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第5章
黒幕と突きつけられる真実(6)
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──ガッ。
頬の傍でした、風を切る音。
思いきり引っ張られた身体。
私を包み込む温もり。
何が、起こったの……?
恐る恐る目を開けると、私の上半身は誰かの大きな腕の中にいて。私の真上にいた新島先輩は、尻餅をつく形で床に座っていた。
新島先輩の手に握られていたナイフは、さっきまで私が横たえられていた古びたカーペットに突き刺さっている。
「……こんなことしたって、何にもならねぇんだよ」
私の背後から聞こえるのは、辛そうな奏ちゃんの声。
私を新島先輩の下から引っ張り出してくれたのも、今、私の後ろから大きな腕を回してくれてるのも、信じられないことに奏ちゃんだったようだ。
「こんなことしたって兄ちゃんは返ってこねぇし、咲姉は余計に傷つくだけだろ?」
新島先輩は、ぺたんと座ったまま動かない。
新島先輩がどんな表情をしてるかまでは、下を向いてしまっているため、見ることができない。
「咲姉がずっと辛い想いをしてたのは知ってたし、俺もわかってるつもりだよ。でも、こんなの間違ってる。兄ちゃんは、咲姉にこんなこと望んでないと思う」
「……何でそんなことわかるのよ。和真はこいつのせいで……!」
涙を撒き散らしながら顔を上げて、私を指さす新島先輩。
「花梨のせいじゃない。花梨もあの事故の被害者だってことは、咲姉も知ってるはずだろ?」
「でも、この子さえいなければ、和真は今も生きてたかもしれないのよ!?」
金切り声のような声で叫ぶ、新島先輩。
それに対して、奏ちゃんはそれほど大きくない低い声で、新島先輩に言い聞かせるように言う。
「……そうだったかもしれない。でも、実際のところはわからないし、考えたって仕方ない」
新島先輩が何かを言い返そうとしたけれど、奏ちゃんは「だけど……」と言葉を続ける。
「兄ちゃんは咲姉の幸せを、誰よりも望んでたんだ。その兄ちゃんが、ましてや自分のせいで咲姉が罪を犯すことを望んでるわけがない」
「でも……っ。やっぱり悔しい……。目の前に、和真の命を奪った女がいて。それだけじゃなく、その女にあたしの心の支えだった奏ちゃんまで奪っていかれたのよ?」
言葉の通り、悔しそうに涙を流してこちらを睨む新島先輩。
「咲、そろそろ前見ろよ。奏ちゃんは、確かに和真に似てるけど、和真じゃないんだ。いつまでも和真のフリなんて、出来るわけないだろ?」
その声に再び倉庫の入り口を見ると、覆面は外しているものの、全身黒づくめの増川先輩の姿があった。
「咲に頼まれごとされたときから、何かおかしいと思ってたんだ。俺が気づいて、奏ちゃんが間に合ってくれて良かった」
「駿ちゃん! 間に合った、って……。もしかして、あんたが奏ちゃんにあたしの居場所を教えたの!?」
「そうだよ。今の咲を止められるのは、奏ちゃんしかいないって思ったから」
「そんな……っ」
「ごめん、こればかりは俺も協力できなかった。俺も、咲に取り返しのつかない罪を犯させたくなかったんだ……」
「……っ」
うわああ、っとその場に泣き崩れてしまった新島先輩。
そんな新島先輩を増川先輩が、包み込むように優しく抱きしめているのが見えた。
「花梨、ケガはない?」
その声に頭上を見ると、以前と変わらない優しい表情の奏ちゃんの姿がある。
「……うん」
「ごめんな。結局巻き込んじゃったな……」
だけど、私が誰の命を犠牲にして今を生きているか知ってしまった今、どんな顔をして奏ちゃんと顔を合わせていいかわからない。
「怖かったよね? 立てる? 俺でよければ送るよ、夜もだいぶ遅くなってるし」
「……ううん、大丈夫」
そうは言ってもらっても、奏ちゃんに迷惑をかけたくなくて、思わず断る。
「大丈夫じゃねぇって。それとも、もう俺と帰るのも嫌になった?」
寂しそうにこちらを見つめる瞳。
その瞳は反則だよ、奏ちゃん。
そんな目で見られたら、断れなくなっちゃうよ……。
「……そんなこと、ないよ」
「なら、良かった」
だけど、そのときだった。
「うっわっ!」
すぐ傍で新島先輩を抱きしめていた増川先輩が、新島先輩に突き放されでもしたのか、ドンと傍の荷物の詰め込まれたラックにぶつかった。
ガシャン、パランとラックに詰まれていた機材のようなものが落ちる。
ラック自体は繋がっているようで、その振動が私たちの傍のラックにも伝わった。
「……あっ」
自分の真上に黒い影ができたと思えば、何かの塊がこちらに迫ってくるのが見えた。
見た感じ、塊の正体は、細い鉄パイプが何本か束になったもののようだった。
突然の出来事に、とっさにその場に身構える。
だけど次の瞬間には、私の身体は思いっきり吹っ飛んでいた。
それと同時に聞こえるのは、ガシャンと鉄パイプが床に接触する音。
よく似た経験を、昔もしたことがある。
それは、花町三丁目交差点の事故のときだ。
でも、今、私を突き飛ばしたのは……?
「奏ちゃん!」
「おい、奏ちゃん、しっかりしろ! 奏真!」
聞こえた声から連想されるこたえに、冷や汗が背中を伝う。
身体が、寒さを思い出したかのように震え出した。
嫌だ。
嫌だ。
そんな。
何で……。
だけど、目の前に見えたのは。
奏ちゃんの名前を必死で呼ぶ増川先輩と新島先輩の姿と、あちこちに散乱している、頭上から降ってきたのであろう細い鉄パイプ。
そして、その中心でぐったりと横たえている、奏ちゃんの姿だった。
頬の傍でした、風を切る音。
思いきり引っ張られた身体。
私を包み込む温もり。
何が、起こったの……?
恐る恐る目を開けると、私の上半身は誰かの大きな腕の中にいて。私の真上にいた新島先輩は、尻餅をつく形で床に座っていた。
新島先輩の手に握られていたナイフは、さっきまで私が横たえられていた古びたカーペットに突き刺さっている。
「……こんなことしたって、何にもならねぇんだよ」
私の背後から聞こえるのは、辛そうな奏ちゃんの声。
私を新島先輩の下から引っ張り出してくれたのも、今、私の後ろから大きな腕を回してくれてるのも、信じられないことに奏ちゃんだったようだ。
「こんなことしたって兄ちゃんは返ってこねぇし、咲姉は余計に傷つくだけだろ?」
新島先輩は、ぺたんと座ったまま動かない。
新島先輩がどんな表情をしてるかまでは、下を向いてしまっているため、見ることができない。
「咲姉がずっと辛い想いをしてたのは知ってたし、俺もわかってるつもりだよ。でも、こんなの間違ってる。兄ちゃんは、咲姉にこんなこと望んでないと思う」
「……何でそんなことわかるのよ。和真はこいつのせいで……!」
涙を撒き散らしながら顔を上げて、私を指さす新島先輩。
「花梨のせいじゃない。花梨もあの事故の被害者だってことは、咲姉も知ってるはずだろ?」
「でも、この子さえいなければ、和真は今も生きてたかもしれないのよ!?」
金切り声のような声で叫ぶ、新島先輩。
それに対して、奏ちゃんはそれほど大きくない低い声で、新島先輩に言い聞かせるように言う。
「……そうだったかもしれない。でも、実際のところはわからないし、考えたって仕方ない」
新島先輩が何かを言い返そうとしたけれど、奏ちゃんは「だけど……」と言葉を続ける。
「兄ちゃんは咲姉の幸せを、誰よりも望んでたんだ。その兄ちゃんが、ましてや自分のせいで咲姉が罪を犯すことを望んでるわけがない」
「でも……っ。やっぱり悔しい……。目の前に、和真の命を奪った女がいて。それだけじゃなく、その女にあたしの心の支えだった奏ちゃんまで奪っていかれたのよ?」
言葉の通り、悔しそうに涙を流してこちらを睨む新島先輩。
「咲、そろそろ前見ろよ。奏ちゃんは、確かに和真に似てるけど、和真じゃないんだ。いつまでも和真のフリなんて、出来るわけないだろ?」
その声に再び倉庫の入り口を見ると、覆面は外しているものの、全身黒づくめの増川先輩の姿があった。
「咲に頼まれごとされたときから、何かおかしいと思ってたんだ。俺が気づいて、奏ちゃんが間に合ってくれて良かった」
「駿ちゃん! 間に合った、って……。もしかして、あんたが奏ちゃんにあたしの居場所を教えたの!?」
「そうだよ。今の咲を止められるのは、奏ちゃんしかいないって思ったから」
「そんな……っ」
「ごめん、こればかりは俺も協力できなかった。俺も、咲に取り返しのつかない罪を犯させたくなかったんだ……」
「……っ」
うわああ、っとその場に泣き崩れてしまった新島先輩。
そんな新島先輩を増川先輩が、包み込むように優しく抱きしめているのが見えた。
「花梨、ケガはない?」
その声に頭上を見ると、以前と変わらない優しい表情の奏ちゃんの姿がある。
「……うん」
「ごめんな。結局巻き込んじゃったな……」
だけど、私が誰の命を犠牲にして今を生きているか知ってしまった今、どんな顔をして奏ちゃんと顔を合わせていいかわからない。
「怖かったよね? 立てる? 俺でよければ送るよ、夜もだいぶ遅くなってるし」
「……ううん、大丈夫」
そうは言ってもらっても、奏ちゃんに迷惑をかけたくなくて、思わず断る。
「大丈夫じゃねぇって。それとも、もう俺と帰るのも嫌になった?」
寂しそうにこちらを見つめる瞳。
その瞳は反則だよ、奏ちゃん。
そんな目で見られたら、断れなくなっちゃうよ……。
「……そんなこと、ないよ」
「なら、良かった」
だけど、そのときだった。
「うっわっ!」
すぐ傍で新島先輩を抱きしめていた増川先輩が、新島先輩に突き放されでもしたのか、ドンと傍の荷物の詰め込まれたラックにぶつかった。
ガシャン、パランとラックに詰まれていた機材のようなものが落ちる。
ラック自体は繋がっているようで、その振動が私たちの傍のラックにも伝わった。
「……あっ」
自分の真上に黒い影ができたと思えば、何かの塊がこちらに迫ってくるのが見えた。
見た感じ、塊の正体は、細い鉄パイプが何本か束になったもののようだった。
突然の出来事に、とっさにその場に身構える。
だけど次の瞬間には、私の身体は思いっきり吹っ飛んでいた。
それと同時に聞こえるのは、ガシャンと鉄パイプが床に接触する音。
よく似た経験を、昔もしたことがある。
それは、花町三丁目交差点の事故のときだ。
でも、今、私を突き飛ばしたのは……?
「奏ちゃん!」
「おい、奏ちゃん、しっかりしろ! 奏真!」
聞こえた声から連想されるこたえに、冷や汗が背中を伝う。
身体が、寒さを思い出したかのように震え出した。
嫌だ。
嫌だ。
そんな。
何で……。
だけど、目の前に見えたのは。
奏ちゃんの名前を必死で呼ぶ増川先輩と新島先輩の姿と、あちこちに散乱している、頭上から降ってきたのであろう細い鉄パイプ。
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