俺以外、こいつに触れるの禁止。

美和優希

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第4章

◇とくべつな存在-美姫Side-(4)

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『すぐそこなので、結構です』


 ずっとこちらが警戒してることを気づかれないようにしてたけど、もう無理。


 そのとき、私たちの目の前に白い乗用車が1台停まった。


 お兄さんの注意が自動車の方へそれたタイミングで、私はとっさに、走って逃げ出そうと足を1歩踏み出すけれど……。



『逃がさないよ?』


 私は無様にも、お兄さんに腕をつかまれて引き寄せられたんだ。


 口もお兄さんの手で塞がれて、声も上手く出せないままに。


 そのまま無理やり車の後部座席に乗せられた私は、直後目隠しをされてどこかへ連れていかれた。


 真っ暗で、何も見えなくなった。

 聞こえるのは、怪しげに笑うお兄さんたちの声と車のエンジン音だけ。


 さっきの白い車は、お兄さんの知り合いの車だったのかな……。



 私はあの夏、見ず知らずのお兄さんに誘拐されたんだ。


 正確には、誘拐されかけた、らしい。


 結局、その誘拐は失敗に終わり、私はその移動中に目立った外傷もなく無事に助け出されたのだから。


 車から降ろされて、どこかに連れていかれてる途中で助けられたらしい。


 どうやって助けられたのかは覚えてない。

 聞いた話によると、通りすがりの男性が通報してくれたんだとか……。


 気がついたら、検査を受けるためにと連れてこられたという病院のベッドの上にいたんだ。


 逮捕されたのは、小学校の近くの私立大学生の男子三人。


 動機は、大学生三人の私に対する一方的な片思いと聞かされた。


 記憶にある限り、誘拐されている間も特別取り立てて何かをされたわけではない。


 病院での検査も何も異常がなかったし。


 だけど車での移動中、隣に座っていたお兄さんに脚とか腰とかずっと撫で回されて気持ち悪かったのだけは、記憶にこびりついて離れない。


 肝心なところは覚えてないのにね。


 病院の先生には、助けが来たってわかって安心したんだよ、って言われたけれど。


 忘れるなら、嫌な記憶の方を消してほしかった。


 どこにも異常がない。ケガもない。

 無理やり男女の行為に繋がるようなことをされたわけでもない。


 だけど私の中には当然のごとく、深い深い傷が植えつけられた。


 私はこの日を境に、男の人がみんな怖くなったんだ──。


 広夢くんはつらそうな表情をしながらも、最後まで私の話を聞いてくれた。


 さすがに引かれたかな。

 何となく広夢くんならと思って話したけれど、ちょっと重たい内容だったよね。

 誘拐、だなんて……。



「ごめんね。こんな話、聞かせて……」


「ううん。話してくれて、ありがとう。むしろごめん……」


「……え?」



 謝るのは私の方だと思っていたのに、なんで広夢くんが謝るの……?



「や。美姫のそんな過去にも気づかず、俺、美姫の男性恐怖症を克服させるとか言っちゃってさ……。無理させて、ごめんな」


 そんな……。


「確かに最初は少し無理してたところはあったけど、私が決めたことだし。広夢くんが謝ることはないよ」


 そうは言うけれど、やっぱり納得いってないような雰囲気の広夢くん。


「私もね、ちょっとは克服しないといけないなって思ってたから。でも広夢くんと特訓して少しは平気になったかなって思ってたけど、今日のでまだ全然だって思い知らされた」


 今日だって、肝心なときに怖くて動くことさえできなかった。



「広夢くんにも特訓してもらってるのに……」

「今日のは仕方ないだろ? いきなりあんな風に絡まれて、怖いのが普通だよ」

「でも……っ」

「……それに、今は怖くないんでしょ?」



 そう言って、広夢くんは未だに私と繋がれたままになっている手を掲げて見せる。



「そ、それは……っ、広夢くん、だから」

「え……っ? 俺だから?」


 は……っ!

 わ、私ったら何言って……っ!


 驚いたような広夢くんの顔が視界に飛び込んで、ボンッと爆発でもしそうなくらいに、一気に顔に熱を持つ。


「それって、俺のことは特別に思ってるって捉えてもいいってこと?」

「と、特別だなんて、へ、変なこと言わないで!」


 何だか急に恥ずかしくなって、広夢くんと繋いでいた手も離してしまう。


 だけどそんな私にも、広夢くんは至って真面目な表情を向けている。


「……俺は、美姫のこと特別だって思ってるよ」

「う、嘘っ」

「嘘じゃない」

「だって広夢くん、昨日も今日もいつ見ても女の子に囲まれてるし、昨日なんて丸山さんにポッキーあーんしてもらってたし、……っ」



 広夢くんって、男女問わず誰とでも仲良くなるのが取り柄って言ってもいいような人だ。


 何となく勘違いしそうになってたけれど、普通に考えれば、私だけが特別だなんておかしい。



「なんだよ、それ。美姫、もしかして妬いてる?」

「……っ!?」


 妬いてる? 私が……!?


 そう思うと、恥ずかしさから居ても立ってもいられなくなる。



「そ、そんなわけないでしょ!? バカぁっ!」



 私はドンッと広夢くんの胸元を突き飛ばすように押すと、逃げるようにその休憩室を飛び出した。
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