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第3章
元メンバーの存在(1)
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夏休みもお盆を越えて、後半へと移り行く。
今日も私は、Wild Wolfの集まる喫茶店バロンに向かった。
お店の入り口から入って、店の隅にある扉の奥の階段を上って二階へと上がらせてもらい、少しだけ奏ちゃんと話して帰るのがお決まりのパターンだ。
二階へと上がる扉自体は“staff only”と書かれた札が付いているため、必ず北原くんのお父さんに一言声をかけてから入る必要がある。
バンドの練習時間は来てなくても、私がここを訪れるタイミングでは各々練習を始めていることが多いバンドメンバー。
そんな中お邪魔するのは申し訳ないなと思いながらも、奏ちゃんや他のメンバーの人たちがそれでもいいって言ってくれるから、お言葉に甘えて夏期講習の帰りに顔を出して帰るのは続いている。
やっぱり少しでも奏ちゃんに会えるなら、私も会いたいし……。
今日は恒例の塾のテストだったため、通常の夏期講習の終わる時間帯より少し早い。
少し時間に余裕があることから、私はWild Wolfの皆さんへの差し入れの小菓子を片手に、喫茶店の扉をくぐった。
「おーっ、花梨ちゃん! いらっしゃーい。今日は少し早いんだねー」
喫茶店にもいつもよりも早く着いたからなのか、今日は例外的に喫茶店の中に入った瞬間に、栗色ヘアーの増川先輩の声が飛んできた。
視界に飛び込むのも、いつもの時間帯には二階にいるはずのWild Wolfのメンバー。
六人がけのカウンター席の端から、北原くん、増川先輩、新島先輩の順に座っている。
「こんにちは」
思いがけない光景に驚きつつ、いつも二階で練習をしていることを思えば、Wild Wolfのメンバーがここを利用していることは不思議じゃない。
現に、私も夏祭りの夜はここで皆さんと会話をしたのだから。
そして、それと同時に急ぎ足で厨房の方から出てきたのは、白ワイシャツに黒いズボン、黒い蝶ネクタイという格好の奏ちゃんだ。
「いらっしゃいませ。……って、花梨!?」
奏ちゃんは慌てたようにお店の時計を確認すると、「ちょっと早くね!? どうしたの?」と口にする。
「あ、ごめんね。今日、塾のテストだったからいつもと終わる時間が違って……。バイト中にごめんね」
何となく奏ちゃんのバイトが終わるまで待たせてもらおうかと思って早めに来てしまったけれど、奏ちゃんにとっては迷惑だったかもしれないと今更ながらに後悔する。
「ううん、へーき。来てくれて嬉しい。どうぞ」
そう言って奏ちゃんが案内してくれたのは、Wild Wolfのメンバーも座るカウンター席。
私は「失礼します」と新島先輩に一声かけて、奏ちゃんに勧められた新島先輩の隣の空いた席に腰を下ろす。
「俺ももう少しでバイト終わるから、良かったらみんなと話して待っててもらえるかな」
「うん、ごめんね」
「だから、俺は花梨に会えて嬉しいから良いって。で、注文は?」
「あ、アイスコーヒーひとつ」
「かしこまりました」
奏ちゃんは丁寧にそうこたえると、厨房の方へ戻っていった。
バイトしてるとは聞いてたけど、何だかいつもと違う大人びた空気に思わず胸がドキリとする。
思わず奏ちゃんが消えていった厨房の方を見ていると、少しして今度は北原くんのお父さんが出てきてアイスコーヒーを私の前に置いてくれた。
「いらっしゃい。花梨ちゃんもゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」
「奏ちゃんには今上がってもらったから、すぐ来ると思うよ」
「……え? あ、はい」
思いがけない言葉をもらって驚く私に、北原くんのお父さんは穏やかな笑みを浮かべて厨房に戻っていく。
「さすがおっちゃん、空気読めてるな~」
北原くんのお父さんが厨房に消えたのと同時に増川先輩が言った言葉に、北原くんが少し呆れたように口を開く。
「空気読めてるっつーか、無駄なお節介が多いんだよな、親父は」
「まぁ、奏ちゃんがそれで喜んでるならいいんじゃない? 花梨ちゃんも私たちの中に一人だと居づらいだろうし」
新島先輩がこちらを向いて、特徴的な猫目風の瞳を細める。
「そんなことないので、大丈夫です……」
私は思わずそう返したけれど、実を言うとWild Wolfのメンバーたちの中にこうして居ることは、何だかんだで緊張する。
その時その時で、その場にいるメンバーとは話してはいるのだけど、こんな風に皆さんの輪の中に入れてもらうことにはまだ慣れない。
何となく皆さんの視線が自然とこちらを向いていて、私はこのタイミングで鞄の中から用意していた小菓子の入った箱を皆さんの方へ差し出した。
「あの、これよかったら、皆さんで」
「うおっ! サンキューな! とりあえず一階の店内は持ち込みの飲食はダメだから、また上で食べるわ!」
真っ先にそんな風に喜んで、こちらに身を乗り出してまで小菓子を手に取ったのは、増川先輩。
「ちょっと、駿ちゃん! あたしを押し退けてまであんたが受け取らなくてもよくない!? 花梨ちゃんの隣には、あたしが座ってるっていうのに」
増川先輩がこちらに手を伸ばしたときに、新島先輩は完全に踏み台のようにされていたから、怒るのも無理はない。
「そう怒るなよ~」
「明らかに今のは駿ちゃんが悪いでしょ」
そんな増川先輩を横目に、呆れたようにため息を吐き出すのは北原くん。
今日も私は、Wild Wolfの集まる喫茶店バロンに向かった。
お店の入り口から入って、店の隅にある扉の奥の階段を上って二階へと上がらせてもらい、少しだけ奏ちゃんと話して帰るのがお決まりのパターンだ。
二階へと上がる扉自体は“staff only”と書かれた札が付いているため、必ず北原くんのお父さんに一言声をかけてから入る必要がある。
バンドの練習時間は来てなくても、私がここを訪れるタイミングでは各々練習を始めていることが多いバンドメンバー。
そんな中お邪魔するのは申し訳ないなと思いながらも、奏ちゃんや他のメンバーの人たちがそれでもいいって言ってくれるから、お言葉に甘えて夏期講習の帰りに顔を出して帰るのは続いている。
やっぱり少しでも奏ちゃんに会えるなら、私も会いたいし……。
今日は恒例の塾のテストだったため、通常の夏期講習の終わる時間帯より少し早い。
少し時間に余裕があることから、私はWild Wolfの皆さんへの差し入れの小菓子を片手に、喫茶店の扉をくぐった。
「おーっ、花梨ちゃん! いらっしゃーい。今日は少し早いんだねー」
喫茶店にもいつもよりも早く着いたからなのか、今日は例外的に喫茶店の中に入った瞬間に、栗色ヘアーの増川先輩の声が飛んできた。
視界に飛び込むのも、いつもの時間帯には二階にいるはずのWild Wolfのメンバー。
六人がけのカウンター席の端から、北原くん、増川先輩、新島先輩の順に座っている。
「こんにちは」
思いがけない光景に驚きつつ、いつも二階で練習をしていることを思えば、Wild Wolfのメンバーがここを利用していることは不思議じゃない。
現に、私も夏祭りの夜はここで皆さんと会話をしたのだから。
そして、それと同時に急ぎ足で厨房の方から出てきたのは、白ワイシャツに黒いズボン、黒い蝶ネクタイという格好の奏ちゃんだ。
「いらっしゃいませ。……って、花梨!?」
奏ちゃんは慌てたようにお店の時計を確認すると、「ちょっと早くね!? どうしたの?」と口にする。
「あ、ごめんね。今日、塾のテストだったからいつもと終わる時間が違って……。バイト中にごめんね」
何となく奏ちゃんのバイトが終わるまで待たせてもらおうかと思って早めに来てしまったけれど、奏ちゃんにとっては迷惑だったかもしれないと今更ながらに後悔する。
「ううん、へーき。来てくれて嬉しい。どうぞ」
そう言って奏ちゃんが案内してくれたのは、Wild Wolfのメンバーも座るカウンター席。
私は「失礼します」と新島先輩に一声かけて、奏ちゃんに勧められた新島先輩の隣の空いた席に腰を下ろす。
「俺ももう少しでバイト終わるから、良かったらみんなと話して待っててもらえるかな」
「うん、ごめんね」
「だから、俺は花梨に会えて嬉しいから良いって。で、注文は?」
「あ、アイスコーヒーひとつ」
「かしこまりました」
奏ちゃんは丁寧にそうこたえると、厨房の方へ戻っていった。
バイトしてるとは聞いてたけど、何だかいつもと違う大人びた空気に思わず胸がドキリとする。
思わず奏ちゃんが消えていった厨房の方を見ていると、少しして今度は北原くんのお父さんが出てきてアイスコーヒーを私の前に置いてくれた。
「いらっしゃい。花梨ちゃんもゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」
「奏ちゃんには今上がってもらったから、すぐ来ると思うよ」
「……え? あ、はい」
思いがけない言葉をもらって驚く私に、北原くんのお父さんは穏やかな笑みを浮かべて厨房に戻っていく。
「さすがおっちゃん、空気読めてるな~」
北原くんのお父さんが厨房に消えたのと同時に増川先輩が言った言葉に、北原くんが少し呆れたように口を開く。
「空気読めてるっつーか、無駄なお節介が多いんだよな、親父は」
「まぁ、奏ちゃんがそれで喜んでるならいいんじゃない? 花梨ちゃんも私たちの中に一人だと居づらいだろうし」
新島先輩がこちらを向いて、特徴的な猫目風の瞳を細める。
「そんなことないので、大丈夫です……」
私は思わずそう返したけれど、実を言うとWild Wolfのメンバーたちの中にこうして居ることは、何だかんだで緊張する。
その時その時で、その場にいるメンバーとは話してはいるのだけど、こんな風に皆さんの輪の中に入れてもらうことにはまだ慣れない。
何となく皆さんの視線が自然とこちらを向いていて、私はこのタイミングで鞄の中から用意していた小菓子の入った箱を皆さんの方へ差し出した。
「あの、これよかったら、皆さんで」
「うおっ! サンキューな! とりあえず一階の店内は持ち込みの飲食はダメだから、また上で食べるわ!」
真っ先にそんな風に喜んで、こちらに身を乗り出してまで小菓子を手に取ったのは、増川先輩。
「ちょっと、駿ちゃん! あたしを押し退けてまであんたが受け取らなくてもよくない!? 花梨ちゃんの隣には、あたしが座ってるっていうのに」
増川先輩がこちらに手を伸ばしたときに、新島先輩は完全に踏み台のようにされていたから、怒るのも無理はない。
「そう怒るなよ~」
「明らかに今のは駿ちゃんが悪いでしょ」
そんな増川先輩を横目に、呆れたようにため息を吐き出すのは北原くん。
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