俺以外、こいつに触れるの禁止。

美和優希

文字の大きさ
上 下
62 / 79
第4章

◇踏み出す勇気-美姫Side-(4)

しおりを挟む
「そう。美姫、ちゃん……。何年生?」


 何かを考えるように私の名前を呟くおばあちゃんに少しの期待を抱いてしまうけれど、返ってきたのはそんな言葉。


「高校、2年生です」


「そうなの。大きいのね……」


 どこか感慨深げにそう言うおばあちゃん。



「私にも一人娘がいて、娘にも女の子が一人生まれたの」


 だけどその次におばあちゃんが言った言葉に、私は驚きを隠せなかった。


「……えっ!?」


「名前を何て言ったかなぁ、自分の娘や孫のことなのに忘れてしまったよ」


 ははっとちょっと寂しげに笑うおばあちゃん。


 その姿に胸が痛くなる。


「すごく遠くに住んでるっていうわけでもないんだけど、最近会ってないのよ。元気にしてるんだろうか……」


 ねぇ、おばあちゃん。

 もしかしてその話に出てくる娘と孫って、お母さんと私のことなのかな……?

 だっておばあちゃんにとっての一人娘はお母さんで、そのお母さんからうまれた赤ちゃんというのは、きっと私のことのように感じられたから。


 本当のところはわからない。

 けれど、私やお母さんのことをわからなくなったおばあちゃんが、私やお母さんに関することを全て忘れてしまったというわけではないと信じたい気持ちがまだ私の中に残っていて、その気持ちが私にそう思わせたのかもしれない。

 けれど、もしそうなら……。



「……元気にしてますよ」


 私は自然とおばあちゃんにそう告げていた。

 私の言葉に、おばあちゃんは驚いたようにこちら見つめる。


「……え?」


「あ、私、おばあちゃんの娘さんとお孫さんのこと知ってるんです」


「あら、そうなの」


「はい。“なかなか会いに来れなくてごめんね。おばあちゃんのこと大好きだよ”って言ってましたよ」


「そう……」


 顔をしわくちゃにして、穏やかに微笑むおばあちゃん。


 その表情は、少なくとも認知症が酷くなってから見たおばあちゃんの中で、一番の笑顔のように思った。



 そのあとは、昔していたみたいに、私の身の回りの出来事を話した。


 今となっては戻らない、空白の時間を埋めるように。


 私が自分の孫の美姫だとわからないおばあちゃんにとっては知らない子の話を聞いてるようなものなのに、この日、体調も安定していたらしいおばあちゃんは、笑顔でうなずきながら私の話を聞いてくれた。


 おばあちゃんに、少しは楽しいって思ってもらえたかな?


 私のことを美姫だと認識できなくても、おばあちゃんに私の気持ちが伝わってるといいな……。




「今日はありがとうございました。すみません、長居して」


 時計を見ると、おばあちゃんの病室に来てから30分近く経過していた。


 いくら今日はおばあちゃんの体調が安定しているとはいえ、あまり長居するのはよくないだろう。


「……いいのよ。その、誰だったかな。また、来てね」


「……はい」


 私のことがおばあちゃんの孫の美姫だと認識してもらえないのはやっぱり寂しいけれど、あの日みたいに拒絶されることなくおばあちゃんに受け入れてもらえたことがとても嬉しかった。


 昨日までは、あんなにためらっていたのに。

 むしろ私が会いに来たって無駄だと思って会いに来ないつもりでいたのに。 


 勇気を出して会いに来て、本当に良かった。


 これも広夢くんのおかげだね……。



「おばあちゃん……。今までごめんね」


 おばあちゃんはやっぱりわかってないみたいで、不思議そうにニコニコしていた。


 だから、今のおばあちゃんに謝ったところで自己満足なのかもしれないけれど、私の心は少し軽くなったような気がした。



「今日はありがとう。おばあちゃん、最近で一番の笑顔をしてたわ」


 おばあちゃんの病室を出て、病院の出入り口のところまで私と広夢くんを見送ってくれたお母さん。


「それならいいけど。お母さんも、今までごめんね」


 私はお母さんにも改めて謝罪した。


 おばあちゃんのことがあって、一人暮らしをはじめた私。


 いくらあの当時の私がおばあちゃんのことを受け入れられなかったとはいえ、かなり身勝手だったと思う。


「ううん。美姫ちゃんは何も悪くないから」


「でも……」


「いいのよ。美姫ちゃんが自分の中で戦ってたのは、お母さんも知ってるから」



 お母さんは本当にすごい。


 おばあちゃんにお母さんのことを認識してもらえなくなっても、逃げることなくおばあちゃんと向き合っているのだから。



「お母さん思うの。おばあちゃんはあんな風になってしまったけど、決して美姫ちゃんやお母さんのことを忘れてしまったわけではないって。おばあちゃんの中には、お母さんや美姫ちゃんの姿は今も変わらずに残ってる。ただ、病気のせいでおばあちゃんの中でイメージするお母さんたちの姿と、現実のお母さんたちの姿が一致しなくなってしまってるだけなんじゃないかって」


 ああ、そっか。

 お母さんは、今日私がおばあちゃんと話して感じていたことについて、ちゃんとわかってたんだ。


 確かにお母さんの言う通り、おばあちゃんのたどたどしい話を聞いている中で時々出てきたおばあちゃんの“娘”や“孫”の話は、本当に昔の私やお母さんの姿を語っているように聞こえた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【短編集2】恋のかけらたち

美和優希
恋愛
魔法のiらんどの企画で書いた恋愛小説の短編集です。 甘々から切ない恋まで いろんなテーマで書いています。 【収録作品】 1.百年後の未来に、きみと(2020.04.24) →誕生日に、彼女からどこにでも行ける魔法のチケットをもらって──!? 魔法のiらんど企画「#つながる魔法で続きをつくろう」 で書いたSSです。 2.優しい鈴の音と鼓動(2020.11.08) →幼なじみの凪くんは最近機嫌が悪そうで意地悪で冷たい。嫌われてしまったのかと思っていたけれど──。 3.歌声の魔法(2020.11.15) →地味で冴えない女子の静江は、いつも麗奈をはじめとしたクラスメイトにいいように使われていた。そんなある日、イケメンで不真面目な男子として知られる城野に静江の歌と麗奈への愚痴を聞かれてしまい、麗奈をギャフンと言わせる作戦に参加させられることになって──!? 4.もしも突然、地球最後の日が訪れたとしたら……。(2020.11.23) →“もしも”なんて来てほしくないけれど、地球消滅の危機に直面した二人が最後に見せたものは──。 5.不器用なサプライズ(2021.01.08) →今日は彼女と付き合い始めて一周年の記念日。それなのに肝心のサプライズの切り出し方に失敗してしまって……。 *()内は初回公開・完結日です。 *いずれも「魔法のiらんど」で公開していた作品になります。サービス終了に伴い、ページ分けは当時のままの状態で公開しています。 *現在は全てアルファポリスのみの公開です。 アルファポリスでの公開日*2025.02.11 表紙画像は、イラストAC(がらくった様)の画像に文字入れをして使わせていただいてます。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

キケンな放課後☆生徒会室のお姫様!?

美和優希
恋愛
入学早々、葉山優芽は校内で迷子になったところを個性豊かなイケメン揃いの生徒会メンバーに助けてもらう。 一度きりのハプニングと思いきや、ひょんなことから紅一点として生徒会メンバーの一員になることになって──!? ☆゜+.☆゜+.☆゜+.☆゜+.☆ 初回公開*2013.12.27~2014.03.08(他サイト) アルファポリスでの公開日*2019.11.23 *表紙イラストは、イラストAC(小平帆乃佳様)のイラスト素材に背景+文字入れをして使わせていただいてます。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

処理中です...