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第4章
◇踏み出す勇気-美姫Side-(4)
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「そう。美姫、ちゃん……。何年生?」
何かを考えるように私の名前を呟くおばあちゃんに少しの期待を抱いてしまうけれど、返ってきたのはそんな言葉。
「高校、2年生です」
「そうなの。大きいのね……」
どこか感慨深げにそう言うおばあちゃん。
「私にも一人娘がいて、娘にも女の子が一人生まれたの」
だけどその次におばあちゃんが言った言葉に、私は驚きを隠せなかった。
「……えっ!?」
「名前を何て言ったかなぁ、自分の娘や孫のことなのに忘れてしまったよ」
ははっとちょっと寂しげに笑うおばあちゃん。
その姿に胸が痛くなる。
「すごく遠くに住んでるっていうわけでもないんだけど、最近会ってないのよ。元気にしてるんだろうか……」
ねぇ、おばあちゃん。
もしかしてその話に出てくる娘と孫って、お母さんと私のことなのかな……?
だっておばあちゃんにとっての一人娘はお母さんで、そのお母さんからうまれた赤ちゃんというのは、きっと私のことのように感じられたから。
本当のところはわからない。
けれど、私やお母さんのことをわからなくなったおばあちゃんが、私やお母さんに関することを全て忘れてしまったというわけではないと信じたい気持ちがまだ私の中に残っていて、その気持ちが私にそう思わせたのかもしれない。
けれど、もしそうなら……。
「……元気にしてますよ」
私は自然とおばあちゃんにそう告げていた。
私の言葉に、おばあちゃんは驚いたようにこちら見つめる。
「……え?」
「あ、私、おばあちゃんの娘さんとお孫さんのこと知ってるんです」
「あら、そうなの」
「はい。“なかなか会いに来れなくてごめんね。おばあちゃんのこと大好きだよ”って言ってましたよ」
「そう……」
顔をしわくちゃにして、穏やかに微笑むおばあちゃん。
その表情は、少なくとも認知症が酷くなってから見たおばあちゃんの中で、一番の笑顔のように思った。
そのあとは、昔していたみたいに、私の身の回りの出来事を話した。
今となっては戻らない、空白の時間を埋めるように。
私が自分の孫の美姫だとわからないおばあちゃんにとっては知らない子の話を聞いてるようなものなのに、この日、体調も安定していたらしいおばあちゃんは、笑顔でうなずきながら私の話を聞いてくれた。
おばあちゃんに、少しは楽しいって思ってもらえたかな?
私のことを美姫だと認識できなくても、おばあちゃんに私の気持ちが伝わってるといいな……。
「今日はありがとうございました。すみません、長居して」
時計を見ると、おばあちゃんの病室に来てから30分近く経過していた。
いくら今日はおばあちゃんの体調が安定しているとはいえ、あまり長居するのはよくないだろう。
「……いいのよ。その、誰だったかな。また、来てね」
「……はい」
私のことがおばあちゃんの孫の美姫だと認識してもらえないのはやっぱり寂しいけれど、あの日みたいに拒絶されることなくおばあちゃんに受け入れてもらえたことがとても嬉しかった。
昨日までは、あんなにためらっていたのに。
むしろ私が会いに来たって無駄だと思って会いに来ないつもりでいたのに。
勇気を出して会いに来て、本当に良かった。
これも広夢くんのおかげだね……。
「おばあちゃん……。今までごめんね」
おばあちゃんはやっぱりわかってないみたいで、不思議そうにニコニコしていた。
だから、今のおばあちゃんに謝ったところで自己満足なのかもしれないけれど、私の心は少し軽くなったような気がした。
「今日はありがとう。おばあちゃん、最近で一番の笑顔をしてたわ」
おばあちゃんの病室を出て、病院の出入り口のところまで私と広夢くんを見送ってくれたお母さん。
「それならいいけど。お母さんも、今までごめんね」
私はお母さんにも改めて謝罪した。
おばあちゃんのことがあって、一人暮らしをはじめた私。
いくらあの当時の私がおばあちゃんのことを受け入れられなかったとはいえ、かなり身勝手だったと思う。
「ううん。美姫ちゃんは何も悪くないから」
「でも……」
「いいのよ。美姫ちゃんが自分の中で戦ってたのは、お母さんも知ってるから」
お母さんは本当にすごい。
おばあちゃんにお母さんのことを認識してもらえなくなっても、逃げることなくおばあちゃんと向き合っているのだから。
「お母さん思うの。おばあちゃんはあんな風になってしまったけど、決して美姫ちゃんやお母さんのことを忘れてしまったわけではないって。おばあちゃんの中には、お母さんや美姫ちゃんの姿は今も変わらずに残ってる。ただ、病気のせいでおばあちゃんの中でイメージするお母さんたちの姿と、現実のお母さんたちの姿が一致しなくなってしまってるだけなんじゃないかって」
ああ、そっか。
お母さんは、今日私がおばあちゃんと話して感じていたことについて、ちゃんとわかってたんだ。
確かにお母さんの言う通り、おばあちゃんのたどたどしい話を聞いている中で時々出てきたおばあちゃんの“娘”や“孫”の話は、本当に昔の私やお母さんの姿を語っているように聞こえた。
何かを考えるように私の名前を呟くおばあちゃんに少しの期待を抱いてしまうけれど、返ってきたのはそんな言葉。
「高校、2年生です」
「そうなの。大きいのね……」
どこか感慨深げにそう言うおばあちゃん。
「私にも一人娘がいて、娘にも女の子が一人生まれたの」
だけどその次におばあちゃんが言った言葉に、私は驚きを隠せなかった。
「……えっ!?」
「名前を何て言ったかなぁ、自分の娘や孫のことなのに忘れてしまったよ」
ははっとちょっと寂しげに笑うおばあちゃん。
その姿に胸が痛くなる。
「すごく遠くに住んでるっていうわけでもないんだけど、最近会ってないのよ。元気にしてるんだろうか……」
ねぇ、おばあちゃん。
もしかしてその話に出てくる娘と孫って、お母さんと私のことなのかな……?
だっておばあちゃんにとっての一人娘はお母さんで、そのお母さんからうまれた赤ちゃんというのは、きっと私のことのように感じられたから。
本当のところはわからない。
けれど、私やお母さんのことをわからなくなったおばあちゃんが、私やお母さんに関することを全て忘れてしまったというわけではないと信じたい気持ちがまだ私の中に残っていて、その気持ちが私にそう思わせたのかもしれない。
けれど、もしそうなら……。
「……元気にしてますよ」
私は自然とおばあちゃんにそう告げていた。
私の言葉に、おばあちゃんは驚いたようにこちら見つめる。
「……え?」
「あ、私、おばあちゃんの娘さんとお孫さんのこと知ってるんです」
「あら、そうなの」
「はい。“なかなか会いに来れなくてごめんね。おばあちゃんのこと大好きだよ”って言ってましたよ」
「そう……」
顔をしわくちゃにして、穏やかに微笑むおばあちゃん。
その表情は、少なくとも認知症が酷くなってから見たおばあちゃんの中で、一番の笑顔のように思った。
そのあとは、昔していたみたいに、私の身の回りの出来事を話した。
今となっては戻らない、空白の時間を埋めるように。
私が自分の孫の美姫だとわからないおばあちゃんにとっては知らない子の話を聞いてるようなものなのに、この日、体調も安定していたらしいおばあちゃんは、笑顔でうなずきながら私の話を聞いてくれた。
おばあちゃんに、少しは楽しいって思ってもらえたかな?
私のことを美姫だと認識できなくても、おばあちゃんに私の気持ちが伝わってるといいな……。
「今日はありがとうございました。すみません、長居して」
時計を見ると、おばあちゃんの病室に来てから30分近く経過していた。
いくら今日はおばあちゃんの体調が安定しているとはいえ、あまり長居するのはよくないだろう。
「……いいのよ。その、誰だったかな。また、来てね」
「……はい」
私のことがおばあちゃんの孫の美姫だと認識してもらえないのはやっぱり寂しいけれど、あの日みたいに拒絶されることなくおばあちゃんに受け入れてもらえたことがとても嬉しかった。
昨日までは、あんなにためらっていたのに。
むしろ私が会いに来たって無駄だと思って会いに来ないつもりでいたのに。
勇気を出して会いに来て、本当に良かった。
これも広夢くんのおかげだね……。
「おばあちゃん……。今までごめんね」
おばあちゃんはやっぱりわかってないみたいで、不思議そうにニコニコしていた。
だから、今のおばあちゃんに謝ったところで自己満足なのかもしれないけれど、私の心は少し軽くなったような気がした。
「今日はありがとう。おばあちゃん、最近で一番の笑顔をしてたわ」
おばあちゃんの病室を出て、病院の出入り口のところまで私と広夢くんを見送ってくれたお母さん。
「それならいいけど。お母さんも、今までごめんね」
私はお母さんにも改めて謝罪した。
おばあちゃんのことがあって、一人暮らしをはじめた私。
いくらあの当時の私がおばあちゃんのことを受け入れられなかったとはいえ、かなり身勝手だったと思う。
「ううん。美姫ちゃんは何も悪くないから」
「でも……」
「いいのよ。美姫ちゃんが自分の中で戦ってたのは、お母さんも知ってるから」
お母さんは本当にすごい。
おばあちゃんにお母さんのことを認識してもらえなくなっても、逃げることなくおばあちゃんと向き合っているのだから。
「お母さん思うの。おばあちゃんはあんな風になってしまったけど、決して美姫ちゃんやお母さんのことを忘れてしまったわけではないって。おばあちゃんの中には、お母さんや美姫ちゃんの姿は今も変わらずに残ってる。ただ、病気のせいでおばあちゃんの中でイメージするお母さんたちの姿と、現実のお母さんたちの姿が一致しなくなってしまってるだけなんじゃないかって」
ああ、そっか。
お母さんは、今日私がおばあちゃんと話して感じていたことについて、ちゃんとわかってたんだ。
確かにお母さんの言う通り、おばあちゃんのたどたどしい話を聞いている中で時々出てきたおばあちゃんの“娘”や“孫”の話は、本当に昔の私やお母さんの姿を語っているように聞こえた。
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