空に想いを乗せて

美和優希

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第4章

翳る空(1)

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 10月も半ば。秋晴れの今日は、運動会が行われている。

 運動会の実行委員は体育委員がやることになってるため、今回は実行委員なんてものとは無縁だった。


「花梨ー! さっきの見たかー!?」


 運動場に張られた、クラスごとのテント。

 そこで私がお茶を飲んでいると、奏ちゃんの元気な声が聞こえてきた。

 ちょうど先程の競技を終えた奏ちゃんがこちらに戻ってきたんだ。


 奏ちゃんの出ていた競技は、パン食い競争。

 ふり向くと、奏ちゃんの左手にはビニールの袋に入ったあんパンが握られている。


「見たよ! おめでとう!」


 奏ちゃんは、パン食い競争で速攻にパンをくわえて見事一位を取ったんだ。


「へへっ。こう見えて実は結構得意なんだよなぁ、パン食い競争」


 はい、と私にあんパンを差し出す奏ちゃん。


「これは花梨に」

「えぇえっ!? そんな、悪いよ!」


 せっかく奏ちゃんがパン食い競争を頑張って手に入れたパンなのに……。


「いいって。花梨、パン好きでしょ? 前、ウサギパン喜んで食べてたくらいだし」

「まぁ、嫌いじゃないけど……。ありがとう」

「素直なのか素直じゃないのか、よくわかんねぇな」


 ハハッと笑う奏ちゃん。

 そうしていると、召集に来た体育委員の声が耳に届く。


「次~。100メートル走に出る人~、入場門の前に集まってください~」

「え、もう? 俺、今戻ってきたばっかなんだけど!」


 奏ちゃんは足が速いこともあって、必然的に人より出る種目が多い。


「花梨。そのパン、本当に食べてていいから。じゃあ、行ってくるな!」

「ありがとう。行ってらっしゃい」


 奏ちゃんは私の方に手を振りながら、入場門の方へと走っていった。


 奏ちゃんの姿が人混みの中に消えてなくなる。

 このパン、どうしよう……?

 お腹が空いてないわけでもないけど、お昼休憩でもない今ここで一人食べるのも変だよね……?

 とりあえず、テントに持ち込んでる手提げの中に入れとこうかな。


 そう思って、再びテントの方へと戻ったとき──。


「おねーちゃーん」

 よく知った、無邪気な声が耳に届く。


「な、奈穂っ!?」

 何で奈穂がここに!?

 生徒用のテントのある位置は、基本的に生徒や先生以外は立ち入らないようになっている。


 今日の運動会には、奈穂もお父さんとお母さんと一緒に来てくれる予定にはなっていたんだけど、まさかお父さんやお母さんとはぐれちゃったの……!?


「おねーちゃんのダンス、とってもじょうずだったよ」


 こっちの心配もよそに、にこにことこちらに小走りでやって来る奈穂。

 私は急いでパンを手提げ袋の中に入れると、奈穂の傍へと駆け寄った。


「ありがとう。ねぇ、奈穂。お父さんとお母さんはどうしたの?」

「あっち!」


 奈穂は私の質問に一瞬不思議そうな表情を浮かべたものの、すぐに保護者席の方を指さしてそう叫んだ。


「じゃあ、お姉ちゃんと一緒にお父さんとお母さんのところに戻ろう? きっと奈穂がいなくなって、心配してるよ?」

「しんぱい? 何で? なほ、おねーちゃんのところにいるのに?」

「奈穂がここ来たことは、お父さんとお母さんは知らないんでしょ?」


「うん。だって二人とも、カメラの使い方がわからないって言ってばかりで、つまんないんだもん」

 カメラの使い方って……。

 確かに最近カメラを新しいものに買い換えてたけど、今日使うなら、今日までに使い方くらい見といてよ!


「ほら、言ってないなら、なおさら戻らなきゃ。お姉ちゃんも一緒に行くから、戻ろう?」


 思わず身体の力が抜けてしまいそうになったのを堪えて、私はそう言って奈穂の手を引いた。


 保護者席との境につけられた黄色いロープをくぐると、一気に人混み具合が増す。



「奈穂、お父さんとお母さん、どの辺りにいたか、覚えてる?」

「うーんと、えーっと……」


 さっき聞いたときは、自信満々に保護者席の方を指さした奈穂だったけど、さすがにこの人混みの中に入ると、自分がどのあたりから来たのかわからなくなってしまったみたい。


 この中から、居場所のわからないお父さんとお母さんを見つけるなんて……。

 キョロキョロと見回しながら、人混みを縫うように歩く。


「あれ? 誰かと思えば、花梨ちゃん?」


 そのとき、ちょうど保護者用のテントから少し離れた位置から、そんな女の人の声が聞こえた。


「新島先輩に、増川先輩っ!?」


 ふり返ると、ラフな格好をした二人が赤いレジャーシートの上に座っていて、こちらに手を振っていた。


「おねーちゃんのしってるひと?」

「うん、この学校を卒業した先輩」

「ふーん」

「あ、奈穂!?」


 奈穂のこともあるし、二人に頭を下げて再び両親探しをしようと思っていたけれど。

 奈穂は二人が私の知り合いだとわかった途端、私の手をグイグイと引っ張って、赤いレジャーシートの前まで突き進んだ。


「いつも、おねーちゃんがおせわになってます!」

「ちょ、奈穂!」


 奈穂ったら、きっといつもお母さんが言ってるのを聞いて覚えてたんだ……!


「すみません、私の妹なんです」
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