空に想いを乗せて

美和優希

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最終章

奏ちゃんとお父さん(3)

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「あのときはすみませんでした。そんなんじゃないので、安心してください。俺は本気で花梨さんのことが好きで、花梨さんとお付き合いさせていただいてます」


 あのとき……?

 お父さんに突然付き合っているという挨拶をされたことよりも、その疑問に意識を持っていかれる。

 そんな私の隣で、奏ちゃんはお父さんに頭を下げたまま言葉を続ける。


「以前、もしかしたらおじさんから花梨さんのことについて何か聞いていたのかもしれませんが、正直俺は自分たちのことで手一杯で、あのとき助かった女の子のことに関してはずっと考えないようにしてきました。だから花梨さんと出会って付き合い始めるまで、彼女がおじさんの娘さんだって気づかなかったんです」


 驚きとともに切なげに揺れるお父さんの瞳。


「ちょっと待って! 一体、何の話?」


 そんなお父さんと奏ちゃんの間に流れる意味深な雰囲気に、私は今度こそ口を挟んでしまった。


 一人何も知らない私を見て、お父さんは奏ちゃんと出会った経緯を説明してくれた。


 お父さんと奏ちゃんは、事故が起きた日の夜、お兄さんの亡くなった病院で会っていたらしい。

 お父さんが会って謝罪と感謝の気持ちを伝えたというお兄さんの遺族の相手は、どうやら奏ちゃんのことだったようだ。


 事故のあと、私を守ってくれたお兄さんの話を聞いて一言お礼を言おうと、その日の救急担当の病院を調べて回ったお父さん。

 名前もわからないお兄さんを見つけ出すのは難しいと思ったけれど、思いの外、そのお兄さんのいる病院はすぐにわかったそうだ。


 けれど、その病院に入った瞬間、尋常ではない雰囲気が出ていたらしい。


『和真は、和真はどうして、あぁあああー……』


 そんな風に泣き叫ぶ人。

 泣き崩れる人が、一階のロビーにたくさんいたんだそうだ。


『信号無視のトラックから女の子を守って、ほぼ即死だったってよ』

『そういうのを見て見ぬフリできないのは和ちゃんらしいけどさ、死ぬなよな。ったく……』


 そのとき、近くにいた中学生が泣きながら話していた言葉で、この人たちがお兄さん関係の人だと想像ついたらしい。


 だけど同時に、その雰囲気や聞こえた会話から、お父さんはお兄さんが亡くなったことを知った。


 お父さんが遺族の人たちに一言挨拶しようと歩みを進めたとき、


『どちらさまですか? 兄ちゃんの知り合いか何かですか?』


 野次馬お断りと言いたげな雰囲気でそう話しかけてきたのが、奏ちゃんだったんだそうだ。


 奏ちゃんのお母さんはすでに取り乱していて、とてもじゃないけどお父さんと話せる状態ではなかった。


 いわゆるお兄さんの親族は、その時点では奏ちゃんしかその場にいなかったため、お父さんは奏ちゃんに、お兄さんに対する謝罪と感謝の言葉を伝えたらしい。


『あんたが謝ったところで、兄ちゃんは返って来ねぇんだよ! 許せるわけねぇだろ!? 帰れ!』


 だけどその当時の奏ちゃんは、お父さんに向かってそう怒鳴ったんだそうだ。


 お父さんも責任を感じていたのだろう。

 そんな奏ちゃんに、お父さんは半ば強引に連絡先を書いた紙を渡していたらしい。


 だからといってそのあと、予想はできたけど奏ちゃんから連絡は来なかったらしい。


 だけど、お兄さんが亡くなったその日からしばらく経った頃。一度だけ奏ちゃんからお父さん宛に手紙が届いたらしい。


“お詫びとかそんなの何もいらない。どうしても何かしたいなら、お墓参りくらいなら来てもらっていい”と。


 それからは、お父さんは行けるときに年に二、三回ここに来ていたらしい──。


「そんな……。全然知らなかった……。だってお父さんもあの事故の遺族の方のことを、全然話してくれなかったから……」


 でも、これで繋がった。

 私が奏ちゃんと一緒にいるところを見られた日。


 どうしてお父さんが“あの男だけは”やめなさい、と言ったのか。


「花梨は、知らない方が良いと思ったから。お兄さんが亡くなったという事実を重く受け止めていた花梨に、遺族のことまで話してしまったら、花梨が生きづらくなるんじゃないかって思ったんだ。黙ってて、すまない」

「俺の方もごめんな。黙ってたみたいになってしまって。なんとなく花梨の様子から、俺のことについてお父さんから詳しく聞いてないんだろうな、とは思ってた。だけど、花梨のお父さんが兄ちゃんの弟と面識があることは、花梨は知ってると思ってたんだ」


 お父さんに続き、奏ちゃんまでもが申し訳なさげに口を開く。


 さっき奏ちゃんがお父さんに言っていたが、いくら奏ちゃんとお父さんは面識があったとはいえ、その当時の奏ちゃんは自分のことで手一杯で、助かった女の子について知りすぎると辛くて恨んでしまいそうで、あえてそこは深掘りすることはなかったんだそうだ。

 最初私が花町三丁目交差点の事故のときに助けられた女の子だとわからなかったのは、それもあったらしい。


「おじさん、あのときは俺、相当荒れてて、あんな言い方してすみませんでした」

「奏真くんが謝ることはない。そうなっても仕方ない心境には間違いなかっただろうし」

「でも、……」

「花梨のことを、よろしくお願いします」

「え、あ、ありがとう、ございます……」


 突然そんなことを言ったお父さんに、奏ちゃんは驚きながらも慌てて頭を下げた。


 私がお父さんの歩いていった方向へとふり返ったとき、お父さんは、墓石向かって深く頭を下げていた。
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