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第4章
◇踏み出す勇気-美姫Side-(3)
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「じゃあ行くか」
広夢くんのそういう声に、一層緊張が高まる。
一人で会いに行こうかとも思ったけれど、やっぱり心細くて広夢くんも一緒に来てもらうことにした。
私たちの住むマンションの近くのバス停から、バスに乗って約20分。
たどり着いたのは、木々に囲まれた敷地内に建つ、白い大きな建物の病院。
ここに、おばあちゃんがいるんだ……。
行かなきゃと思うのに、なかなか前に進む勇気が出ない。
先を歩く広夢くんが、私が立ち止まってしまったことに気づいて、こちらに戻ってくる。
「……あ、ごめんね」
「やっぱり、不安?」
少し心配そうに私を見る広夢くん。
不安か不安じゃないかって聞かれたら、不安に決まってる。
今、おばあちゃんがどんな状態でいるのか、お母さんから話を聞いているとはいえ、想像つかないところもあるのだから。
私のことを認識してもらえないのは、想定内。
だけど、おばあちゃんが想定を遥かに超える酷い状態になっていたら……。私はそれをちゃんと受け止められるのか、わからない。
そのとき、広夢くんからスッと左手の小指を差し出される。
「……何もできないかもしれないけど、俺もいるから。美姫は、一人じゃない」
「……ありがとう」
そっと広夢くんの小指を握ると、少し勇気をもらえた気がした。
ここで手のひらじゃなくて小指を差し出してきたのは、男の人が苦手な私への配慮なのだろう。
これまでの男性恐怖症を克服する特訓で広夢くんと普通に手を繋いだこともあるのに、と少しおかしく感じてしまう程度の余裕も出たみたい。
病院内に入ると、病院特有のにおいが鼻につく。
ナースステーションで名前を告げると、女性の看護師さんがおばあちゃんの入院している病室まで連れていってくれた。
「お孫さんなんですね。小野原さん、今はとても落ち着いておられますよ」
小野原は、おばあちゃんの名字であり、お母さんの旧姓。
病室がたくさん並ぶ白い廊下はとても静かで、私の息遣いや心臓の音まで大きく聞こえてしまう。
──コンコン。
「小野原さん、入りますね」
看護師さんが病室の扉に向かってそう告げると、中からは「はい」とお母さんの返事だけが小さく聞こえた。
いよいよなんだとゴクリと固唾を呑み込む。
そのとき私の手のひらの中にある広夢くんの小指がピクピクと動かされて、広夢くんの方を見上げると、
「大丈夫」
と広夢くんは口パクで言ってくれたような気がした。
病室に入ると、少し頭の部分を高くして椅子のようにしたヘッドに座るようにして、お母さんと談笑するおばあちゃんの姿が目に入った。
「あら美姫、来てくれたのね? お隣にいるのは、もしかしてムーくん!?」
私たちに気づくなり、おばあちゃんに一言何かを言って嬉しそうにこちらに来るお母さん。
広夢くんはお母さんの言葉に「む、むーくん!?」と小声で驚きながらも、
「すみません、俺まで押しかけて。夏川広夢です」
と、ペコリと小さく頭を下げた。
「写真では何度も見たことあったけど、大きくなってイケメンさんじゃない」
「は、はぁ……」
こんな広夢くん、初めて見た。
あの広夢くんが、お母さんの勢いにおされてるよ……。
「……そちらの方は?」
そのときお母さんの後ろから聞こえた懐かしい声に、胸がきゅっとつかまれたようだった。
聞き覚えのある、女性にしては少し低めのおばあちゃんの声だ。
だけど違うのは、その声はお母さんに対しても他人行儀であること。
そういえば最近のおばあちゃんはお母さんのことを介護スタッフか何かと思ってるんだって、お母さんから聞いたっけ。
おばあちゃん、とうとうお母さんのことまでわからなくなっちゃったんだ……。
おばあちゃんの様子から、それは間違いないように思う。
だけど、お母さんはそんなことを全く気に留める様子もなくおばあちゃんと話す。
さすが働きながらもおばあちゃんの介護をしてきただけあって、お母さんは強い……。
「この子は、私の娘なんです」
「ほぉ。名前は、何て言うんだい?」
お母さんの言葉に、おばあちゃんがこちらをしっかり見ようと、真ん丸に目を開いて身を乗り出すようにこちらを見る。
今日、初めておばあちゃんと正面から見つめ合う。
ドキドキと心臓は早鐘を打つけれど、肺炎で入院するほどに酷い状態だと聞いていたわりに元気そうなおばあちゃんの姿に、ほんの少しだけホッとしたのも事実。
心配そうにお母さんが私の方を見るのが、視界の隅に映る。
何か言わなきゃ。せっかくここまで来たんだから……。
「……み、美姫です。篠原、美姫……」
私を食い入るように見るおばあちゃんだけど、おばあちゃんは私のことを美姫だと認識しているわけではない。
まるで、はじめましてのように私にたずねるおばあちゃんに、私は自己紹介をするように自分の名前を告げた。
広夢くんのそういう声に、一層緊張が高まる。
一人で会いに行こうかとも思ったけれど、やっぱり心細くて広夢くんも一緒に来てもらうことにした。
私たちの住むマンションの近くのバス停から、バスに乗って約20分。
たどり着いたのは、木々に囲まれた敷地内に建つ、白い大きな建物の病院。
ここに、おばあちゃんがいるんだ……。
行かなきゃと思うのに、なかなか前に進む勇気が出ない。
先を歩く広夢くんが、私が立ち止まってしまったことに気づいて、こちらに戻ってくる。
「……あ、ごめんね」
「やっぱり、不安?」
少し心配そうに私を見る広夢くん。
不安か不安じゃないかって聞かれたら、不安に決まってる。
今、おばあちゃんがどんな状態でいるのか、お母さんから話を聞いているとはいえ、想像つかないところもあるのだから。
私のことを認識してもらえないのは、想定内。
だけど、おばあちゃんが想定を遥かに超える酷い状態になっていたら……。私はそれをちゃんと受け止められるのか、わからない。
そのとき、広夢くんからスッと左手の小指を差し出される。
「……何もできないかもしれないけど、俺もいるから。美姫は、一人じゃない」
「……ありがとう」
そっと広夢くんの小指を握ると、少し勇気をもらえた気がした。
ここで手のひらじゃなくて小指を差し出してきたのは、男の人が苦手な私への配慮なのだろう。
これまでの男性恐怖症を克服する特訓で広夢くんと普通に手を繋いだこともあるのに、と少しおかしく感じてしまう程度の余裕も出たみたい。
病院内に入ると、病院特有のにおいが鼻につく。
ナースステーションで名前を告げると、女性の看護師さんがおばあちゃんの入院している病室まで連れていってくれた。
「お孫さんなんですね。小野原さん、今はとても落ち着いておられますよ」
小野原は、おばあちゃんの名字であり、お母さんの旧姓。
病室がたくさん並ぶ白い廊下はとても静かで、私の息遣いや心臓の音まで大きく聞こえてしまう。
──コンコン。
「小野原さん、入りますね」
看護師さんが病室の扉に向かってそう告げると、中からは「はい」とお母さんの返事だけが小さく聞こえた。
いよいよなんだとゴクリと固唾を呑み込む。
そのとき私の手のひらの中にある広夢くんの小指がピクピクと動かされて、広夢くんの方を見上げると、
「大丈夫」
と広夢くんは口パクで言ってくれたような気がした。
病室に入ると、少し頭の部分を高くして椅子のようにしたヘッドに座るようにして、お母さんと談笑するおばあちゃんの姿が目に入った。
「あら美姫、来てくれたのね? お隣にいるのは、もしかしてムーくん!?」
私たちに気づくなり、おばあちゃんに一言何かを言って嬉しそうにこちらに来るお母さん。
広夢くんはお母さんの言葉に「む、むーくん!?」と小声で驚きながらも、
「すみません、俺まで押しかけて。夏川広夢です」
と、ペコリと小さく頭を下げた。
「写真では何度も見たことあったけど、大きくなってイケメンさんじゃない」
「は、はぁ……」
こんな広夢くん、初めて見た。
あの広夢くんが、お母さんの勢いにおされてるよ……。
「……そちらの方は?」
そのときお母さんの後ろから聞こえた懐かしい声に、胸がきゅっとつかまれたようだった。
聞き覚えのある、女性にしては少し低めのおばあちゃんの声だ。
だけど違うのは、その声はお母さんに対しても他人行儀であること。
そういえば最近のおばあちゃんはお母さんのことを介護スタッフか何かと思ってるんだって、お母さんから聞いたっけ。
おばあちゃん、とうとうお母さんのことまでわからなくなっちゃったんだ……。
おばあちゃんの様子から、それは間違いないように思う。
だけど、お母さんはそんなことを全く気に留める様子もなくおばあちゃんと話す。
さすが働きながらもおばあちゃんの介護をしてきただけあって、お母さんは強い……。
「この子は、私の娘なんです」
「ほぉ。名前は、何て言うんだい?」
お母さんの言葉に、おばあちゃんがこちらをしっかり見ようと、真ん丸に目を開いて身を乗り出すようにこちらを見る。
今日、初めておばあちゃんと正面から見つめ合う。
ドキドキと心臓は早鐘を打つけれど、肺炎で入院するほどに酷い状態だと聞いていたわりに元気そうなおばあちゃんの姿に、ほんの少しだけホッとしたのも事実。
心配そうにお母さんが私の方を見るのが、視界の隅に映る。
何か言わなきゃ。せっかくここまで来たんだから……。
「……み、美姫です。篠原、美姫……」
私を食い入るように見るおばあちゃんだけど、おばあちゃんは私のことを美姫だと認識しているわけではない。
まるで、はじめましてのように私にたずねるおばあちゃんに、私は自己紹介をするように自分の名前を告げた。
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