空に想いを乗せて

美和優希

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第3章

初デート(1)

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 九月になり、夏休みが開けて二学期へと移り行く。


「どうしてこうも夏休み気分って抜けないかなぁ~」


 授業と授業の合間、隣の席の奏ちゃんが、うーんと天井に両手を突き上げて伸びをする。


「もう二学期入って一週間は経つけど、まだ慣れそうにない?」

「慣れない慣れない! 歌いて~ギター弾きて~」


 今度はそう言って、机に突っ伏す奏ちゃん。

 だけど、その顔がくるりとこちらへと向けられて、奏ちゃんの瞳が私をとらえる。


「でも、こうやって毎日当たり前のように花梨の傍にいられるのは嬉しい。このクラス、席替えは担任の気紛れだからな、永遠にセンセーの気が変わらないでほしいわ」


 ハハっとさらりと甘いことを言う奏ちゃんに、今度はどきりとさせられる。


「……そうだね」

 確かに、私もそれは嬉しい。


「うっわ。奏ちゃんと委員長って、学校ではいつもそうなのか?」

 その声に、私の隣にある廊下側の窓を見れば、開いた窓からこちらに身を乗り出す北原くんの姿が目に入る。


「瑛ちゃんこそ、いつからそこ居たんだよ。覗くなよな~?」

 席を立ち、廊下側の窓の傍に行く奏ちゃん。


「はぁ? 誰が覗くか、趣味悪ぃ。今朝、駿ちゃんに会ったんだけど、駅前のミニライブ、Wild Wolfも参加させてもらえることになったって」

「マジで!?」

 北原くんの言葉に、身を乗り出して喜ぶ奏ちゃん。

 奏ちゃんの話によると、増川先輩と新島先輩の大学の軽音楽部の企画に、奏ちゃんたちWild Wolfも参加させてもらえることになったんだそうだ。


「さすが駿ちゃんと咲姉だよな」


 増川先輩と新島先輩は、地元の同じ大学に通っている。

 軽音楽部の企画とは、喫茶店バロンの傍の駅の活性化のために、夜、そこで小さなライブをするというものらしい。


 増川先輩も新島先輩も決して大学の軽音楽部に入っているわけではないけれど、軽音楽部の人と交流があるために声をかけてもらえたんだそうだ。


「今年の文化祭は駿ちゃんも咲姉も卒業してしまってWild Wolfは出られねぇからな。マジでこういった機会をもらえるのはありがたいよな」


 うちの高校の文化祭は、在校生以外の人は参加することができない。

 そのため、必然的に今年は文化祭でWild Wolfの演奏を披露することは不可能だったのだ。


「よかったね、奏ちゃん」

「おう!」

 Wild Wolfが活躍できる場ができて、私も自分のことのように嬉しい……!


 でも、夜か……。

 この前、奏ちゃんのライブを見たのは、お祭りだったからまだよかったものの。

 基本、夜は塾以外の外出は、お父さんになかなか許してもらえないからなぁ。


「委員長は家が厳しいみたいだけど、塾の行き帰りの時間帯とかで行けそうなときがあれば、チラッと奏ちゃんのこと見てあげて」


 そう言って、北原くんは私に一枚のプリントを手渡す。そこには、今話していた企画についての詳細が書かれている。


 大学の軽音楽部主催の駅前のライブは、今月から三ヶ月、月二回のペースで行われるらしい。

 曜日や参加するバンドの組み合わせや順番は、毎回バラバラのようだった。


「少し先だけど、この十一月の一回目のライブの日は行けるかも」


 その日のライブは、Wild Wolfがトップバッターの18時から。

 塾の日と被るそのライブは、塾が19時スタートだということから考えても、見に行くにはベストな日時になっていた。


「マジで!? じゃあ、俺、そこはいつも以上にテンション上げまくるな!」


 私の言葉に、飛び跳ねるように喜んでくれる奏ちゃん。

 私は忘れないうちにカバンから手帳を取り出して、その日の欄にライブの時間帯をメモした。

 まだまだ少し先の予定。

 だけど、こうして奏ちゃんとの予定がひとつ増えることに、胸がワクワクしていた。


 *


 放課後、荷物をまとめていると、カバンの中でマナーモードにしている携帯電話が光っているのに気づいた。

 美波からだ。


『塾の休講日って、今日だったよね?』


 あ、そうだった……!


 時々、通っている塾では“休講日”といって、塾自体が閉まる日がある。

 前々から連絡されているのだけれど、完全に忘れてしまっていた。


 カバンから手帳を取り出して見ても、やっぱり今日の日付のところに“休講日”と書いてある。

 今朝もこの手帳を開いたはずなのに、すっかり見落としていたよ……!


『そうみたい。完全に頭から抜け落ちてたから、思い出させてくれた美波に感謝だよ』


 と、美波に返信する。


 まぁ、いきなり休講日だって言われたところで、特にやることもないんだけどね。

 そう思ってたとき。


「かーりんっ!」

「そ、奏ちゃん!?」

「これから帰んの?」

「うん」

「今日も塾か? 頑張りすぎないようにな」


 奏ちゃんは、黒板の隅に書かれた今日の日付と曜日を見て、励ますように私の背中をぽんぽんとする。


「あ、すっかり忘れてたんだけど、今日は塾お休みだったみたい」

「え、マジで!? じゃあ花梨は今日の放課後、フリー?」

「えっと、奈穂のお迎えに行くくらいかな」


 幼稚園のお迎えは、夏休みが終われば再び私の仕事。


「あー、そういえば妹ちゃん、いたんだっけ?」

「……うん」

「そっか」


 そのとき、再び携帯電話が光り、メールの受信を告げる。


「あ、ごめんね」

「ううん」


 一言断って、再び携帯電話に目を落とす。


『今日ならデートできるんじゃない? 柳澤くんと。忘れてたんだったなら、今日は塾がある予定で、家出てきてるんでしょ?』


 あ……。

 思わず奏ちゃんの顔を見る。


 いけないことだということは、わかってる。

 塾だってウソついて、出かけるだなんて。
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