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最終章
奏ちゃんとお父さん(1)
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奏ちゃんが学校に復帰してから10日ほど経った日曜日。
私は奏ちゃんと花町三丁目交差点に来ていた。
奏ちゃんが白い花を手向ける。
「今日のは、うちで育ててるスノードロップ。兄ちゃんが好きな花だったんだ」
可愛いらしいスノードロップの花が顔を覗かせた、シンプルな花束。
新聞紙で簡単にくるまれて、黒いリボンで根本をくくられているだけのその花束は、花の種類は違うけど、今までにも何回も見たことのある花束だ。
「いつもここにお花を供えてたのは、奏ちゃんだったんだね……」
「まぁ。少し遠回りにはなるけど、位置的にも家からバロンとの間にあるからな。なんとなくここに来ると、兄ちゃんがいるような気がして始めたのがきっかけだったんだ」
「そうだったんだ……」
そして、私も奏ちゃんも手を合わせる。
手を合わせ終えると、優しく微笑む奏ちゃんと目が合った。
「最初、花梨がここを通る度に手を合わせてくれてたことを知ったときは、正直驚いたよ。あの時点からでも、事故から三年は経ってたし、花梨にとっても辛い思い出の場所だっただろうから」
「そうだね。でも、お兄さんがいなかったら、私の今日はなかったから。事故のあと、私の家も引っ越しの話が出たんだけど、私が止めたの。私がお兄さんのためにできるのは、ここで手を合わせることくらいだと思っていたから」
「なんか、花梨らしい理由だね。ありがとう」
「ううん」
「じゃあ、そろそろいこっか」
そして、奏ちゃんとともに向かったのは、喫茶店バロンの近くにある駅。
昨日、奏ちゃんのお兄さんの月命日だったこともあり、今日はこれから奏ちゃんとお兄さんのお墓参りに行くことになったんだ。
電車に揺られて、六駅目の駅。
窓の外の風景は、私たちの乗った駅の周辺と比べると田舎で、自然の多いところだった。
駅から出て、更にバスで15分。
駅からも見えてた山の中腹あたりにある、目的地にたどり着く。
お兄さんの月命日だった昨日は、奏ちゃんはお母さんと一緒にお参りに来たみたい。
ピカピカに磨かれた墓石には、まだ綺麗に咲き誇る花が供えられている。
「いつの間にか、Wild Wolfのみんなも来てくれたみたいだね」
お兄さんの名前の刻まれた墓石の前まで来たとき、お墓の前に遠慮がちに置かれた花を見て、奏ちゃんが笑った。
「写真まであるし」
Wild Wolfの皆さんからの花の傍には、ビニールの袋に入った写真が何枚か添えられている。
見た感じ、Wild Wolfのライブをしている風景を写したもののようだった。
その中でも、奏ちゃんがマイクに向かって歌う姿を捉えた写真に目を引かれた。
奏ちゃんにしては、どことなく大人びた雰囲気が感じられて、なんだか奏ちゃんじゃないみたい……。
奏ちゃんはそんな私の様子を見て、少しおかしげに口を開いた。
「なんとなく花梨、勘違いしてそうだけど、その写真の中で歌ってるの、兄ちゃんだよ」
「えっ、そうなんだ」
横顔で写っている写真とはいえ、その写真に写る和真さんの姿は、奏ちゃんに言われなければ和真さんの写真だとはわからなかった。
以前、新島先輩と写っている写真を見て、奏ちゃんと見間違えたのも納得がいくぐらいに、本当にそっくりだった。
「花梨も兄ちゃんからの手紙の内容を聞いて、なんとなく気づいてるかもしれないけどさ、元々Wild Wolfのリーダー兼ボーカル&ギターは兄ちゃんだったんだ」
奏ちゃんは、懐かしそうにその写真を手に取る。
「以前は俺、兄ちゃんの真似してギターと歌と練習してたんだけど、兄ちゃんが亡くなる少し前に、Wild Wolfに混ざって演奏させてもらうことが増えたんだ。兄ちゃんは、いつか俺にこのポジションを譲るつもりだから、って冗談っぽく説明してくれてたんだけどな。その当時の俺は、兄ちゃんの影響でバンドに憧れる俺を喜ばせるためにしてくれてるんだと思ってたんだ」
だけど、と涙を堪えるようにして、目が眩みそうなくらいの青空を見上げる奏ちゃん。
「兄ちゃんの残した手紙でわかったんだ。あのときの兄ちゃんは自分の死期を悟った上で、本気で俺に兄ちゃんのあとを継がせそうとしてたんだってこと。思い返してみれば、兄ちゃんが死んだあと、俺に兄ちゃんのあとを継ぐように勧めたのは、唯一兄ちゃんの意向を聞いてた慎ちゃんだったしさ」
隣にいる奏ちゃんは、今にも泣いてしまいそうで。
とてもじゃないけど、安易な言葉をかけてはいけないような気がした。
「ごめんな、こんな話して」
「ううん。話してくれて、ありがとう」
いつも学校の屋上で空に向かって歌う奏ちゃんの歌声も。Wild Wolfとして歌う、奏ちゃんの歌声も。きっと、いつもお兄さんは空の向こうで聞いてくれてるんじゃないかと思う。
私は奏ちゃんと花町三丁目交差点に来ていた。
奏ちゃんが白い花を手向ける。
「今日のは、うちで育ててるスノードロップ。兄ちゃんが好きな花だったんだ」
可愛いらしいスノードロップの花が顔を覗かせた、シンプルな花束。
新聞紙で簡単にくるまれて、黒いリボンで根本をくくられているだけのその花束は、花の種類は違うけど、今までにも何回も見たことのある花束だ。
「いつもここにお花を供えてたのは、奏ちゃんだったんだね……」
「まぁ。少し遠回りにはなるけど、位置的にも家からバロンとの間にあるからな。なんとなくここに来ると、兄ちゃんがいるような気がして始めたのがきっかけだったんだ」
「そうだったんだ……」
そして、私も奏ちゃんも手を合わせる。
手を合わせ終えると、優しく微笑む奏ちゃんと目が合った。
「最初、花梨がここを通る度に手を合わせてくれてたことを知ったときは、正直驚いたよ。あの時点からでも、事故から三年は経ってたし、花梨にとっても辛い思い出の場所だっただろうから」
「そうだね。でも、お兄さんがいなかったら、私の今日はなかったから。事故のあと、私の家も引っ越しの話が出たんだけど、私が止めたの。私がお兄さんのためにできるのは、ここで手を合わせることくらいだと思っていたから」
「なんか、花梨らしい理由だね。ありがとう」
「ううん」
「じゃあ、そろそろいこっか」
そして、奏ちゃんとともに向かったのは、喫茶店バロンの近くにある駅。
昨日、奏ちゃんのお兄さんの月命日だったこともあり、今日はこれから奏ちゃんとお兄さんのお墓参りに行くことになったんだ。
電車に揺られて、六駅目の駅。
窓の外の風景は、私たちの乗った駅の周辺と比べると田舎で、自然の多いところだった。
駅から出て、更にバスで15分。
駅からも見えてた山の中腹あたりにある、目的地にたどり着く。
お兄さんの月命日だった昨日は、奏ちゃんはお母さんと一緒にお参りに来たみたい。
ピカピカに磨かれた墓石には、まだ綺麗に咲き誇る花が供えられている。
「いつの間にか、Wild Wolfのみんなも来てくれたみたいだね」
お兄さんの名前の刻まれた墓石の前まで来たとき、お墓の前に遠慮がちに置かれた花を見て、奏ちゃんが笑った。
「写真まであるし」
Wild Wolfの皆さんからの花の傍には、ビニールの袋に入った写真が何枚か添えられている。
見た感じ、Wild Wolfのライブをしている風景を写したもののようだった。
その中でも、奏ちゃんがマイクに向かって歌う姿を捉えた写真に目を引かれた。
奏ちゃんにしては、どことなく大人びた雰囲気が感じられて、なんだか奏ちゃんじゃないみたい……。
奏ちゃんはそんな私の様子を見て、少しおかしげに口を開いた。
「なんとなく花梨、勘違いしてそうだけど、その写真の中で歌ってるの、兄ちゃんだよ」
「えっ、そうなんだ」
横顔で写っている写真とはいえ、その写真に写る和真さんの姿は、奏ちゃんに言われなければ和真さんの写真だとはわからなかった。
以前、新島先輩と写っている写真を見て、奏ちゃんと見間違えたのも納得がいくぐらいに、本当にそっくりだった。
「花梨も兄ちゃんからの手紙の内容を聞いて、なんとなく気づいてるかもしれないけどさ、元々Wild Wolfのリーダー兼ボーカル&ギターは兄ちゃんだったんだ」
奏ちゃんは、懐かしそうにその写真を手に取る。
「以前は俺、兄ちゃんの真似してギターと歌と練習してたんだけど、兄ちゃんが亡くなる少し前に、Wild Wolfに混ざって演奏させてもらうことが増えたんだ。兄ちゃんは、いつか俺にこのポジションを譲るつもりだから、って冗談っぽく説明してくれてたんだけどな。その当時の俺は、兄ちゃんの影響でバンドに憧れる俺を喜ばせるためにしてくれてるんだと思ってたんだ」
だけど、と涙を堪えるようにして、目が眩みそうなくらいの青空を見上げる奏ちゃん。
「兄ちゃんの残した手紙でわかったんだ。あのときの兄ちゃんは自分の死期を悟った上で、本気で俺に兄ちゃんのあとを継がせそうとしてたんだってこと。思い返してみれば、兄ちゃんが死んだあと、俺に兄ちゃんのあとを継ぐように勧めたのは、唯一兄ちゃんの意向を聞いてた慎ちゃんだったしさ」
隣にいる奏ちゃんは、今にも泣いてしまいそうで。
とてもじゃないけど、安易な言葉をかけてはいけないような気がした。
「ごめんな、こんな話して」
「ううん。話してくれて、ありがとう」
いつも学校の屋上で空に向かって歌う奏ちゃんの歌声も。Wild Wolfとして歌う、奏ちゃんの歌声も。きっと、いつもお兄さんは空の向こうで聞いてくれてるんじゃないかと思う。
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