空に想いを乗せて

美和優希

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第4章

翳る空(3)

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 *


「かーりんっ!」

「ひゃっ」


 運動会から数日後、いつものように屋上で二人で過ごしていると、突然奏ちゃんにぎゅっと抱きつかれた。


「ひゃっ、って。花梨、驚きすぎでしょ」


 ハハッと笑う奏ちゃん。


「そ、そうかな……?」


 運動会が終わったあとも、奏ちゃんは今までと特に変わった様子もなく、今まで通り。


「最近ボーッとしてること多いけど、また何か悩みとかあるのか?」

「そういうわけじゃ、ないんだけど……」


 本当に、あのキーホルダーの中の写真さえ見なければ、こんなモヤモヤした気持ちになんてならなかったんだろうなって思うくらいに。


「……ねぇ、奏ちゃんって昔、付き合ってた女の子とか、いる?」

「まさかそんなことで悩んでた!? もしかして、花梨ってそういうの気にする?」

「そういうわけじゃないけど、奏ちゃんって結構モテるみたいだし、どうなんだろうって思って……」


 お弁当の端に入れてあるタコさんウインナーをお箸でつつきながら尋ねる。


 全く気にならないと言えば、嘘になる。

 確かに奏ちゃんはモテるし、元カノとか普通にいそうだけど。


 心の中でそれなりに覚悟してそのこたえを待っていたのに、


「花梨が俺の初カノで、最後の彼女」

 返ってきたのは思いがけないこたえだった。


「え!? 嘘」

「嘘じゃねぇし。何? そんなに俺、花梨にプレイボーイみたいに見られてたの?」


 ぷくぅと頬を膨らます奏ちゃん。

 可愛い……。


「ううん。そんなことない。深い意味はないの、ごめんね」


 だけど、怒らせちゃったみたいだから、慌ててそう言う。

 でもそれなら、奏ちゃんと新島先輩のあの写真は何だったんだろう……?

 いかにも恋人同士って感じの写真だったのに……。

 二人、抱き合ってたし?


 すぐにそんな風に考え込んでしまった私を見て、奏ちゃんには何かしら伝わってしまったのかな?


 奏ちゃんはふわりと私を抱き寄せて、私の耳元で口を開いた。


「心配しなくても大丈夫。俺は花梨だけだから」

「……本当?」


 その声に導かれるように声の方へとふり向くと、間近に見える、大好きな人の優しい微笑み。


 目が合うと、奏ちゃんは小さくうなずいて柔らかく目を細める。


「本当。だから安心して。何、不安になってんの」


 そして、大好きな柔らかい温もりが、私の唇に触れた。


 そりゃ、不安にもなるよ……。

 だけど、さすがにそんな風に言われてしまったら、新島先輩とのことなんて、聞くに聞けない。


 それこそ、今の奏ちゃんを見てたら、俺のこと疑ってんの? と言われてしまいそうだもん……。
 

 *


 数日後の日曜日。

 奏ちゃんからは安心してと言われたものの、気にしないようにしているつもりでも、ふとした瞬間にあの写真が頭を過って不安になってしまうことが増えた。

 午後から喫茶店バロンにいると、奏ちゃんから聞いていたこの日。なんとなく奏ちゃんに会いたくなってしまった私の足は、自然とバロンへと向かっていた。


 ……いきなり来ちゃったけど、奏ちゃん驚くかな?

 差し入れのお菓子を持って、奥の扉から二階へと上がる。


 だけど、いつもバンドメンバーのいるはずの部屋には、荷物は置かれているものの、みんな席を外しているようだった。

 休憩中かな……?

 そう思って、二階の廊下で待たせてもらおうかと、バンドメンバーの部屋の前に立ち止まったとき。


「……き」


 休憩室の方から誰か人の声が聞こえてきた。


 今の声、奏ちゃん?

 奏ちゃんにしては少し高めの掠れたような感じに聞こえて、確信は持てなかったけれど。

 もしかして、と思って、少し開いた休憩室のドアをそっと押してみた。


 ……え。

 その瞬間、思わず持っていたお菓子を落としそうになってしまった。


 何で……。


 目の前にいるのは、確かに奏ちゃんだ。

 だけど、奏ちゃんの後ろから、新島先輩が奏ちゃんを抱きしめていたんだ。


「……ねぇ、もう一回あたしの名前を呼んで?」

「……咲」


 やだ。何で?

 ついこの前、私だけだって言ったよね……?


 膝がガクガク震える。

 だけど、今の私には、この目の前の空間に押し入っていくほどの勇気なんて持ち合わせていない。

 私はそっとドアを元の位置に戻すと、くるりと踵を返す。

 瞬間、ドンと何かに鼻からぶつかってしまった。


「す、すみません……!」

「……いって。あれ、委員長? 奏ちゃん、いなかった?」


 全く周りが見えていなかった私は、ちょうど一階から上がってきた北原くんと正面衝突をしてしまったようだ。


「あ、北原くん。ごめんね。これ渡しに来ただけだから、いいの。みんなで食べて」


「え? ああ。サンキュ。って、おいっ!」


 私は極力怪しまれないように笑顔を作ると、持っていたお菓子を渡して階段を駆け降りた。


 何がなんだか、わからない。


 来るんじゃなかった……。


 最近、不安になることが多いから、会って安心したかっただけなのに……。


 まさか、あの写真のような光景を見せられるだなんて、夢にも思わなかった。
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