空に想いを乗せて

美和優希

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第5章

想いは複雑に絡み合って(1)

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 奏ちゃんはあのあとすぐに救急車で運ばれて、比較的大きな街なかの病院に運ばれた。


「委員長、奏ちゃんの様子は!?」


 あの場にいなかった北原くんが病院の待ち合いの長椅子に座っていた私を見つけるなり、そう聞いてくる。


 私は、北原くんの問いに静かに首を横に振った。


 幸いにも、奇跡的に骨折はしていなかった奏ちゃん。

 だけど、広範囲に打撲があり、頭も打ってしまったようで意識が戻ってないんだ。


「そうか。事情は、駿ちゃんからだいたい聞いた。委員長も、咲姉とゴタゴタがあったみたいだけど、大丈夫か?」

「私は、大丈夫よ」


 北原くんがどこまで増川先輩にさっきの件について聞いてるのかはわかないけれど、北原くんなりに心配してくれてるってことなんだよね……?


「そうか。咲姉も普段はいい人なんだけど、和ちゃんのことになると人が変わったようになるからな」


 はぁと大きく息を吐きながら、北原くんは私の隣にドカリと腰を下ろす。


「……北原くんも、知ってるんだよね? 三年前の花町三丁目交差点での事故のこと」

「まぁ知ってたけど、それに委員長が関わってたのは、さっきの駿ちゃんからの電話で知った」

「私のこと、軽蔑しないの?」

「はぁ? なんでそれと委員長を軽蔑するのと関係あんだよ」

「だって奏ちゃんのお兄さんは、私のせいで……」


 奏ちゃんの幼なじみの北原くん。

 北原くんは当時の奏ちゃんの苦しむ姿や悲しむ姿を近くで見てきただろうし、奏ちゃんのお兄さんと面識もあったはずだ。

 奏ちゃんのお兄さんが増川先輩や新島先輩と同級生かつ幼なじみだったなら、先輩たちと同じくらいに交流があったと考えてもおかしくない。

 つまりそれは、北原くんにとっても大切な人の命を奪ったことにも変わりないということだ。


「だから、何でそれを理由に委員長を軽蔑しなきゃいけねぇんだよ。あのときの少女が委員長なら、委員長だって被害者だったんだろ?」

「そ、そうだけど……」


 そのときだった。

 ポーンと、ちょうどこの階にエレベーターが到着する音が聞こえた。


「奏真ぁっ! 奏真あああぁ~~……!」


 エレベーターのドアが開くなり、切羽詰まったようにこちらに、女性が走ってくる。


「……奏ちゃんの、おばさん」


 待ち合いの椅子に座っていた私たちには目もくれず、一目散に奏ちゃんの病室のある方へと駆けていったのは、北原くんの言う通り、奏ちゃんのお母さんだ。


「ちょっと、院内ではお静かにお願いします」

「そんなことより、奏真は!? 奏真は、助かるのですか!?」


 奏ちゃんの病室から出てきた看護師に注意されても、すがるように泣き叫ぶ奏ちゃんのお母さんの声が、廊下に響いている。


「……奏ちゃんも、何だかんだで、おばさんにちゃんと愛されてたんだな」


 どこかほっとしたような北原くんの声。


「……え?」

「奏ちゃんのおばさんの、奏ちゃんに対する態度。委員長も奏ちゃん家に行ったときに、見たんじゃねぇの?」

「うん、確かに見たけど……。それも、あの事故のせいだったのかな?」


 まるで、パニックでも起こしてるかのように叫んでた奏ちゃんのお母さんの姿を思い出す。


『あの子はもういないのに、何であんたは、平々凡々と生きているのよ!』みたいなことを言われてたっけ。


「まぁ。ってか、あんまり自分を責めんなよ。和ちゃんは、早くにおじさんを亡くしたおばさんにとって、本当に頼りになる最愛の息子だったらしく、俺らから見てもわかるくらいに溺愛されてたんだ。それもあってなのか、和ちゃんが亡くなってからは、奏ちゃんに対する風当たりが異常なほどに冷たくなった」


「そう、だったんだ……」


 奏ちゃんのお父さんも、亡くなってたんだ……。

 でも、奏ちゃんのお兄さんが最愛の息子って……。


「……奏ちゃんのお母さんは、奏ちゃんのことをどう思ってるんだろう?」


「どうなんだろうな。こんなこと言っちゃなんだけど、和ちゃんって非の打ち所がないっていうか、本当に誰から見てもいい人だったんだよ。決して奏ちゃんが悪いっていうわけではないんだけど、そういうのもあってか、昔から若干兄貴贔屓みたいなのがあったんだ」


 でも、と言葉を切って、北原くんは、奏ちゃんの病室の前で泣き叫ぶ奏ちゃんのお母さんに目をやった。
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