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第5章
残されたメッセージ(1)
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「どうぞ」
と奏ちゃんが返事をすると、ガララと再び引き戸が開いて、奏ちゃんのお母さんと慎司さんが姿を現した。
「母さん、と慎ちゃん……!?」
奏ちゃんの驚く声とともに、チッと北原くんが舌打ちをする音が小さく聞こえた。
ちらりと目だけ北原くんの方を見ると、増川先輩に今は抑えるようにとなだめられているようだった。
「奏ちゃんが意識不明で入院してるって親父に聞いて、仕事の合間に帰ってきたんだ。おばさんとは、そこの廊下で会った」
「…………」
奏ちゃんのお母さんは何を言うでもなく、まるで慎司さんの後ろに隠れるようにうつむいている。
「……おばさんな、俺がこの病室に来る前からずっと、この病室の前で中に入ろうか入らまいか悩んでるみたいだったんだ。奏ちゃんの意識が戻ったと聞いて駆けつけたけど、自分に入る資格があるかどうかわからないって」
慎司さんが、奏ちゃんのお母さんの様子をうかがいながら、遠慮がちに口を開く。
慎司さんの話と奏ちゃんのお母さんの雰囲気から、恐らく奏ちゃんのお母さんは、奏ちゃんに何て声をかけていいかわからないのだろうなと感じた。
そんな中、奏ちゃんは優しい声色で奏ちゃんのお母さんに話しかける。
「……母さん? 心配かけて、ごめんな。みんなから、すごく心配してくれてたって聞いた」
奏ちゃんの言葉を聞くなり、ポロポロと両目から涙をこぼす奏ちゃんのお母さん。
「奏真……、今までごめんなさい」
「……え?」
「和真が亡くなって、奏真と二人きりになってしまって。奏真も悲しんでる中、お母さんも自分の気持ちがコントロールできなくて、正直、奏真とどう関わっていいか、ずっとわからなかったの」
「母さん……」
「だけど、奏真が今回こんな状態になって、後悔した。何で奏真のことをもっと大切にできなかったんだろうって。奏真は、お母さんがどんなに取り乱そうと、どんなに奏真に酷く当たろうと、お母さんを見捨てるようなことはしなかったのに……」
「いいよ、母さん。母さんが兄ちゃんのことを受け入れるので精一杯だったのは、俺も知ってるから」
奏ちゃんの言葉を聞いて、嬉しそうに微笑んだ奏ちゃんのお母さん。
今まで、取り乱してる姿しか見たことなかったから気づかなかったけど、優しく笑ったときの雰囲気が、奏ちゃんに本当によく似ていた。
「お母さんね、実は、奏真に謝らないといけないことがあるの」
「なに?」
「和真のことなんだけどね……」
奏ちゃんのお母さんは、ごそごそとカバンから手のひらサイズの冊子を取り出した。
その表紙から、少し年期の入ったシンプルな横書きの便箋の冊子だということがわかった。
「和真からの手紙」
「……え? 兄ちゃん、から……?」
奏ちゃんだけじゃなく、その場にいたWild Wolfのみんなも驚いて顔を見合わせている。
奏ちゃんがパラリとページをめくって、そこに書かれた文字に視線を落とす。
そして奏ちゃんは、数秒もしないうちに、奏ちゃんのお母さんを再び見据えた。
「母さん、どういうこと?」
「ずっと黙っててごめんなさい、奏真。そのことを話す前に、和真が事故で亡くなってしまって……」
「兄ちゃん、病気だったの……?」
奏ちゃんのお母さんの話によると、奏ちゃんのお兄さんの和真さんは、亡くなる少し前に、ノドの病気が見つかっていたんだそうだ。
和真さん自身に病気の症状が出る前に、見えないところで病魔は和真さんの身体を蝕んでいっていて。和真さんのノドの病気が見つかった時点で、和真さんは余命を切られたらしい。
「そんな……。だって、和真、そんなことあたしに何も言ってなかったのに」
新島先輩も、信じられないと言わんばかりに顔を歪める。
だけど、それもそのはずだったらしい。
自分が末期にあることを知った和真さんは、自分の母親とある人を除いて、自分が病気であることを秘密にしていたのだから。
奏ちゃんは、お兄さんっ子だったから、きっと病気のことを知ったらショックを受けるから。
新島先輩は、大切な彼女のことを悲しませてしまうから。
増川先輩は、話してしまうと奏ちゃんや新島先輩に病気のことを話してしまいそうだったから。
そんな理由で、和真さんなりに時期を見て、病気のことを打ち明けようと思っていたらしい。
それらは全て、奏ちゃんはちゃんの手に渡った便箋の冊子に手書きで書かれていた。
と奏ちゃんが返事をすると、ガララと再び引き戸が開いて、奏ちゃんのお母さんと慎司さんが姿を現した。
「母さん、と慎ちゃん……!?」
奏ちゃんの驚く声とともに、チッと北原くんが舌打ちをする音が小さく聞こえた。
ちらりと目だけ北原くんの方を見ると、増川先輩に今は抑えるようにとなだめられているようだった。
「奏ちゃんが意識不明で入院してるって親父に聞いて、仕事の合間に帰ってきたんだ。おばさんとは、そこの廊下で会った」
「…………」
奏ちゃんのお母さんは何を言うでもなく、まるで慎司さんの後ろに隠れるようにうつむいている。
「……おばさんな、俺がこの病室に来る前からずっと、この病室の前で中に入ろうか入らまいか悩んでるみたいだったんだ。奏ちゃんの意識が戻ったと聞いて駆けつけたけど、自分に入る資格があるかどうかわからないって」
慎司さんが、奏ちゃんのお母さんの様子をうかがいながら、遠慮がちに口を開く。
慎司さんの話と奏ちゃんのお母さんの雰囲気から、恐らく奏ちゃんのお母さんは、奏ちゃんに何て声をかけていいかわからないのだろうなと感じた。
そんな中、奏ちゃんは優しい声色で奏ちゃんのお母さんに話しかける。
「……母さん? 心配かけて、ごめんな。みんなから、すごく心配してくれてたって聞いた」
奏ちゃんの言葉を聞くなり、ポロポロと両目から涙をこぼす奏ちゃんのお母さん。
「奏真……、今までごめんなさい」
「……え?」
「和真が亡くなって、奏真と二人きりになってしまって。奏真も悲しんでる中、お母さんも自分の気持ちがコントロールできなくて、正直、奏真とどう関わっていいか、ずっとわからなかったの」
「母さん……」
「だけど、奏真が今回こんな状態になって、後悔した。何で奏真のことをもっと大切にできなかったんだろうって。奏真は、お母さんがどんなに取り乱そうと、どんなに奏真に酷く当たろうと、お母さんを見捨てるようなことはしなかったのに……」
「いいよ、母さん。母さんが兄ちゃんのことを受け入れるので精一杯だったのは、俺も知ってるから」
奏ちゃんの言葉を聞いて、嬉しそうに微笑んだ奏ちゃんのお母さん。
今まで、取り乱してる姿しか見たことなかったから気づかなかったけど、優しく笑ったときの雰囲気が、奏ちゃんに本当によく似ていた。
「お母さんね、実は、奏真に謝らないといけないことがあるの」
「なに?」
「和真のことなんだけどね……」
奏ちゃんのお母さんは、ごそごそとカバンから手のひらサイズの冊子を取り出した。
その表紙から、少し年期の入ったシンプルな横書きの便箋の冊子だということがわかった。
「和真からの手紙」
「……え? 兄ちゃん、から……?」
奏ちゃんだけじゃなく、その場にいたWild Wolfのみんなも驚いて顔を見合わせている。
奏ちゃんがパラリとページをめくって、そこに書かれた文字に視線を落とす。
そして奏ちゃんは、数秒もしないうちに、奏ちゃんのお母さんを再び見据えた。
「母さん、どういうこと?」
「ずっと黙っててごめんなさい、奏真。そのことを話す前に、和真が事故で亡くなってしまって……」
「兄ちゃん、病気だったの……?」
奏ちゃんのお母さんの話によると、奏ちゃんのお兄さんの和真さんは、亡くなる少し前に、ノドの病気が見つかっていたんだそうだ。
和真さん自身に病気の症状が出る前に、見えないところで病魔は和真さんの身体を蝕んでいっていて。和真さんのノドの病気が見つかった時点で、和真さんは余命を切られたらしい。
「そんな……。だって、和真、そんなことあたしに何も言ってなかったのに」
新島先輩も、信じられないと言わんばかりに顔を歪める。
だけど、それもそのはずだったらしい。
自分が末期にあることを知った和真さんは、自分の母親とある人を除いて、自分が病気であることを秘密にしていたのだから。
奏ちゃんは、お兄さんっ子だったから、きっと病気のことを知ったらショックを受けるから。
新島先輩は、大切な彼女のことを悲しませてしまうから。
増川先輩は、話してしまうと奏ちゃんや新島先輩に病気のことを話してしまいそうだったから。
そんな理由で、和真さんなりに時期を見て、病気のことを打ち明けようと思っていたらしい。
それらは全て、奏ちゃんはちゃんの手に渡った便箋の冊子に手書きで書かれていた。
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