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第1章
◆同居人は学校の……!?-広夢Side-(2)
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「部屋だけど、この部屋を使ってくれたらいいから」
ヒメに促されるままに通されたのは、何も置かれてない6畳の洋室だった。
「ずっと使ってない部屋だったから何もないけど、好きに使って」
淡々と説明してくれるのは、俺も聞き覚えのある凛とした高い声。
近くで見ると、肩下まである黒髪は艶があり、色白の肌はきめ細かいことがよくわかる。
だけど、適度な厚みの血色のいい唇が俺にそう告げるだけで、ガラスのように澄んだ瞳に俺を映すことはなかった。
一方的にヒメはそう言って、俺一人を残して部屋を出ていってしまった。
「え、あ、ヒメ……!?」
思わず一瞬呆気に取られてしまったが、慌てて部屋に隣接するリビングへと出る。
だけど、そこにはすでにヒメはいなかった。
玄関の方に顔を出すと、ヒメは俺の荷物の入った段ボールをせっせと玄関の中に入れてくれているようだった。
俺に気づいたヒメはピクリと小さく肩をびくつかせる。
「さ、さすがに通路に置きっぱなしだと他の人の迷惑になるから……」
小さく聞こえる声は、さっき聞いた凛としたものとは打って変わって酷く弱々しい。
そんなに驚かせてしまったか?
「ごめん。俺がやるから」
一応大型の家具は明日運び込まれることにはなっているが、それでも段ボールひとつ辺りはどれもそれなりに重さがあった。
それを女の子に運ばせるなんて……。
「……きゃっ」
だけど、ヒメが抱える荷物を受け取ろうと手を伸ばしたとき。
俺とヒメの指先がほんの少し触れた。
その瞬間、ヒメの小さな悲鳴が聞こえたかと思えば、ダンっと音を立てて段ボールが玄関の床に落ちた。
「ごめんなさい……」
「悪い。ヒメ、ケガしてないか?」
「……大丈夫」
あれ? ヒメ、震えてる?
微かにそう感じただけだから、よくわからない。
だけど俺から目をそらして、俺と触れた指先を包み込むように片手で押さえる彼女は、何かに耐えているようにも見える。
「本当に? だって、ヒメ……」
「わ、私、夜ご飯の準備してくるから」
俺が言葉を発するよりも先に、ヒメは声を張り上げてそう言うとリビングの中へと姿を消してしまった。
俺が一式の段ボールを部屋へと運んで中身を取り出していると、隣接するリビングからトマト系の香りが漂いはじめる。
さすがに空腹なのもあって、その香りに釣られるようにして、俺はリビングの奥側にあるキッチンの方へと足を進めていた。
「もしかしなくても、オムライス!? すっげぇ美味そう」
「……きゃっ」
ヒメは俺に背を向けるような形で調理していたから、きっと俺がすぐそばまで来ていることに気がつかなかったんだろうな。
俺が声をかけた瞬間、ヒメは大きく肩をびつくかせて手に持っていた菜箸を床に落とした。
「ご、ごめんなさい。夏川くん、どうかしましたか?」
「なんでそこ敬語? 特に用はないんだけど、何かいい匂いに誘われて来た」
「……あ、そうなの……」
一瞬俺を見たかと思えば、再びそらされる瞳。
素っ気ない言い方だけど、照れてるのか?
いや、違う。
俺が話しかける度に小刻みに震えている。
容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群。
そんな何でも兼ね備えたヒメは、日頃はどちらかと言わなくても高嶺の花的な存在で、俺たち男子にとって話しかけることさえハードルが高かった。
隙がないというか、何においても完璧というか。
今、目の前の彼女も、期待を裏切ることなく料理ができて、あたかも完璧具合に拍車がかかったようにも見えた。
けれどそんな完璧美少女の唯一の弱味に、俺は気づいてしまったのかもしれない。
ヒメに促されるままに通されたのは、何も置かれてない6畳の洋室だった。
「ずっと使ってない部屋だったから何もないけど、好きに使って」
淡々と説明してくれるのは、俺も聞き覚えのある凛とした高い声。
近くで見ると、肩下まである黒髪は艶があり、色白の肌はきめ細かいことがよくわかる。
だけど、適度な厚みの血色のいい唇が俺にそう告げるだけで、ガラスのように澄んだ瞳に俺を映すことはなかった。
一方的にヒメはそう言って、俺一人を残して部屋を出ていってしまった。
「え、あ、ヒメ……!?」
思わず一瞬呆気に取られてしまったが、慌てて部屋に隣接するリビングへと出る。
だけど、そこにはすでにヒメはいなかった。
玄関の方に顔を出すと、ヒメは俺の荷物の入った段ボールをせっせと玄関の中に入れてくれているようだった。
俺に気づいたヒメはピクリと小さく肩をびくつかせる。
「さ、さすがに通路に置きっぱなしだと他の人の迷惑になるから……」
小さく聞こえる声は、さっき聞いた凛としたものとは打って変わって酷く弱々しい。
そんなに驚かせてしまったか?
「ごめん。俺がやるから」
一応大型の家具は明日運び込まれることにはなっているが、それでも段ボールひとつ辺りはどれもそれなりに重さがあった。
それを女の子に運ばせるなんて……。
「……きゃっ」
だけど、ヒメが抱える荷物を受け取ろうと手を伸ばしたとき。
俺とヒメの指先がほんの少し触れた。
その瞬間、ヒメの小さな悲鳴が聞こえたかと思えば、ダンっと音を立てて段ボールが玄関の床に落ちた。
「ごめんなさい……」
「悪い。ヒメ、ケガしてないか?」
「……大丈夫」
あれ? ヒメ、震えてる?
微かにそう感じただけだから、よくわからない。
だけど俺から目をそらして、俺と触れた指先を包み込むように片手で押さえる彼女は、何かに耐えているようにも見える。
「本当に? だって、ヒメ……」
「わ、私、夜ご飯の準備してくるから」
俺が言葉を発するよりも先に、ヒメは声を張り上げてそう言うとリビングの中へと姿を消してしまった。
俺が一式の段ボールを部屋へと運んで中身を取り出していると、隣接するリビングからトマト系の香りが漂いはじめる。
さすがに空腹なのもあって、その香りに釣られるようにして、俺はリビングの奥側にあるキッチンの方へと足を進めていた。
「もしかしなくても、オムライス!? すっげぇ美味そう」
「……きゃっ」
ヒメは俺に背を向けるような形で調理していたから、きっと俺がすぐそばまで来ていることに気がつかなかったんだろうな。
俺が声をかけた瞬間、ヒメは大きく肩をびつくかせて手に持っていた菜箸を床に落とした。
「ご、ごめんなさい。夏川くん、どうかしましたか?」
「なんでそこ敬語? 特に用はないんだけど、何かいい匂いに誘われて来た」
「……あ、そうなの……」
一瞬俺を見たかと思えば、再びそらされる瞳。
素っ気ない言い方だけど、照れてるのか?
いや、違う。
俺が話しかける度に小刻みに震えている。
容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群。
そんな何でも兼ね備えたヒメは、日頃はどちらかと言わなくても高嶺の花的な存在で、俺たち男子にとって話しかけることさえハードルが高かった。
隙がないというか、何においても完璧というか。
今、目の前の彼女も、期待を裏切ることなく料理ができて、あたかも完璧具合に拍車がかかったようにも見えた。
けれどそんな完璧美少女の唯一の弱味に、俺は気づいてしまったのかもしれない。
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