俺以外、こいつに触れるの禁止。

美和優希

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第2章

◆弁当と嫉妬心-広夢Side-(1)

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『広夢も大きくなったから、大丈夫よね』


 ──行かないで。


『何よ今日に限って甘えて。すぐ帰るから、お留守番してて』


 ──嘘つき。帰ってなんか来ないくせに。


 俺に背を向けるのは、顔にモヤのかかった女の人。


 そして、直後場面が切り替わって、俺の父さんが俺の前に出てくる。



 ──どこに行くの?


『急に仕事になった』


 ──嘘つき。嘘つき。信じてたのに。


『夜は遅くなると思うから先に寝てなさい』


 俺を、おいてかないで……っ!


 一人おいて出ていかれるのが怖くて、無我夢中で必死にしがみついた先にあったのは、求めていたそれとはちょっと違った。


 だけど、温かくて安心したのは確かだった。


「……ひ、広夢くんっ!」


 居心地のいい柔らかい体温は、すぐにまたどこかに消えてしまいそうで。


 俺は必死にしがみつくように、手に力を込めた。



 ──バシンっ!


「もうっ! ふざけてないで、起きてってば!」


「あぐ……っ!?」


 悲鳴のような声と同時に、俺は顔に鈍い衝撃を受けたのを感じる。


 クラクラする頭を支えながら顔をあげると、ピンク地に赤色のフリルのついたエプロン姿のヒメが俺のことを見ている。


 ……っていうか、怒ってる?



「……あ、あれ?」


 何でヒメがここに? と一瞬思ったけれど、俺は金曜の夕方からここでヒメ──美姫と暮らすことになったんだと思い出す。


 使いなれたベッドや布団は、後日無事にここに届けられたものだ。


 そこで、今さらのように今の今まで俺は夢を見ていたんだと気づく。


 ってことは、今さっき俺が抱きついたのは、もしかしなくても美姫──?


 肝心の美姫は、完全に俺から身をそらしていて。


 頬を赤く染めてはいるものの、わずかに震えているその姿を見る限り、完全に俺のことを警戒しているようだった。



「ご、ごめん。俺、寝ぼけて……。で、どうしたの?」


「どうしたのって、学校! 遅れても知らないんだからっ!」


 美姫はそれだけ言い捨てるように言うと、足早に部屋を出ていってしまった。



 ──やっちまったな。

 ったく、もうこれも何年前の夢だよ。


 もう顔も忘れた母さんと、身勝手な裏切り者の父さんにやり場のない怒りが込み上げる。

 いちいち夢に出てくんじゃねぇよ、朝から気分悪い。



 男の人が苦手なのに、美姫は怖々とでも俺のことを起こしに来てくれたのだろう。


 何せ、美姫と暮らすようになって最初に迎えた土日は、料理をしたり買い物に行ったりする以外、美姫は部屋に籠りっきりだったのだから。


 それなのに、俺は……。

 これで、また嫌がられるのか?


 一緒に暮らすなら仲良く暮らしたいとは思っても、美姫相手だとなかなか難しい。

 やっぱり学園のヒメというだけあって、いつも俺の周りに集まってくる女子とは全然違う。


 っていうか、今日、学校!?


 何気なくウダウダベッドの中で考えていたけれど、美姫はそう言ってこの部屋に来たんだった!


 瞬時にベッドから飛び出すと、机の上に置きっぱなしになっていたスマホを確認する。


 現在時刻は月曜日の朝の7時30分。


 決して遅刻するほどの時間ではないけれど、のんびりしている暇はないといった時間だ。


 慌てて制服の袖に手を通すと、俺は部屋を飛び出した。


 リビングに入ると、香ばしいトーストの香りが鼻腔をくすぐる。


 ダイニングテーブルには、レタスとトマトのサラダとタマゴやハムの入ったホットサンドが用意されている。


 一人分しか並んでないのを見る限り、美姫はすでに食べ終えてしまったのだろう。


 俺が起きるのが遅かったのがいけなかったとはいえ、ちょっと寂しい。


 ちなみに今日の朝食はパンを使ってるが、昨日は和食だったし、美姫は必ずしも朝がパン食というわけでもないようだ。


 朝食のそばには、青色の巾着が置かれている。


 肝心の美姫は自分の部屋にいるのか、今俺がいるリビングダイニングには見当たらず、この巾着の中はなんだろう? と俺は青色の巾着に手を伸ばした。


 そのとき、ガチャっと美姫が彼女の部屋から出てくるような音がして、俺はそちらに目を向ける。


「……あ」


「私もう行くから。食べたら食器はシンクにでも置いておいて」


 そして、美姫は俺の手が青色の巾着に触れているのを見て、少し恥ずかしげに言葉を付け加える。



「あ、それ、お弁当。いるかなと思って。よかったら持ってって。じゃあ戸締まりよろしくね」


「え。あ……っ!?」


 べ、弁当!?

 だけど、そのことについて何か問いかける前に、美姫は足早に玄関から出ていってしまった。
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