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最終章
踏み出す一歩(1)
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奏ちゃんの意識が戻って、一週間後。すっかり元気になった奏ちゃんが学校に復帰した。
「いいんちょー、おはよ」
奏ちゃんが教室に入るなり、元気な声がこちらに向けられる。
「え、お、おはよ、……う」
だけど、私が言い終える頃には、廊下側の私の席とは反対側の窓側の席の方へと、すでに奏ちゃんは歩いていってしまっていた。
やっぱり、また“委員長”に戻っちゃったな……。
奏ちゃんの意識が戻った日や、新島先輩から助けてもらった日は、確かに奏ちゃんは私のことを“花梨”って呼んでくれてたんだけどな……。
でも、無事に学校に出てこられるくらいまでに回復できたみたいで、良かったよ。
結局、奏ちゃんの気持ちとしては、どうなのかはわからない。
私と別れた理由も聞いたけど……。
奏ちゃんは私の正体を知って、私が本当のことを知ったら余計に事故のことで悩ませてしまうと思って、私と別れた。
だけど、私が本当のことを知ってしまった今、奏ちゃんがどう考えてるかまではわからない。
頭の中でぐるぐると考えていると、突然目の前にできた人影に顔を上げる。
「……っ!?」
「委員長、驚き過ぎだから」
ハハっとおかしそうに笑うのは、さっき私の目の前を歩いていってしまったはずの奏ちゃん。
見た感じ、奏ちゃんは自分の席に荷物を置いて、すぐに私の目の前に戻って来たのだろう。
「昼休みさ、来れる?」
奏ちゃんが制服のズボンのポケットから見せるのは、久しぶりに見る、屋上の扉の合鍵。
「……うん」
「よかった」
なんとなく、奏ちゃんが私を呼び出す理由は想像ついた。
“これからのこと”
逃げずに、向き合わなきゃいけないんだ。
昼休み。屋上の扉を開けると、大好きだったギターの音色と歌声が耳に届く。
だけど、その音は私の存在に気づくなり、パタリと止んだ。
「よかった、来てくれて。ってか、寒いな~。手がかじかんで、上手く弾けねぇ」
奏ちゃんは、ギターを傍らに置いて私の前まで歩いてくる。
「……うん」
「この前は、ごめんな。その、心配かけて」
「え?」
「花梨を守るのに必死で、自分のことまで見えてなかった。あれで運悪く俺が死んだら、また花梨の背負う罪悪感が増えるっていうのにな」
「……ううん」
奏ちゃんは、あの倉庫の中で私を落下物から守ってくれたときのことを言ってるんだ。
「ありがとう。奏ちゃんが無事にこうして学校に来られるようになって、本当に安心した」
真冬だから、以前一緒に過ごしてた頃に比べて吹き抜ける風が冷たい。
奏ちゃんは私の言葉に軽く微笑むと、その表情は再び真剣なものに変わった。
「……花町三丁目交差点での事故のこと、黙ってて、本当にごめん」
「……うん」
「この前も話したけど、花梨が兄ちゃんに助けられた女の子だっていうことは、最初は知らなかったんだ。だから、花梨から事故の話を聞いたとき、こんなことってあるのかよって正直思った」
「うん」
「……そのとき、本当のことを打ち明ければ良かったのかもしれない。だけど、そのときの俺はあまりに動揺していて、そこまで頭が回らなかったんだ。それからも、何度も本当のことを話そうと思ったことはあった。でも、日に日に本当のことを言ったら、花梨のことを余計に悩ませてしまうと思うようになって……。そう思ったら、話せなかった。それからは、母さんのことも、咲姉のことも、慎ちゃんのことも。花梨にどこで事故のことを知られるか、気が気じゃなかった」
奏ちゃんは頭を下げたまま、申し訳なさそうに続ける。
「いいんちょー、おはよ」
奏ちゃんが教室に入るなり、元気な声がこちらに向けられる。
「え、お、おはよ、……う」
だけど、私が言い終える頃には、廊下側の私の席とは反対側の窓側の席の方へと、すでに奏ちゃんは歩いていってしまっていた。
やっぱり、また“委員長”に戻っちゃったな……。
奏ちゃんの意識が戻った日や、新島先輩から助けてもらった日は、確かに奏ちゃんは私のことを“花梨”って呼んでくれてたんだけどな……。
でも、無事に学校に出てこられるくらいまでに回復できたみたいで、良かったよ。
結局、奏ちゃんの気持ちとしては、どうなのかはわからない。
私と別れた理由も聞いたけど……。
奏ちゃんは私の正体を知って、私が本当のことを知ったら余計に事故のことで悩ませてしまうと思って、私と別れた。
だけど、私が本当のことを知ってしまった今、奏ちゃんがどう考えてるかまではわからない。
頭の中でぐるぐると考えていると、突然目の前にできた人影に顔を上げる。
「……っ!?」
「委員長、驚き過ぎだから」
ハハっとおかしそうに笑うのは、さっき私の目の前を歩いていってしまったはずの奏ちゃん。
見た感じ、奏ちゃんは自分の席に荷物を置いて、すぐに私の目の前に戻って来たのだろう。
「昼休みさ、来れる?」
奏ちゃんが制服のズボンのポケットから見せるのは、久しぶりに見る、屋上の扉の合鍵。
「……うん」
「よかった」
なんとなく、奏ちゃんが私を呼び出す理由は想像ついた。
“これからのこと”
逃げずに、向き合わなきゃいけないんだ。
昼休み。屋上の扉を開けると、大好きだったギターの音色と歌声が耳に届く。
だけど、その音は私の存在に気づくなり、パタリと止んだ。
「よかった、来てくれて。ってか、寒いな~。手がかじかんで、上手く弾けねぇ」
奏ちゃんは、ギターを傍らに置いて私の前まで歩いてくる。
「……うん」
「この前は、ごめんな。その、心配かけて」
「え?」
「花梨を守るのに必死で、自分のことまで見えてなかった。あれで運悪く俺が死んだら、また花梨の背負う罪悪感が増えるっていうのにな」
「……ううん」
奏ちゃんは、あの倉庫の中で私を落下物から守ってくれたときのことを言ってるんだ。
「ありがとう。奏ちゃんが無事にこうして学校に来られるようになって、本当に安心した」
真冬だから、以前一緒に過ごしてた頃に比べて吹き抜ける風が冷たい。
奏ちゃんは私の言葉に軽く微笑むと、その表情は再び真剣なものに変わった。
「……花町三丁目交差点での事故のこと、黙ってて、本当にごめん」
「……うん」
「この前も話したけど、花梨が兄ちゃんに助けられた女の子だっていうことは、最初は知らなかったんだ。だから、花梨から事故の話を聞いたとき、こんなことってあるのかよって正直思った」
「うん」
「……そのとき、本当のことを打ち明ければ良かったのかもしれない。だけど、そのときの俺はあまりに動揺していて、そこまで頭が回らなかったんだ。それからも、何度も本当のことを話そうと思ったことはあった。でも、日に日に本当のことを言ったら、花梨のことを余計に悩ませてしまうと思うようになって……。そう思ったら、話せなかった。それからは、母さんのことも、咲姉のことも、慎ちゃんのことも。花梨にどこで事故のことを知られるか、気が気じゃなかった」
奏ちゃんは頭を下げたまま、申し訳なさそうに続ける。
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