーキも美姫の好物に違いないだろう。


「ひ、広夢くん……っ」


「ごめんな、美姫。ゆっくりしてきてくれていいから。俺、先帰るな」



 美姫が俺を呼び止めた声に、極力優しい声で返す。


 ここにいたって、父さんへのイライラが増すばかり。


 これ以上、美姫の前でこんな醜態をさらすのもどうかと思った俺は、まるで逃げるように美姫の家をあとにした。




 俺の母さんが出ていったのは、俺がまだ小学1年生の頃だった。


 物心ついたときから、父さんと母さんの喧嘩は絶えなかったから、今から思えばそうなるのも自然の流れだったのかもしれない。



『広夢も大きくなったから、大丈夫よね』


『嫌だ。行かないで』


『何よ今日に限って甘えて。すぐ帰るから、お留守番してて』


『……すぐっていつ?』


『すぐはすぐよ。そのうち帰ってくるから』


『そのうち、って? 俺をおいて、行かないで……っ』



 だけど、この日の俺はきっと何か感じるものがあったんだろうな。


 このまま母さんを一人で行かせたらいけない気がして、必死で母さんにしがみついた。


 だけど……。


『男の子がそんな顔しないの! すぐ帰ってくるから』


 まだ幼い俺の腕はいとも簡単に振りほどかれて。


 バイバイといつものように手を振って、俺に背を向けた母さん。


 俺の記憶に残る、母さんの最後の姿だ。


 それからは、俺は父さんと二人暮らしになった。


 最初こそ、母さんが帰ってくるかも知れないと思って待ち続けていたが、子どもながらにそれはないと悟った。


 大きくなってから知った話では、母さんは他の男を作って、俺と父さんを捨てて出ていったらしい。


 すぐ帰ってくる、だなんて、大嘘だったんだ。



 父さんと暮らしはじめてからは、最初はそれなりに楽しく暮らしていたような気がする。


 母さんがいなくなった俺に、父さんは得意じゃない料理を頑張って振る舞ってくれたり、休みの日はどこかに連れていってくれたりしてくれた記憶がある。


 だけど、それもそう長くは続かなかった。



 俺が、小学3年生の頃。

 父さんは、それまで介護士として勤めていた施設を辞めて、ずっと希望していたメーカーへの転職に成功した。


 その当時の俺は、父さんの夢が叶ったのが嬉しくて、父さんと一緒に喜んだのを今でも覚えている。


 一方で、転職したことで今までより帰りが遅くなったり、家でも仕事をしていたりと、父さんが忙しくしていることが増えた。


 でも父さんが、俺と父さんの生活のために頑張ってるんだって思ったら、俺も我慢できた。



 だけど、小学5年生の頃。

 異様に夜遅くまで父さんが帰ってこなかったり、休みの日でさえ急に出て行ったりすることが続いて、俺なりに父さんのことを心配していた時期があった。


 そんな小学5年生の夏の夜のことだった。


 その日は偶然、自転車で友達と海に泳ぎに行っていた。


 海と言っても家から近いわけではなく、自転車で二時間くらいかかる。


 日が暮れるまで泳いでいたのもあって、家につく頃にはすっかり夜も遅くなってしまった。


 どうせ帰りが遅くなったところで、父さんも帰ってないから大丈夫。


 そんなことを考えていた自分に罰が当たったのか、その帰り道、俺は見たらいけないものを見てしまったんだ。



 隣のさらに隣の学区にある住宅街を通り過ぎていたとき、俺は思わず自転車を急停車させた。


『おい、広夢? どうしたんだよ、急に』


『しっ!』


 一緒に自転車で海に行った仲間の一人が、俺より少し離れたところで停車してそう問いかけるのを制する。


 だって俺の視線の先にいるのは、どこからどう見ても、父さんだったのだから。
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