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第4章
奏ちゃんの家庭(4)
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奏ちゃんが部屋の奥にあるテレビで天気予報を確認する。
どうやらこの雨は通り雨のようで、一時間ほどで止むとのこと。
絨毯の上に二人で並んで座っているものの、なんだか落ち着かなくて室内をぐるりと見回す。
勉強机に、青を基調としたシーツのシングルベッド。
大きな黒いコンポに、壁に立て掛けられたギターに、傍に積まれた楽譜。
「なんだか、奏ちゃんらしいお部屋だね」
見るからに音楽が好きなんだなぁって感じさせてくれる、そんなお部屋。
「そうかな。まぁいつも使ってるモンが散乱してるだけって感じだけどな」
ハハっと笑いながら、奏ちゃんは床に無造作に置かれていた楽譜を整えて、コンポの隣に立てかける。
奏ちゃんのジャージを着てるからなのか。
それとも、奏ちゃんの部屋で二人きりという状況にドキドキしてるのか。
だけどその異様なまでの胸のドキドキも、奏ちゃんと話しているうちに心地いいものへと変わっていった。
どのくらい経ってからか、窓を打ち付けていた雨が小雨に変わった頃、奏ちゃんは私の頭を撫でて立ち上がった。
「そういや俺、飲み物とか全く出してなかったな。ごめんな、気が利かなくて。何か入れるよ」
「え、いいよ。そんな」
「遠慮しなくて大丈夫。俺も喉乾いたなって思ってたところだし。紅茶とコーヒーと水と、どれがいい? あ、紅茶とコーヒーはホットならすぐ出せるかな」
「じゃあ、ホットの紅茶で」
「了ー解っ!」
ニカッと笑って、部屋の扉を開ける奏ちゃん。
そして奏ちゃんが部屋から一歩廊下へと出たとき、奏ちゃんはピタリと足を止めた。
「か、母さん。帰ってたんだ。お帰り」
え……? お母さん……?
さっきまで奏ちゃんのお母さんは出かけてたらしく、誰もいなかったこの家。
お母さんが帰ってきてたのなら、一言挨拶しようとその場を立ち上がろうとしたとき──。
「何で……。何であんたが居るのよ!」
パシンと乾いた音を立てて、奏ちゃんは、奏ちゃんのお母さんから平手打ちを受けた。
「あの子はもういないのに、何であんたは平々凡々と生きているのよ!」
かなりの金切り声に、耳を塞ぎたくなる。
そして、今度は奏ちゃんのお母さんにドンと胸を突き飛ばされて、奏ちゃんは数歩後ろに下がる形で部屋に入ってきた。
そのとき、はっきりと見えた奏ちゃんのお母さんの姿。
黒いワンピースに、肩までの髪。
服から見える手足は、まるで骨に皮膚がそのまま張りついているんじゃないかと思ってしまうくらいに痩せ細っている。
簡単にお化粧はしているけれど、目元が何となく奏ちゃんに似ていた。
止めた方が、良いのかな……?
目の前の光景に唖然として、声ひとつ出せない。
すると、奏ちゃんがお母さんをなだめるように口を開いた。
「ごめん。ごめん、母さん。でも今、大切なお客さんが来てるから、話ならあとでいくらでも聞くからさ」
「お客……?」
そのとき、奏ちゃんのお母さんは初めて私のことに気づいたように、ギロリとこちらを見る。
奏ちゃんのお母さんと目が合う。
「……勝手にお邪魔しててすみません。奏真くんの同級生の、岸本花梨です」
「…………」
奏ちゃんのお母さんは私を一瞥するものの、何も言わずに奏ちゃんの部屋の前から立ち去った。
すぐにバタンと隣の部屋のドアが閉められたと思われる音が聞こえる。
少しの沈黙のあと、奏ちゃんは肩を落とすように息を吐いて、こちらを向いた。
「びっくりさせてごめん」
「ううん、大丈夫」
「俺の母さん、よくあんな感じにヒステリー起こすんだ」
「そうなんだ……」
そういえば……。
“俺の母さん、身体が悪いわけじゃないんだけど、あまり調子よくなくてさ”
“え、病気か何か?”
“……まぁ、そんなところかな”
ここに来る前、奏ちゃん、そんなこと言ってたっけ。
あれはこのことを言ってたんだと、ようやくわかった。
「嫌な思いさせたなら、本当にごめんな」
「ううん、そんなことないよ」
「とりあえず紅茶、入れてくるな」
奏ちゃんはそれだけ言うと、私に背を向けて部屋を出ていった。
完全には閉まりきっていないドアの外は、さっきの出来事が嘘のように静かで、そうしているうちに奏ちゃんは紅茶の入ったふたつのコップを持って戻ってきた。
温かい紅茶をご馳走になったあとは、雨も小雨になっていたこともあって、奏ちゃんの家を出ることになった。
折りたたみ傘も壊れてしまったので、奏ちゃんの黒い傘を借りて。
その頃には私の服もある程度乾いてたので、元の服に着替えた。
奏ちゃんは、私を近くの駅まで送ってくれた。
奏ちゃんのお母さんの登場があったあと、奏ちゃんの表情が陰ったのはその直後だけで、それ以降は私と別れるまでいつもの明るい奏ちゃんだった。
だけど、私の気にしすぎなのかな?
私の大好きな明るい笑顔が、無理をしているように見えたのは……。
どうやらこの雨は通り雨のようで、一時間ほどで止むとのこと。
絨毯の上に二人で並んで座っているものの、なんだか落ち着かなくて室内をぐるりと見回す。
勉強机に、青を基調としたシーツのシングルベッド。
大きな黒いコンポに、壁に立て掛けられたギターに、傍に積まれた楽譜。
「なんだか、奏ちゃんらしいお部屋だね」
見るからに音楽が好きなんだなぁって感じさせてくれる、そんなお部屋。
「そうかな。まぁいつも使ってるモンが散乱してるだけって感じだけどな」
ハハっと笑いながら、奏ちゃんは床に無造作に置かれていた楽譜を整えて、コンポの隣に立てかける。
奏ちゃんのジャージを着てるからなのか。
それとも、奏ちゃんの部屋で二人きりという状況にドキドキしてるのか。
だけどその異様なまでの胸のドキドキも、奏ちゃんと話しているうちに心地いいものへと変わっていった。
どのくらい経ってからか、窓を打ち付けていた雨が小雨に変わった頃、奏ちゃんは私の頭を撫でて立ち上がった。
「そういや俺、飲み物とか全く出してなかったな。ごめんな、気が利かなくて。何か入れるよ」
「え、いいよ。そんな」
「遠慮しなくて大丈夫。俺も喉乾いたなって思ってたところだし。紅茶とコーヒーと水と、どれがいい? あ、紅茶とコーヒーはホットならすぐ出せるかな」
「じゃあ、ホットの紅茶で」
「了ー解っ!」
ニカッと笑って、部屋の扉を開ける奏ちゃん。
そして奏ちゃんが部屋から一歩廊下へと出たとき、奏ちゃんはピタリと足を止めた。
「か、母さん。帰ってたんだ。お帰り」
え……? お母さん……?
さっきまで奏ちゃんのお母さんは出かけてたらしく、誰もいなかったこの家。
お母さんが帰ってきてたのなら、一言挨拶しようとその場を立ち上がろうとしたとき──。
「何で……。何であんたが居るのよ!」
パシンと乾いた音を立てて、奏ちゃんは、奏ちゃんのお母さんから平手打ちを受けた。
「あの子はもういないのに、何であんたは平々凡々と生きているのよ!」
かなりの金切り声に、耳を塞ぎたくなる。
そして、今度は奏ちゃんのお母さんにドンと胸を突き飛ばされて、奏ちゃんは数歩後ろに下がる形で部屋に入ってきた。
そのとき、はっきりと見えた奏ちゃんのお母さんの姿。
黒いワンピースに、肩までの髪。
服から見える手足は、まるで骨に皮膚がそのまま張りついているんじゃないかと思ってしまうくらいに痩せ細っている。
簡単にお化粧はしているけれど、目元が何となく奏ちゃんに似ていた。
止めた方が、良いのかな……?
目の前の光景に唖然として、声ひとつ出せない。
すると、奏ちゃんがお母さんをなだめるように口を開いた。
「ごめん。ごめん、母さん。でも今、大切なお客さんが来てるから、話ならあとでいくらでも聞くからさ」
「お客……?」
そのとき、奏ちゃんのお母さんは初めて私のことに気づいたように、ギロリとこちらを見る。
奏ちゃんのお母さんと目が合う。
「……勝手にお邪魔しててすみません。奏真くんの同級生の、岸本花梨です」
「…………」
奏ちゃんのお母さんは私を一瞥するものの、何も言わずに奏ちゃんの部屋の前から立ち去った。
すぐにバタンと隣の部屋のドアが閉められたと思われる音が聞こえる。
少しの沈黙のあと、奏ちゃんは肩を落とすように息を吐いて、こちらを向いた。
「びっくりさせてごめん」
「ううん、大丈夫」
「俺の母さん、よくあんな感じにヒステリー起こすんだ」
「そうなんだ……」
そういえば……。
“俺の母さん、身体が悪いわけじゃないんだけど、あまり調子よくなくてさ”
“え、病気か何か?”
“……まぁ、そんなところかな”
ここに来る前、奏ちゃん、そんなこと言ってたっけ。
あれはこのことを言ってたんだと、ようやくわかった。
「嫌な思いさせたなら、本当にごめんな」
「ううん、そんなことないよ」
「とりあえず紅茶、入れてくるな」
奏ちゃんはそれだけ言うと、私に背を向けて部屋を出ていった。
完全には閉まりきっていないドアの外は、さっきの出来事が嘘のように静かで、そうしているうちに奏ちゃんは紅茶の入ったふたつのコップを持って戻ってきた。
温かい紅茶をご馳走になったあとは、雨も小雨になっていたこともあって、奏ちゃんの家を出ることになった。
折りたたみ傘も壊れてしまったので、奏ちゃんの黒い傘を借りて。
その頃には私の服もある程度乾いてたので、元の服に着替えた。
奏ちゃんは、私を近くの駅まで送ってくれた。
奏ちゃんのお母さんの登場があったあと、奏ちゃんの表情が陰ったのはその直後だけで、それ以降は私と別れるまでいつもの明るい奏ちゃんだった。
だけど、私の気にしすぎなのかな?
私の大好きな明るい笑顔が、無理をしているように見えたのは……。
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