空に想いを乗せて

美和優希

文字の大きさ
上 下
77 / 85
第5章

残されたメッセージ(3)

しおりを挟む
「瑛ちゃん。瑛ちゃんは怒るかもしれないけど、慎ちゃんの言ってることは間違ってないと思う」

「奏ちゃん……」

「俺も、慎ちゃんにそう言われたから。“和ちゃんの意向でプロ入りを目指してみようと思う”って。“和ちゃんの最期の願いだから”って。俺はそのとき、慎ちゃんの言葉を信じることにしたけどさ、慎ちゃんは事故で急死した兄ちゃんの最期の言葉をいつ聞いたんだろうってずっと不思議に思ってた。瑛ちゃんも、きっと俺と同じ疑問を持ってたんだよな? 瑛ちゃんにとっては、それが慎ちゃんの言葉を信じる妨げになっていたんじゃないかな」


 まるで奏ちゃんの言葉を肯定するかのように、唇を噛み締める北原くん。


「……あたしも。あたしもそうだった。ずっと慎ちゃんは、勝手に和真を理由に使って、Wild Wolfを出ていったんじゃないかって思ってた。和真の気持ちが本当にそこに入ってるだなんて、信じられなかったから」


 気まずそうに慎司さんを見てそう言うのは、新島先輩。


「慎ちゃん、俺もどこかで誤解してた。ごめん」

 深々と頭を下げたのは、増川先輩。


 次々に言われる言葉に驚いているような慎司さんだったけど、


「……いいよ、俺の言い方も悪かったんだと思う。俺こそ、みんなを嫌な気持ちにさせて、ごめんな」


 慎司さんも、申し訳なさそうに頭を下げた。


「……俺はWild Wolfを抜けてからも、Wild Wolfをバカにしたことはねぇから。むしろ、大切に思ってる」


 そう言いきった慎司さんの傍でずっとうつむきっぱなしだった北原くんに、奏ちゃんが呼びかける。


「……瑛ちゃん」


 それにピクリと反応して、北原くんは肩を震わせた。


「……んだよ、今更。勘違いしてた俺らが、バカみてぇじゃねぇか」

「だから、それは俺も悪かったって言ってるだろうが」

「そうだけどさ……っ」


 そこで口ごもって、何も言わなくなってしまった北原くん。


「瑛司、もういいから。別に俺はお前のことを悪く思ってねぇから。お互いさまってことで、いいだろ?」


 慎司さんは、北原くんの頭をくしゃりと撫でて病室の扉へと向かう。


「じゃあ俺、夜までにあっち戻らなきゃなんねぇから、そろそろ行くわ。奏ちゃんが無事に回復してるみたいで、よかった。すぐには駆けつけられねぇかもしれないけど、もし俺に力になれることがあればするから。困ったときは連絡してくれて構わねぇからな。おばさんも、お先に失礼します」


 そのまま慎司さんは、病室の扉の外へと消えていった。



「……くっそ! もう、何なんだよ!」

 慎司さんのいなくなった病室で、さっき慎司さんに撫でられた頭をグシャグシャと掻きむしる北原くん。


「いいんじゃない? 仲直りできたんだから」

「奏ちゃん……! お前なぁ、他人事だと思って……!」


 奏ちゃんの言葉に苛立ったように言い返す北原くん。

 そしてそれに続いて増川先輩も、北原くんをからかうように笑った。


「瑛ちゃんは昔から素直じゃないからな~。瑛ちゃん気づいてないみたいだけど、すごく嬉しそうに顔緩んでるぞ?」

「緩んでねぇし! 駿ちゃんのバカヤロ!」

「瑛ちゃん、ムキになりすぎだから。駿ちゃんのことなんて無視してたらいいのに。でも、なんか慎ちゃん、昔のまんまだったね。一人プロ入りして、完全にあたしらのことバカにしてるとばかり思ってたから、なんか拍子抜けした」


 どこか昔を懐かしむように、遠くを見つめるような目をする新島先輩。


「おっと、慎ちゃんになびくなよ~?」

「なびかないわよ、あたしはまだ和真一筋だもん。でも、将来的には、駿ちゃんよりは慎ちゃんの方になびく方があり得るかもしれないね」

「おいおい、咲。今後慎ちゃんが超有名人なんかになってしまったら、恋路は険しくなるばかりだろうし、俺はオススメしないぞ?」

「別に駿ちゃんにオススメしてもらえなくてもいいもん」


 そんな新島先輩と増川先輩のやり取りに、思わずみんな笑みが漏れる。


 今までの話を聞いてきた限り、なんとなく冗談でもそう言った新島先輩の心は、この僅かな時間の間にも少しずつ前へと進めてるんだろうなと感じた。


 慎司さんのことだって、そうだ。

 ずっとWild Wolfのわだかまりのひとつだった部分が、すっとほどけた。


 そして……。


「母さんも、ありがとな。本当のこと話してもらえて、嬉しかった」


 和真さんからの手紙の方に皆さんの気は向いてしまっていたけれど、奏ちゃんの視線の先にいるのは、不安げに奏ちゃんの様子を見ていた奏ちゃんのお母さん。


「……ごめんなさいね、本当に」

「いいよ、母さんの気持ちに余裕がなかったことは、傍にいた俺がよくわかってるつもりだし」

「ありがとう、奏真……」


 ポロポロと涙を流しながら、奏ちゃんに抱きついた奏ちゃんのお母さん。

 奏ちゃんにとっては想定外のことだったみたいで、奏ちゃんの目、真ん丸になってるよ。

 でも、良かったね、奏ちゃん。

 見ている私まで、心がぽかぽかとしてくるようだった。


 花町三丁目交差点の事故から三年。

 私も、Wild Wolfのみんなも、そのときにできた傷や想いを抱えながら、それでもなんとか未来を再構築していこうと、新たな一歩を踏み出せたんじゃないかなと思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

じれったい夜の残像

ペコかな
恋愛
キャリアウーマンの美咲は、日々の忙しさに追われながらも、 ふとした瞬間に孤独を感じることが増えていた。 そんな彼女の前に、昔の恋人であり今は経営者として成功している涼介が突然現れる。 再会した涼介は、冷たく離れていったかつての面影とは違い、成熟しながらも情熱的な姿勢で美咲に接する。 再燃する恋心と、互いに抱える過去の傷が交錯する中で、 美咲は「じれったい」感情に翻弄される。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

処理中です...