空に想いを乗せて

美和優希

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第3章

波乱を呼ぶ甘いキス(2)

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「ごめんね、ちょっといい?」


 胸の中で醜い葛藤をしていたけれど、いざその場に来たら、やっぱり私には素通りなんてできなかった。

 いつものように、そこで足を止める。

 そして、その信号機の下に供えられている花の方に一礼して、いつものように両手を合わせた。


 私が手を合わせ終えるまで、何も言わなかった柳澤くん。


「ここって三年前、事故があった場所だよね」


 柳澤くんの声に隣を見れば、柳澤くんも手を合わせて目の前の車の行き交う交差点を見つめていた。


「柳澤くんも知ってるんだ」

「まぁ……」


 柳澤くんは昔、この近くに住んでいたらしいし、知っていても何も不思議じゃない。


「委員長はいつもここで手を合わせてんの?」

「うん」

「何で?」

「何でって……」


 何でって聞かれて、また私の中で再び葛藤がわき起こる。

 私の不注意で、過去亡くなった人がいるって。私はあのお兄さんの命を犠牲にして今を生きてるんだって知られたら、軽蔑されるんじゃないかって、不安になったから。


 だけど黙ってるのは、もっといけない気がした。

 柳澤くんに対しても、だけど。


「……その事故で亡くなった人に、私、助けられたの」


 ──それ以上に、あのお兄さんに悪いかな、って。


「青信号でこの交差点を渡ってたときに、信号無視のトラックが突っ込んできて……」


 少しずつ薄暗くなる中、視界を左右に横切る車のライトが涙でにじむ。


「青信号だからって、油断してた私がいけなかったの。だけど私が死ぬんだって思ったときには、私の命はその事故で亡くなったお兄さんに助けられてたんだ……」


 こんな説明で伝わったかな……?

 そして柳澤くんは、こんな話を聞かされて何を思った?


 柳澤くんの顔を見るのが怖いけど、何も言わない柳澤くんからは何の感情も伝わってこなくて不安が募る。


 思いきって顔を上げて柳澤くんの顔を見ると、柳澤くんはとても悲しそうな表情で交差点を見つめているだけだった。


 私の視線に気づいたのか、少しだけ顔をこちらに向けて柳澤くんは口を開く。


「そうだったんだ……。それは、辛かったな……」


 それでも私から視線はそらしたままの柳澤くんの姿に、胸が痛む。


 ようやく私の姿を瞳に映した柳澤くんは、少し苦しげに口を開いた。


「……何も気の利いたこと言えなくてごめん。でも委員長は、ずっとその事故のことを忘れずに、今まで生きてきたんだね」

「……さすがの柳澤くんも、この話聞いて私のこと軽蔑したよね? 人の命を犠牲にして生きてる、だなんて……」


 だけど次の瞬間には、私は柳澤くんの温かいぬくもりに包まれていた。

 苦しいくらいに、力強く。


「……大丈夫、だから。そんなこと言わないで。俺がこんなこと言えるかわかんないけどさ、その兄ちゃんのことを忘れずにいてくれる、それだけで充分だと思う。だからそれ以上、罪悪感から自分を責めないで」

「そう、かな……」


 私、そんなに自分のこと責めてるように見えたかな?


「そうだよ。委員長を罪悪感で苦しませるために、委員長を助けたわけじゃないんだからさ」

「うん……」


 私が柳澤くんへの想いを受け入れるときも、美波に同じようなことを言われたな……。


 でもそれを改めて柳澤くんの口から聞いて、少しだけ気持ちが軽くなった。


 花町三丁目交差点からは、なんとなく会話が少なくなってしまった。

 だけど、今も変わらずに繋がれている手に、不安にならずに済んでいる。

 気づけばもう、私の家の前の通りまで来てしまっていた。


「あそこなの、私の家」


 ここからも見える、数件先のところに建っている赤い屋根のお家。


「あそこが委員長家か。本当に学校からも近いんだね」

「そうだね、徒歩通学だし。柳澤くんは、このあとも歩いて帰るの?」


 柳澤くんは本来なら学校まで自転車通学。

 話を聞く限り、私の家から柳澤くんの家までも結構距離があるように思うけど……。


「俺はまた駅前まで戻って自転車で帰るよ。実は喫茶店バロンに、停めさせてもらってるんだ」

「ええっ!? そうだったの!? そうとは知らずに、なんかごめんね……」

「ううん。だって自転車あると、こうしづらいだろ?」


 柳澤くんがさらりとそんなことを言ったときには、私はすでに柳澤くんの腕の中にいた。
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