空に想いを乗せて

美和優希

文字の大きさ
上 下
39 / 85
第3章

初デート(4)

しおりを挟む
 動物園を出た私たちは、再び電車に揺られて喫茶店バロンに向かう。

 近くの駅まで帰ってきた時点では日が暮れかけていたけれど、いつも塾が終わる時間までは、さすがにまだ時間があるから。


「花梨、注文決まった?」

「えっと、じゃあカルボナーラにしようかな」

「ん。了解。おっちゃーん、注文~!」


 私の返事を聞くなり、頭上で手をヒラヒラさせて、店長の北原くんのお父さんを呼ぶ奏ちゃん。


 奏ちゃんは一通り注文内容を告げると、北原くんのお父さんが厨房の方へと姿を消すのを見届けてから口を開く。


「本当にここで良かった?」

「うん。一度、ここの料理も食べてみたかったし」


 喫茶店バロンは、喫茶店と言うだけあってそれほど品数は多くはないけれど、入り口のところのショーケースにパスタやらサンドイッチやらが飾られてるのを見て、一度食べてみたいなって思ってたんだ。


 それに、このあと二階で奏ちゃんのバンドの練習があることを考えても、いいかなって思って。


「なら、いいんだけど。気遣わせてたらごめんな」


 しばらくして、私の前にはカルボナーラ、奏ちゃんの前にはナポリタンが届く。


「ここのパスタ、喫茶店にしては美味いんだぜ?」

 そう言いながら、届いたパスタを口へと運ぶ奏ちゃん。


「わぁ、本当! 美味しい!」

 私も一口食べた瞬間に、感嘆の声が漏れる。


「だろ? 変なパスタ専門店よりいけると俺は思うんだ。花梨のも味見させて」

「え? ああ、うん」

「実は俺、そう言いながらここのカルボナーラは食べたことなくて。花梨も、俺の食べていいよ」


 奏ちゃんのフォークが、私のカルボナーラを絡め取る。

 私も、奏ちゃんのナポリタンをフォークに巻きつけるけれど……。

 なんだか今更だけど、こういうのって、いわゆる恋人同士って感じで緊張するよ……。


 そう、ドキドキとしていたとき、


「あれ? 奏ちゃんに委員長。こんなところで何してんだよ」


 一際強く、ドキンと胸が跳ねた。


「び、びっくりした~! 瑛ちゃんかよ。まだ早くね?」

 さすがの奏ちゃんも、北原くんの登場に目を見張る。


「まぁ夕飯でも食おうかなと。家帰っても誰もいねぇし」

 そう言って、私たちの座るボックス席からも近いカウンター席に腰を下ろす北原くん。


「瑛司、注文は?」

「カツカレー」


 いつの間にかカウンター前に来ていた北原くんのお父さんは、それだけ聞くと、再び奥へと入っていった。


「なんか悪いな。邪魔しに来たみたいで」

「ほんとだよ~。瑛ちゃん、空気読めよなぁ~」


 いかにも申し訳なさそうにこちらに言う北原くんに、奏ちゃんはふてくされたように返す。


「ま、俺はいないもんだとして、“あーん”でも“口移し”でもしながら続きを食べてくれよ」

「え、……っ!?」


 あ、あーんに、口移しっ!?


「ちょっ、瑛ちゃん。花梨をからかうの、やめろよな!」

「まさか委員長、今の真に受けたの? これだから真面目ちゃんは」


 奏ちゃんの言葉に、しれっと返す北原くん。


 真面目ちゃんって……。

 なんだかそんな風に言われるのはちょっと悲しい。

 私のイメージからして、仕方ないんだろうけど。


「瑛ちゃん! 花梨も気にしなくていいからな。花梨の良さは、俺が一番知ってるから」

「あ、ありがとう……」


 嬉しいような、情けないような……。

 鼻腔をくすぐるカレーの匂いを感じながらそう言うと、再び北原くんの鼻で笑うような声が耳に届いた。


「へーへー。お熱いことで。ごちそうさん」

「瑛司、食べるときは“いただきます”だろうが」


 タイミングよくそんな突っ込みが入って、視線を北原くんの方へと戻すと、ちょうど北原くんのお父さんがカツカレーを持ってきたところだった。


「ったく、親父、勝手に俺らの話に入ってくんじゃねぇよ」

「なんだ。誰が厚意でいつもお前らに場所提供してやってると思ってんだ」


 さすがにそう言い返されたとなれば、北原くんは何も言わずにひとつため息を落とした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

じれったい夜の残像

ペコかな
恋愛
キャリアウーマンの美咲は、日々の忙しさに追われながらも、 ふとした瞬間に孤独を感じることが増えていた。 そんな彼女の前に、昔の恋人であり今は経営者として成功している涼介が突然現れる。 再会した涼介は、冷たく離れていったかつての面影とは違い、成熟しながらも情熱的な姿勢で美咲に接する。 再燃する恋心と、互いに抱える過去の傷が交錯する中で、 美咲は「じれったい」感情に翻弄される。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

処理中です...