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最終章
奏ちゃんとお父さん(4)
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お墓参りが終わると、私は柳澤家にお邪魔していた。
『ちゃんと、花梨のこと紹介したいから』
そう、奏ちゃんに言われたから。
だけど、奏ちゃんは大丈夫だと言うけれど、花町三丁目交差点の事故でお兄さんを亡くしたことで、あんな風になってしまった奏ちゃんのお母さん。
奏ちゃんの入院していた病院で、お兄さんからの手紙や過去について明かしてくれた日からは、かなり落ち着いてるらしいけど、やっぱり不安だった。
「いらっしゃい。この前、奏真のお見舞いに来てくれてた子ね」
奏ちゃんのお家の玄関に上がるなり、笑顔で迎え入れてくれる奏ちゃんのお母さん。
「はい、岸本花梨です。こんにちは」
以前この家で会ったときとの雰囲気の違いに戸惑いながらも、見てとれるくらいに落ち着いてるのがわかって、その点は安心した。
奏ちゃんに連れられて、和室の部屋に通される。
そこの仏壇に立てられた、二つの写真。
一つは、奏ちゃんのお父さんなのかなと思われる人の写真。
そしてもう一つは、奏ちゃんとそっくりの男の人の写真だった。
「これが兄ちゃんの写真。この写真も、びっくりするくらい俺に似てるだろ?」
奏ちゃんはおどけながら言うけれど、本当に瓜二つという言葉がぴったりだ。
本当に見た目はよく似ていて、声もお兄さんの方が若干高い程度でそっくりだったとは聞いたけど、見る写真全てがそっくりで驚かされる。
「そうなのよ。双子でもないのによく似てて。歳が違う分、小さい頃は身体の大きさが違ったし、大きくなってからも奏真の方が和真よりも小柄だったから、間違えられることは少なかったんだけどね」
懐かしそうに、写真のお兄さんに目を向ける奏ちゃんのお母さん。
「兄ちゃんとの違いと言ったら、あとは性格と頭の良さ、かなぁ。兄ちゃんの方が人に好かれたし、勉強もできたんだよな~」
「和真は、本当に手のかからない自慢の息子だったわ……。あの日も、交通事故に遭いそうになった女の子をかばって……」
そこで、涙ぐんでしまう奏ちゃんのお母さんの姿に胸が痛くなる。
こんな奏ちゃんのお母さんの姿見たら、あのときの女の子は私ですなんて、言えないよ……。
「母さん、そのことなんだけど……」
だけど……。
「今ここにいる彼女なんだ、兄ちゃんが助けた女の子って」
奏ちゃんは、なんのためらいもなく奏ちゃんのお母さんにそう告げた。
なんで、よりにもよってこのタイミングで……!
「そうだったの、あなたが和真の……」
驚きとも悲しみとも取れる声に、息をするのも苦しくなる。
さらには、向けられた瞳には複雑な感情が少なからず込められているように見えて、思わず後退りしてしまいそうな足をグッと踏みとどめた。
「すみません。私のせいで和真さんは……」
だけど、私の言葉の続きは、奏ちゃんの声によって掻き消された。
「母さん、兄ちゃんのことを想うなら、花梨のことは責めないで。優しい兄ちゃんだもん。みんなに彼女を恨んでほしくて助けたわけじゃないと思うから」
「…………っ」
奏ちゃんのお母さんは、どこか戸惑うように唇を噛み締めてうつむいた。
自分の大切な息子さんの命と引き替えに生き残った私を前にして、すんなり受け入れられる方が無理がある。
こんな私を受け入れてもらおうなんて、せっかく落ち着いた奏ちゃんのお母さんの気持ちをまた揺らがせるだけにしか思えない。
それなのに、奏ちゃんは優しい口調で、なだめるようにお母さんに語りかける。
「それにね、母さん。花梨は、俺にとって大切な人なんだ。すごく好きで、自慢の彼女なんだ。兄ちゃんがあのとき、彼女を助けてくれてなかったら、俺は花梨とこうして出会うこともなければ、付き合うこともなかった。そう思うとさ、兄ちゃんが俺と花梨を出会わせてくれたのかなって思うんだ」
「和真が……」
「うん。兄ちゃん、昔から優し過ぎるからな。だから俺、兄ちゃんが守った彼女を、一生大切にしていきたいと思う」
どくんと、胸が大きく跳ねた。
もちろん奏ちゃんのお母さんに何て思われてるかの不安もあるけれど、それ以上に奏ちゃんの言葉に、不謹慎ながらにもドキドキしてしまった。
何も言わない奏ちゃんのお母さん。
ちらりとうかがうように奏ちゃんのお母さんの顔を覗き見ると──。
「……奏真がそう思うなら、お母さんは反対しないわよ」
優しさの中に、切なさと温かさを持った表情で、奏ちゃんのお母さんは微笑んでいた。
「良かった。母さんなら、そう言ってくれると思ったよ」
「花梨さん。さっきはあまりに驚いてしまって、不快な思いをさせたならごめんなさい。奏真のことを、よろしくお願いします」
そして、私の方へと改まって頭を下げてくる奏ちゃんのお母さん。
私に再度向けられた瞳には、先程見えた複雑そうな色は感じられなかった。
「い、いえ。私なんかのことを受け入れてくださり、ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
これまでに聞いた奏ちゃんのお兄さんの話や奏ちゃんのお母さんのパニックの話からも、私の正体を明かしたときに一瞬向けられた奏ちゃんのお母さんの瞳からも、奏ちゃんのお母さんには、絶対に私と奏ちゃんの仲を許してなんてもらえないと思ったのに……。
けど、そうは言っても、奏ちゃんのお母さんの中では、今も私の存在はきっと複雑に違いないだろう。
そんな中、私のことを受け入れようとする姿勢を見せてくれた奏ちゃんのお母さんの姿に、私の方が泣いてしまいそうになった。
写真の中のお兄さんを見つめると、奏ちゃんそっくりの優しい笑みでこちらを見ている。
和真さん、本当にありがとうございます。
私が今、ドキドキしたり、不安になったり、温かい気持ちになったり、幸せを感じたり。こういった様々なことを感じることができるのも、あの日あなたが私のことを助けてくれたからです。
もし、あのときあなたに助けられていなかったら、今、ここに岸本花梨は存在していなかったのだから。
でも、それと引き換えに、あなたはここにいない。
いくら余命を切られた病気を患っていたと言っても、今を生きていた可能性だってあったはず。
お兄さん、お兄さんの分も奏ちゃんのことを大切に、愛していきます。
私にとって、今や明日を生きているのは、奇跡みたいなものだから。
辛いことも嬉しいことも全部噛み締めて、お兄さんの分も一日一日を大切に生きていきます。
私はお兄さんの写真の前で、強くそう誓った。
『ちゃんと、花梨のこと紹介したいから』
そう、奏ちゃんに言われたから。
だけど、奏ちゃんは大丈夫だと言うけれど、花町三丁目交差点の事故でお兄さんを亡くしたことで、あんな風になってしまった奏ちゃんのお母さん。
奏ちゃんの入院していた病院で、お兄さんからの手紙や過去について明かしてくれた日からは、かなり落ち着いてるらしいけど、やっぱり不安だった。
「いらっしゃい。この前、奏真のお見舞いに来てくれてた子ね」
奏ちゃんのお家の玄関に上がるなり、笑顔で迎え入れてくれる奏ちゃんのお母さん。
「はい、岸本花梨です。こんにちは」
以前この家で会ったときとの雰囲気の違いに戸惑いながらも、見てとれるくらいに落ち着いてるのがわかって、その点は安心した。
奏ちゃんに連れられて、和室の部屋に通される。
そこの仏壇に立てられた、二つの写真。
一つは、奏ちゃんのお父さんなのかなと思われる人の写真。
そしてもう一つは、奏ちゃんとそっくりの男の人の写真だった。
「これが兄ちゃんの写真。この写真も、びっくりするくらい俺に似てるだろ?」
奏ちゃんはおどけながら言うけれど、本当に瓜二つという言葉がぴったりだ。
本当に見た目はよく似ていて、声もお兄さんの方が若干高い程度でそっくりだったとは聞いたけど、見る写真全てがそっくりで驚かされる。
「そうなのよ。双子でもないのによく似てて。歳が違う分、小さい頃は身体の大きさが違ったし、大きくなってからも奏真の方が和真よりも小柄だったから、間違えられることは少なかったんだけどね」
懐かしそうに、写真のお兄さんに目を向ける奏ちゃんのお母さん。
「兄ちゃんとの違いと言ったら、あとは性格と頭の良さ、かなぁ。兄ちゃんの方が人に好かれたし、勉強もできたんだよな~」
「和真は、本当に手のかからない自慢の息子だったわ……。あの日も、交通事故に遭いそうになった女の子をかばって……」
そこで、涙ぐんでしまう奏ちゃんのお母さんの姿に胸が痛くなる。
こんな奏ちゃんのお母さんの姿見たら、あのときの女の子は私ですなんて、言えないよ……。
「母さん、そのことなんだけど……」
だけど……。
「今ここにいる彼女なんだ、兄ちゃんが助けた女の子って」
奏ちゃんは、なんのためらいもなく奏ちゃんのお母さんにそう告げた。
なんで、よりにもよってこのタイミングで……!
「そうだったの、あなたが和真の……」
驚きとも悲しみとも取れる声に、息をするのも苦しくなる。
さらには、向けられた瞳には複雑な感情が少なからず込められているように見えて、思わず後退りしてしまいそうな足をグッと踏みとどめた。
「すみません。私のせいで和真さんは……」
だけど、私の言葉の続きは、奏ちゃんの声によって掻き消された。
「母さん、兄ちゃんのことを想うなら、花梨のことは責めないで。優しい兄ちゃんだもん。みんなに彼女を恨んでほしくて助けたわけじゃないと思うから」
「…………っ」
奏ちゃんのお母さんは、どこか戸惑うように唇を噛み締めてうつむいた。
自分の大切な息子さんの命と引き替えに生き残った私を前にして、すんなり受け入れられる方が無理がある。
こんな私を受け入れてもらおうなんて、せっかく落ち着いた奏ちゃんのお母さんの気持ちをまた揺らがせるだけにしか思えない。
それなのに、奏ちゃんは優しい口調で、なだめるようにお母さんに語りかける。
「それにね、母さん。花梨は、俺にとって大切な人なんだ。すごく好きで、自慢の彼女なんだ。兄ちゃんがあのとき、彼女を助けてくれてなかったら、俺は花梨とこうして出会うこともなければ、付き合うこともなかった。そう思うとさ、兄ちゃんが俺と花梨を出会わせてくれたのかなって思うんだ」
「和真が……」
「うん。兄ちゃん、昔から優し過ぎるからな。だから俺、兄ちゃんが守った彼女を、一生大切にしていきたいと思う」
どくんと、胸が大きく跳ねた。
もちろん奏ちゃんのお母さんに何て思われてるかの不安もあるけれど、それ以上に奏ちゃんの言葉に、不謹慎ながらにもドキドキしてしまった。
何も言わない奏ちゃんのお母さん。
ちらりとうかがうように奏ちゃんのお母さんの顔を覗き見ると──。
「……奏真がそう思うなら、お母さんは反対しないわよ」
優しさの中に、切なさと温かさを持った表情で、奏ちゃんのお母さんは微笑んでいた。
「良かった。母さんなら、そう言ってくれると思ったよ」
「花梨さん。さっきはあまりに驚いてしまって、不快な思いをさせたならごめんなさい。奏真のことを、よろしくお願いします」
そして、私の方へと改まって頭を下げてくる奏ちゃんのお母さん。
私に再度向けられた瞳には、先程見えた複雑そうな色は感じられなかった。
「い、いえ。私なんかのことを受け入れてくださり、ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
これまでに聞いた奏ちゃんのお兄さんの話や奏ちゃんのお母さんのパニックの話からも、私の正体を明かしたときに一瞬向けられた奏ちゃんのお母さんの瞳からも、奏ちゃんのお母さんには、絶対に私と奏ちゃんの仲を許してなんてもらえないと思ったのに……。
けど、そうは言っても、奏ちゃんのお母さんの中では、今も私の存在はきっと複雑に違いないだろう。
そんな中、私のことを受け入れようとする姿勢を見せてくれた奏ちゃんのお母さんの姿に、私の方が泣いてしまいそうになった。
写真の中のお兄さんを見つめると、奏ちゃんそっくりの優しい笑みでこちらを見ている。
和真さん、本当にありがとうございます。
私が今、ドキドキしたり、不安になったり、温かい気持ちになったり、幸せを感じたり。こういった様々なことを感じることができるのも、あの日あなたが私のことを助けてくれたからです。
もし、あのときあなたに助けられていなかったら、今、ここに岸本花梨は存在していなかったのだから。
でも、それと引き換えに、あなたはここにいない。
いくら余命を切られた病気を患っていたと言っても、今を生きていた可能性だってあったはず。
お兄さん、お兄さんの分も奏ちゃんのことを大切に、愛していきます。
私にとって、今や明日を生きているのは、奇跡みたいなものだから。
辛いことも嬉しいことも全部噛み締めて、お兄さんの分も一日一日を大切に生きていきます。
私はお兄さんの写真の前で、強くそう誓った。
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