空に想いを乗せて

美和優希

文字の大きさ
上 下
68 / 85
第5章

黒幕と突きつけられる真実(4)

しおりを挟む
 新島先輩が私の右肩の辺りを踏みつける。


 目の前で私を捉える二つの猫目は、まるで殺傷するかのように私を見つめていた。

 何で、こんなこと……。


「ねぇ、奏ちゃんが何であなたを捨てたのか、わかる?」

「何でって……」


 突然、別れを告げられた理由ってことよね……?

 それが、ずっとわからなかった。


 新島先輩との関係を疑って、結局その真相もわからないまま。

 何もかもがわからないままだから、私自身の気持ちがなかなか前に進めてないのも事実なのに……。

 そんなことを聞かれたって、答えられるわけがない。


「奏ちゃんにとっても、あなたは愛すべき相手じゃなくて、恨むべき相手だって気づいたからよ」

「それって、どういう……」

「忘れたなんて、言わせないわよ」

「え……?」

「三年前、花町三丁目交差点で起こった事故のこと」


 忘れるわけがない。

 あの日からずっと、私はあのとき助けてくれたお兄さんに、少なからず罪悪感を感じながら生きてきたのだから。


「奏ちゃんから、聞いたのですか?」


 私があの事故で命を救われた女の子だってこと。


「まぁ奏ちゃんも知ってたけど、あたしはもっと前からあなたのことを知ってたわよ」

「そうなんですか……?」

「あなた、本当に何も奏ちゃんに教えられてないのね」


 新島先輩は、呆れたようにため息を吐き出す。


「あなたは、あのとき誰に助けてもらったのか、考えたことある?」

「誰に……」


 知ってるようで、私はあのお兄さんのことを全然知らない。

 助けてくれたお兄さんやご遺族について、頑なに何も話してくれなかったお父さんの姿が脳裏に過る。

 私は、名前も顔も、それさえも知ることができなかったのだから。


「やっぱり。じゃあ、あたしが教えてあげる」

「知ってるんですか?」

「知ってるもなにも、あなたが事故を起こしたとき、あたしも見てたもの」


 そして、新島先輩は容赦なく私に告げた。


「あのときあなたの代わりに亡くなったのは、あたしたちの同級生であり大切な幼なじみだった、奏ちゃんのお兄さんの、柳澤和真かずまよ」


 聞いた瞬間、背筋が凍った。


「え……」

 とにかく目を見開いて、私は目の前に迫る新島先輩を見つめていた。


「……本当、許せない。和真を殺しておきながら、奏ちゃんにまでつけこんで、傷つけるなんて」


 新島先輩の大きな猫目からポタポタと大粒の涙が落ちる。


「私は、そんなつもりじゃ……」

「言い訳なんていらないわよ! 奏ちゃんを傷つけて苦しめたのは、事実なんだから」


 何も言い返せなかった。


 思い返してみれば事故のことを話したとき、奏ちゃんは事故のことをよく知っていた。


 元々あの近くに住んでいたんだと奏ちゃんから聞いていたことから、奏ちゃんが事故のことを知っていたことについて、私自身何の違和感も覚えていなかった。


 あのとき、驚きと悲しみが入り交じったような表情を浮かべていた奏ちゃん。

 奏ちゃんは、一体どんな気持ちで私の話を聞いていたの……?


「だからあなたがあのときの女だと気づいてながらも、あなたと付き合い続けてる奏ちゃんには、何回も言ったのに。あなたには関わるなって。興味本位で付き合い続けるのはやめろって」

「興味、本位……?」 

「そうよ。むしろ、興味本位しかないでしょ、自分のお兄さんを殺した女と付き合うだなんて。まぁ、そんな奏ちゃんも、ようやく目が覚めたみたいだけどね」

「そんな……」


 興味本位、否定するにもできないその言葉に、胸を深くえぐられるようだった。


 奏ちゃん。

 奏ちゃん……。


 奏ちゃんの笑顔や優しい思い出が、頭の中を掠める。


 奏ちゃんは今まで、何を思って私と一緒にいたの……?

 全部知ってて、それでも私の隣にいて。


 “好きだよ、花梨”

 今でも鮮明に思い出せる、奏ちゃんの言葉でさえ、嘘だったのかも知れないってこと……?


 目元が熱い。


 奏ちゃんは、私のことを、私の過去を、受け入れてくれたわけじゃなかったって、ことなんだよね……?


 涙で滲む視界の中、新島先輩は私の肩を踏みつけたままカバンからさらに何かを取り出し、次の瞬間には横たわる私の上に馬乗りになってきた。


 薄暗いこの倉庫内を照らす蛍光灯の光で、キラリと反射した銀色の先端が、私の目の前に突きつけられる。


 それが、鋭利な小型のナイフだということに気づくのに、大して時間はかからなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

じれったい夜の残像

ペコかな
恋愛
キャリアウーマンの美咲は、日々の忙しさに追われながらも、 ふとした瞬間に孤独を感じることが増えていた。 そんな彼女の前に、昔の恋人であり今は経営者として成功している涼介が突然現れる。 再会した涼介は、冷たく離れていったかつての面影とは違い、成熟しながらも情熱的な姿勢で美咲に接する。 再燃する恋心と、互いに抱える過去の傷が交錯する中で、 美咲は「じれったい」感情に翻弄される。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

処理中です...