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第4章
◇踏み出す勇気-美姫Side-(5)
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「認知症って、案外昔の記憶は残ってることが多いみたいで。むしろおばあちゃんはわからなくなってしまった私たちのことを気にかけているような発言を、何度も繰り返していたわ。だからね、美姫ちゃん。おばあちゃんのことを許してあげてね。もちろん、美姫ちゃん自身のことも。いくら美姫ちゃんがしっかりしてるとはいえ、まだ子どもの美姫ちゃんにとっては、辛過ぎる現実だったことには変わりないのだから」
「お母さん……」
そして、お母さんはさらに驚くことを言った。
「だけど、お母さんびっくりしちゃった。今日は調子が良かったとはいえ、おばあちゃんがまさかこんなに調子良く会話できるなんて、思ってなかったから」
さっきのおばあちゃんの様子からは全く想像つかないけれど、最近ではちゃんと会話が成立することの方が稀だったらしい。
そんなおばあちゃんにとって、さっき私とあんな風に会話ができたことは、本当に奇跡に近いことだったみたい。
「きっと、美姫ちゃんが来てくれたからね。美姫ちゃんのことを認識できなくなっても、美姫ちゃんと会って、おばあちゃんの中に何か感じるものがあったのかもしれないわ。美姫ちゃんもムーくんも、今日は本当にありがとう」
そんなことってあるのかな?
だけど、そうだったらいいな……。
胸に熱いものが込み上げて、次第に我慢できなくなったそれは、思わず涙となってあふれた。
申し訳ない気持ちや、ありがとうの気持ち。
そして、おばあちゃんが私たちのことを完全に忘れてしまったわけではないとわかって、安心する気持ち。
昨日からの心の葛藤や緊張。
なんとか私の中でバランスを保っていたいろんな感情が、一気にバランスを崩して涙となって溢れ出た。
お母さんも広夢くんも、私が落ち着くまでそばで見守っていてくれた。
それからは、私は毎日おばあちゃんに会いに行った。
お母さんは仕事の日は面会時間ギリギリにしか来れないみたいだし、学校が夏休みに入ったところで本当に良かった。
「こんにちは」
「あなたは……?」
「篠原茂実の娘の美姫です」
「あの、いつもお世話してくれる人の?」
毎日、全くの“はじめまして”からのスタートだったし、話しかけても最初の日のように上手く会話が成立することは少なくて、よくわからない返事しか返ってこないことも多かった。
それでも私が行くと、私のことが孫の美姫だとはわからなくても、おばあちゃんは話し相手が来てくれたと喜んでくれた。
だけど……。
最初こそ思いの外元気そうに見えたおばあちゃんだったけど、日に日に目にわかるくらいに体力が奪われていくのがわかった。
お見舞いに来はじめて10日が経つ頃には、おばあちゃんは完全に寝たきり状態になってしまったんだ。
そして、8月に入って最初の日曜日。
おばあちゃんは、その日仕事が休みだったお母さんに見守られながら、眠るように息を引き取った。
お母さんからその電話をもらったのは、ちょうどその日のお見舞いを終えて家についた直後のことだった。
おばあちゃんのお葬式は、翌々日に執り行われた。
亡くなる直前も特に苦しむような様子もなかったらしいおばあちゃんは、白い箱の中で穏やかな表情をして眠っていた。
もっといっぱい話したかった。
もっとたくさんの時間を一緒に過ごしたかった。
言い出せばきりがないけれど、やっぱりそう思って過去の自分の行動を後悔してしまう。
でもあのとき勇気を出せてなかったら、私はおばあちゃんと一生向き合うことができなくて、きっともっと後悔していたと思う。
あのとき勇気を出しておばあちゃんに会いに行って、本当に良かった……。
おばあちゃん、今までごめんね。
ありがとう……。
「お母さん……」
そして、お母さんはさらに驚くことを言った。
「だけど、お母さんびっくりしちゃった。今日は調子が良かったとはいえ、おばあちゃんがまさかこんなに調子良く会話できるなんて、思ってなかったから」
さっきのおばあちゃんの様子からは全く想像つかないけれど、最近ではちゃんと会話が成立することの方が稀だったらしい。
そんなおばあちゃんにとって、さっき私とあんな風に会話ができたことは、本当に奇跡に近いことだったみたい。
「きっと、美姫ちゃんが来てくれたからね。美姫ちゃんのことを認識できなくなっても、美姫ちゃんと会って、おばあちゃんの中に何か感じるものがあったのかもしれないわ。美姫ちゃんもムーくんも、今日は本当にありがとう」
そんなことってあるのかな?
だけど、そうだったらいいな……。
胸に熱いものが込み上げて、次第に我慢できなくなったそれは、思わず涙となってあふれた。
申し訳ない気持ちや、ありがとうの気持ち。
そして、おばあちゃんが私たちのことを完全に忘れてしまったわけではないとわかって、安心する気持ち。
昨日からの心の葛藤や緊張。
なんとか私の中でバランスを保っていたいろんな感情が、一気にバランスを崩して涙となって溢れ出た。
お母さんも広夢くんも、私が落ち着くまでそばで見守っていてくれた。
それからは、私は毎日おばあちゃんに会いに行った。
お母さんは仕事の日は面会時間ギリギリにしか来れないみたいだし、学校が夏休みに入ったところで本当に良かった。
「こんにちは」
「あなたは……?」
「篠原茂実の娘の美姫です」
「あの、いつもお世話してくれる人の?」
毎日、全くの“はじめまして”からのスタートだったし、話しかけても最初の日のように上手く会話が成立することは少なくて、よくわからない返事しか返ってこないことも多かった。
それでも私が行くと、私のことが孫の美姫だとはわからなくても、おばあちゃんは話し相手が来てくれたと喜んでくれた。
だけど……。
最初こそ思いの外元気そうに見えたおばあちゃんだったけど、日に日に目にわかるくらいに体力が奪われていくのがわかった。
お見舞いに来はじめて10日が経つ頃には、おばあちゃんは完全に寝たきり状態になってしまったんだ。
そして、8月に入って最初の日曜日。
おばあちゃんは、その日仕事が休みだったお母さんに見守られながら、眠るように息を引き取った。
お母さんからその電話をもらったのは、ちょうどその日のお見舞いを終えて家についた直後のことだった。
おばあちゃんのお葬式は、翌々日に執り行われた。
亡くなる直前も特に苦しむような様子もなかったらしいおばあちゃんは、白い箱の中で穏やかな表情をして眠っていた。
もっといっぱい話したかった。
もっとたくさんの時間を一緒に過ごしたかった。
言い出せばきりがないけれど、やっぱりそう思って過去の自分の行動を後悔してしまう。
でもあのとき勇気を出せてなかったら、私はおばあちゃんと一生向き合うことができなくて、きっともっと後悔していたと思う。
あのとき勇気を出しておばあちゃんに会いに行って、本当に良かった……。
おばあちゃん、今までごめんね。
ありがとう……。
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