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第3章
初デート(2)
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だけど……。
「奏ちゃんは、今日の放課後は空いてるの?」
「え、うん。長期休暇終わってバイトもできないし、バンドの集まりは夜だから、それまでは」
“彼氏がいる”ことさえ否定的な雰囲気を出しているお父さんを見る限り、今日は美波の言う通り、またとない機会なのではないかと思った。
「奈穂のこともあるし、奏ちゃんさえよければなんだけど、……どこか行く?」
「……え?」
真ん丸な瞳を、さらに大きく見開く奏ちゃん。
「って、ごめんね。やっぱり、わがままかな」
これじゃあ奈穂のお迎えが終わるまで、待たせるようなもんだし。
「ううん、全然。ってか、大丈夫なの? 花梨の家、厳しいんじゃねぇの?」
「さっきも言ったじゃん。今日は塾が休みなのを忘れてたんだって。だから、今朝も今日は塾だって言って家を出てきてるし」
私の言葉に奏ちゃんは渋るような顔をしたけれど、少し考えるような素振りを見せたあと奏ちゃんはニカっと笑って口を開いた。
「じゃあ、花梨が妹ちゃんのお迎えが終わったあと、どっか行くか!」
そうして、突然決まった初デートの約束。
奈穂のお迎えを終えた私は、塾に行くのと同じカバンを持って、いつもと同じように家を出た。
『おねーちゃん、今日も頑張ってねー』
という、無邪気な奈穂の声に、少し罪悪感のようなものを感じながら。
またもやいつもと同じように、塾の方向へと急ぐ。
待ち合わせ場所は、喫茶店バロンのある近くの駅前。
少しでも不自然じゃないようにと、そうした。
って、なんだかここまでいろいろ考えると、本当に悪いことしてるみたいだけど……。
花町三丁目交差点で軽く手を合わせて、塾の傍の道路を通過して。私はいつもと比べ物にならないくらい軽やかな足取りで、奏ちゃんの待つ駅前へと向かった。
「ごめんね、お待たせ」
駅に着くと、ジーンズに黒のテーラードジャケットを羽織った私服姿の奏ちゃんが待っていた。
「あれ、奏ちゃん、私服……?」
「え、ああ。花梨とデートだと思ったらな、ちょっとチャリ飛ばして着替えてきた」
「えぇっ!? 私、制服のままなのに、なんかごめんね」
さすがに表面は塾に行くってことにしてるだけに、私服では来られなかった。
「いいよ。制服着て塾に行ってるはずの花梨が、私服で帰って怪しまれたらいけないし」
ふわりと奏ちゃんの手が差し出される。
「行こっか」
「……うん」
私は奏ちゃんの手を取ると、駅の中へと足を踏み入れた。
三駅ほど電車で揺られてたどり着いたのは、地元でも有名な動物園。
私と奏ちゃんは動物のふれ合いコーナーで、うさぎの餌やり体験に参加させてもらった。
うさぎの餌やりとか、小学生の頃の飼育当番とか思い出されて懐かしいなぁ。
目の前に寄ってきてくれた餌を食べる白うさぎを見て微笑んでいると、隣から奏ちゃんの声が響いた。
「うわぁっ!?」
「わっ、奏ちゃん、大丈夫?」
驚いて隣に目をやると、餌をあげようとした奏ちゃんにうさぎが飛びかかってきたみたい。
うさぎに体当たりされて、思わず尻餅をついた奏ちゃん。
うさぎは、奏ちゃんの手から離れたエサをガツガツと食べている。
「兄ちゃん、大丈夫か? そいつちょっと活発でねぇ」
慌てた様子で駆けつけてくるのは、ふれ合いコーナーの係の年配の男性。
「いえ、大丈夫ですよ~。俺があまりにも焦らしたから、待ちきれなかったんだと思います」
奏ちゃんは笑いながら、今もガツガツと餌を食べ続けるグレーのうさぎの頭を撫でる。
「まぁ、ケガがないなら良かった。今日はいつもより餌やり体験に来るお客さんが少なかったから、お腹空かせてたのかもしれん。お詫びと言うわけではないけど、餌、サービスしとくよ」
「おっ! ありがとうございまーすっ!」
係のおじさんから、新たに紙コップに入った餌をもらう奏ちゃん。
その様子を見ていると、係のおじさんは今度は私にも奏ちゃんに渡したのと同じカップを差し出してくる。
「ほら、姉ちゃんにも」
「え、私まで。なんだかすみません。ありがとうございます」
「しっかり楽しんでいってくださいね」
係のおじさんは私たちにペコリと頭を下げて、受付の方へと戻っていった。
そうこうしているうちに今度はさっきもいたグレーのうさぎだけでなく、他のうさぎもどういうわけか奏ちゃんの周りに群がってくる。
修学旅行のときはシカに好かれて、今日はうさぎに好かれる奏ちゃん。
「ふふふ」
「なに笑ってんの」
「ごめんね。奏ちゃんって、本当に人からも動物からも好かれてるなって思って」
「そう? ま、俺が一番好かれたいのも、好きなのも、花梨なんだけどな」
「……え!?」
加速する、胸の鼓動。
「あ、今ドキドキした?」
「も、もう! からかわないでよ!」
「俺は本気なんだけどな~」
奏ちゃんは、恥ずかしげもなくストレートな言葉をさらりと言って、ハハハと笑った。
うさぎの餌を全部やり終えるまで、私の胸のドキドキは止まることを知らないかのように、加速し続けていた。
「奏ちゃんは、今日の放課後は空いてるの?」
「え、うん。長期休暇終わってバイトもできないし、バンドの集まりは夜だから、それまでは」
“彼氏がいる”ことさえ否定的な雰囲気を出しているお父さんを見る限り、今日は美波の言う通り、またとない機会なのではないかと思った。
「奈穂のこともあるし、奏ちゃんさえよければなんだけど、……どこか行く?」
「……え?」
真ん丸な瞳を、さらに大きく見開く奏ちゃん。
「って、ごめんね。やっぱり、わがままかな」
これじゃあ奈穂のお迎えが終わるまで、待たせるようなもんだし。
「ううん、全然。ってか、大丈夫なの? 花梨の家、厳しいんじゃねぇの?」
「さっきも言ったじゃん。今日は塾が休みなのを忘れてたんだって。だから、今朝も今日は塾だって言って家を出てきてるし」
私の言葉に奏ちゃんは渋るような顔をしたけれど、少し考えるような素振りを見せたあと奏ちゃんはニカっと笑って口を開いた。
「じゃあ、花梨が妹ちゃんのお迎えが終わったあと、どっか行くか!」
そうして、突然決まった初デートの約束。
奈穂のお迎えを終えた私は、塾に行くのと同じカバンを持って、いつもと同じように家を出た。
『おねーちゃん、今日も頑張ってねー』
という、無邪気な奈穂の声に、少し罪悪感のようなものを感じながら。
またもやいつもと同じように、塾の方向へと急ぐ。
待ち合わせ場所は、喫茶店バロンのある近くの駅前。
少しでも不自然じゃないようにと、そうした。
って、なんだかここまでいろいろ考えると、本当に悪いことしてるみたいだけど……。
花町三丁目交差点で軽く手を合わせて、塾の傍の道路を通過して。私はいつもと比べ物にならないくらい軽やかな足取りで、奏ちゃんの待つ駅前へと向かった。
「ごめんね、お待たせ」
駅に着くと、ジーンズに黒のテーラードジャケットを羽織った私服姿の奏ちゃんが待っていた。
「あれ、奏ちゃん、私服……?」
「え、ああ。花梨とデートだと思ったらな、ちょっとチャリ飛ばして着替えてきた」
「えぇっ!? 私、制服のままなのに、なんかごめんね」
さすがに表面は塾に行くってことにしてるだけに、私服では来られなかった。
「いいよ。制服着て塾に行ってるはずの花梨が、私服で帰って怪しまれたらいけないし」
ふわりと奏ちゃんの手が差し出される。
「行こっか」
「……うん」
私は奏ちゃんの手を取ると、駅の中へと足を踏み入れた。
三駅ほど電車で揺られてたどり着いたのは、地元でも有名な動物園。
私と奏ちゃんは動物のふれ合いコーナーで、うさぎの餌やり体験に参加させてもらった。
うさぎの餌やりとか、小学生の頃の飼育当番とか思い出されて懐かしいなぁ。
目の前に寄ってきてくれた餌を食べる白うさぎを見て微笑んでいると、隣から奏ちゃんの声が響いた。
「うわぁっ!?」
「わっ、奏ちゃん、大丈夫?」
驚いて隣に目をやると、餌をあげようとした奏ちゃんにうさぎが飛びかかってきたみたい。
うさぎに体当たりされて、思わず尻餅をついた奏ちゃん。
うさぎは、奏ちゃんの手から離れたエサをガツガツと食べている。
「兄ちゃん、大丈夫か? そいつちょっと活発でねぇ」
慌てた様子で駆けつけてくるのは、ふれ合いコーナーの係の年配の男性。
「いえ、大丈夫ですよ~。俺があまりにも焦らしたから、待ちきれなかったんだと思います」
奏ちゃんは笑いながら、今もガツガツと餌を食べ続けるグレーのうさぎの頭を撫でる。
「まぁ、ケガがないなら良かった。今日はいつもより餌やり体験に来るお客さんが少なかったから、お腹空かせてたのかもしれん。お詫びと言うわけではないけど、餌、サービスしとくよ」
「おっ! ありがとうございまーすっ!」
係のおじさんから、新たに紙コップに入った餌をもらう奏ちゃん。
その様子を見ていると、係のおじさんは今度は私にも奏ちゃんに渡したのと同じカップを差し出してくる。
「ほら、姉ちゃんにも」
「え、私まで。なんだかすみません。ありがとうございます」
「しっかり楽しんでいってくださいね」
係のおじさんは私たちにペコリと頭を下げて、受付の方へと戻っていった。
そうこうしているうちに今度はさっきもいたグレーのうさぎだけでなく、他のうさぎもどういうわけか奏ちゃんの周りに群がってくる。
修学旅行のときはシカに好かれて、今日はうさぎに好かれる奏ちゃん。
「ふふふ」
「なに笑ってんの」
「ごめんね。奏ちゃんって、本当に人からも動物からも好かれてるなって思って」
「そう? ま、俺が一番好かれたいのも、好きなのも、花梨なんだけどな」
「……え!?」
加速する、胸の鼓動。
「あ、今ドキドキした?」
「も、もう! からかわないでよ!」
「俺は本気なんだけどな~」
奏ちゃんは、恥ずかしげもなくストレートな言葉をさらりと言って、ハハハと笑った。
うさぎの餌を全部やり終えるまで、私の胸のドキドキは止まることを知らないかのように、加速し続けていた。
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