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第2章
◇暗闇の中で-美姫Side-(6)
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大丈夫。相手は、広夢くんだから。
大丈夫、大丈夫……。
広夢くんに触れた瞬間、身体が震えそうになって、動悸も激しくなる。
だけど、それを落ち着けるように何度も“大丈夫”と心の中で唱えた。
「……やっぱり怖いか? それなら無理しなくても……」
それでも私が微かに震えていることに気がついた広夢くんが、少し辛そうに言ってくる。
広夢くんは、暗闇で怖がる私に手を差し伸べてくれたのに……。
男の人が怖いからって突き放すだなんて、そんな恩を仇で返すようなこと、したくなかった。
「ひ、広夢くんだから、大丈夫」
「ぃえ……っ!?」
私の言葉に異様に驚く広夢くん。
そりゃそうだよね。
一緒に住みはじめたときも、広夢くんが近づくだけであんなに震えてたんだもん。
「……それならいいけど。さっきの雷が落ちたことによる一時的な停電だろうから、きっとすぐ復旧するだろ。それまで、我慢してて」
広夢くんの言う通り、ものの10分ほどで電気は復旧して、部屋全体が明るくなった。
「あ、と、ごめんね」
部屋が明るくなると、思っていた以上に広夢くんの近くにいたことに気づいて、咄嗟に手を離して距離を取る。
そんな私に、広夢くんはクククと笑う。
「あーあ。美姫が元に戻っちゃった」
「や、そういう、わけじゃ……」
「違うの? じゃあ、さっきの延長で普通に手を繋いでみる?」
そう言われて差し出されたのは、さっきと違って広夢くんの大きな手のひら。
「もう! からかわないで!」
ニヤリと笑う広夢くんの顔を見る限り、からかわれてるのは一目瞭然だ。
広夢くんの、意地悪……。
「……でも、ありがとう。お風呂も私はもう済ませてるから、よかったらどうぞ」
暗闇の中で、手を差し伸べてくれたこと。
不思議とあのときは、広夢くんのことを怖いって思ってしまう気持ちが少なかったように思う。
それに昨日のお風呂の件も……。
話の途中で停電になってしまったけれどちゃんと広夢くんには謝ることができたし、あの感じだと広夢くんも言うほど怒ってはない、のかな……。
ダイニングテーブルの椅子に座り直すと、さっきまでやっていた英語の予習のノートが目に入る。
そういえば、途中だったんだっけ?
再び予習に取りかかるも、どういうわけか私の目の前に座ってくる広夢くん。
な、何で目の前に座るの!?
夜ご飯なら、広夢くんは江畑くんのところで済ませてきてるはずだし、停電も復旧したし……。
広夢くんが私の向かいの席に座った理由がわからなくて、恐る恐る顔をあげる。
すると、ジッとこちらを見る広夢くんと目が合った。
「な、何……?」
「や、丁寧に予習してんだなって思って」
「そうかな」
「いつもしてるの?」
「え? うん」
「全教科?」
「そうだけど……」
「すげぇな。俺、予習は基本しない派だから。って言っても復習も大してしてないけど!」
ハハっとどこか得意気に笑う広夢くん。
「その英語は? 訳したら終わり?」
「いや、あとは問題集の該当するページを解いて、それから参考書の……」
「あ、いいよいいよ。とにかくたくさん勉強してることはわかったから。でも俺、美姫と一緒に住むまで美姫のこと誤解してた」
「……え? 誤解?」
「そ。美姫って誰から見ても完璧で、何でもできる人だと思ってたけど、意外とそうじゃないんだなって。美姫にももちろん苦手なものや恐れているものがあって、何でもできる美姫っていうのも、美姫のこうした陰の努力の上に成り立ってるんだなって思ったんだ」
「ま、まぁ……」
言われてみればその通りなんだけど、改めて面と向かってそう言われると、なんだか恥ずかしい。
そこで一旦途切れた会話。
再びノートに視線を落とす、けれど……。
「あの、そんなに見られてるとやりづらいんだけど」
一向に広夢くんが動き出す気配がなくて、再び目線を上げると、やっぱり広夢くんは大きな瞳でこちらを見ていて……。
「えっ!? ああ、ごめん。つい……」
広夢くんは苦笑いを浮かべると、今度こそ私から視線をそらした。
それに内心ホッとしたのも束の間──。
「あのさ、美姫が男の人が苦手になった理由って何?」
再び切り出された言葉に、思わず両肩がびくりと跳ねた。
それと同時に胸が一気に苦しくなる。
「えっ、と……っ」
何で、そんなこと聞くの?
真剣にこちらを見る広夢くんは、単なる興味本位で聞いているわけではないんだと思う。
けれど、それを聞いて広夢くんの何になるのだろう?
それに私自身、あのときのことを話せる勇気をまだ持ち合わせていない。
「そ、そんなの……っ、あなたには関係ないでしょ」
あのときの記憶を思い返すだけで震える両肩を抱き締めて、なんとか口から絞り出した言葉は、自分が思っていた以上に冷たいものだった。
明らかに私の声色は拒絶を示すものだと、自分でもわかった。
広夢くんの瞳が、少し寂しげに揺れる。
「ごめん。聞かれたくないこと聞いて」
広夢くんは、今度こそ私の前から姿を消した。
今度こそ本当に、私は広夢くんを傷つけてしまったのかもしれない。
今は話せないにしても、他にも言い方があっただろうに。
だけど今の自分には、こうすることが精一杯だったんだ。
それなのに……。
自分から広夢くんのことを突き放しておきながら、私から離れていく広夢くんの背中を見て涙が出そうになった。
大丈夫、大丈夫……。
広夢くんに触れた瞬間、身体が震えそうになって、動悸も激しくなる。
だけど、それを落ち着けるように何度も“大丈夫”と心の中で唱えた。
「……やっぱり怖いか? それなら無理しなくても……」
それでも私が微かに震えていることに気がついた広夢くんが、少し辛そうに言ってくる。
広夢くんは、暗闇で怖がる私に手を差し伸べてくれたのに……。
男の人が怖いからって突き放すだなんて、そんな恩を仇で返すようなこと、したくなかった。
「ひ、広夢くんだから、大丈夫」
「ぃえ……っ!?」
私の言葉に異様に驚く広夢くん。
そりゃそうだよね。
一緒に住みはじめたときも、広夢くんが近づくだけであんなに震えてたんだもん。
「……それならいいけど。さっきの雷が落ちたことによる一時的な停電だろうから、きっとすぐ復旧するだろ。それまで、我慢してて」
広夢くんの言う通り、ものの10分ほどで電気は復旧して、部屋全体が明るくなった。
「あ、と、ごめんね」
部屋が明るくなると、思っていた以上に広夢くんの近くにいたことに気づいて、咄嗟に手を離して距離を取る。
そんな私に、広夢くんはクククと笑う。
「あーあ。美姫が元に戻っちゃった」
「や、そういう、わけじゃ……」
「違うの? じゃあ、さっきの延長で普通に手を繋いでみる?」
そう言われて差し出されたのは、さっきと違って広夢くんの大きな手のひら。
「もう! からかわないで!」
ニヤリと笑う広夢くんの顔を見る限り、からかわれてるのは一目瞭然だ。
広夢くんの、意地悪……。
「……でも、ありがとう。お風呂も私はもう済ませてるから、よかったらどうぞ」
暗闇の中で、手を差し伸べてくれたこと。
不思議とあのときは、広夢くんのことを怖いって思ってしまう気持ちが少なかったように思う。
それに昨日のお風呂の件も……。
話の途中で停電になってしまったけれどちゃんと広夢くんには謝ることができたし、あの感じだと広夢くんも言うほど怒ってはない、のかな……。
ダイニングテーブルの椅子に座り直すと、さっきまでやっていた英語の予習のノートが目に入る。
そういえば、途中だったんだっけ?
再び予習に取りかかるも、どういうわけか私の目の前に座ってくる広夢くん。
な、何で目の前に座るの!?
夜ご飯なら、広夢くんは江畑くんのところで済ませてきてるはずだし、停電も復旧したし……。
広夢くんが私の向かいの席に座った理由がわからなくて、恐る恐る顔をあげる。
すると、ジッとこちらを見る広夢くんと目が合った。
「な、何……?」
「や、丁寧に予習してんだなって思って」
「そうかな」
「いつもしてるの?」
「え? うん」
「全教科?」
「そうだけど……」
「すげぇな。俺、予習は基本しない派だから。って言っても復習も大してしてないけど!」
ハハっとどこか得意気に笑う広夢くん。
「その英語は? 訳したら終わり?」
「いや、あとは問題集の該当するページを解いて、それから参考書の……」
「あ、いいよいいよ。とにかくたくさん勉強してることはわかったから。でも俺、美姫と一緒に住むまで美姫のこと誤解してた」
「……え? 誤解?」
「そ。美姫って誰から見ても完璧で、何でもできる人だと思ってたけど、意外とそうじゃないんだなって。美姫にももちろん苦手なものや恐れているものがあって、何でもできる美姫っていうのも、美姫のこうした陰の努力の上に成り立ってるんだなって思ったんだ」
「ま、まぁ……」
言われてみればその通りなんだけど、改めて面と向かってそう言われると、なんだか恥ずかしい。
そこで一旦途切れた会話。
再びノートに視線を落とす、けれど……。
「あの、そんなに見られてるとやりづらいんだけど」
一向に広夢くんが動き出す気配がなくて、再び目線を上げると、やっぱり広夢くんは大きな瞳でこちらを見ていて……。
「えっ!? ああ、ごめん。つい……」
広夢くんは苦笑いを浮かべると、今度こそ私から視線をそらした。
それに内心ホッとしたのも束の間──。
「あのさ、美姫が男の人が苦手になった理由って何?」
再び切り出された言葉に、思わず両肩がびくりと跳ねた。
それと同時に胸が一気に苦しくなる。
「えっ、と……っ」
何で、そんなこと聞くの?
真剣にこちらを見る広夢くんは、単なる興味本位で聞いているわけではないんだと思う。
けれど、それを聞いて広夢くんの何になるのだろう?
それに私自身、あのときのことを話せる勇気をまだ持ち合わせていない。
「そ、そんなの……っ、あなたには関係ないでしょ」
あのときの記憶を思い返すだけで震える両肩を抱き締めて、なんとか口から絞り出した言葉は、自分が思っていた以上に冷たいものだった。
明らかに私の声色は拒絶を示すものだと、自分でもわかった。
広夢くんの瞳が、少し寂しげに揺れる。
「ごめん。聞かれたくないこと聞いて」
広夢くんは、今度こそ私の前から姿を消した。
今度こそ本当に、私は広夢くんを傷つけてしまったのかもしれない。
今は話せないにしても、他にも言い方があっただろうに。
だけど今の自分には、こうすることが精一杯だったんだ。
それなのに……。
自分から広夢くんのことを突き放しておきながら、私から離れていく広夢くんの背中を見て涙が出そうになった。
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