28 / 85
第3章
波乱を呼ぶ甘いキス(1)
しおりを挟む
Wild Wolfが練習で使わせてもらっている喫茶店バロンは、塾から徒歩10分のところにある。
塾から家に帰るには遠回りになってしまうけれど、私はあの日から時々柳澤くんに会いに行くようになっていた。
って言っても、本当に二言三言交わして帰るだけだ。
柳澤くん自体は、ちょうどこの時間帯はバイトとバンド練習の合間に当たる時間だから大丈夫だと言ってくれている。
けれど、いくら夏期講習中で塾の終わる時間帯が夕方とはいえ、ちょっと遅くなればお父さんの帰ってくる時間帯になってしまうからだ。
ほんのわずかな時間は顔を見る程度のものだけど、それでも全く会えないかもと落胆していた夏休みに、こうして何度も顔を合わせることができるのはとても嬉しい。
この日もまた柳澤くんに会いに行こうと思いながら、塾の出入口をくぐった。
「いいんちょー、お疲れっ」
すると、外に出た瞬間、思いがけない人物が現れて、思わず目を見張った。
「や、柳澤くん……!?」
驚く私の顔を見て、してやったりな感じで笑う柳澤くん。
「何々花梨~、とうとう塾のお迎えまで頼んだの~? この幸せ者め~!」
「そ、そんなんじゃないからっ!」
にたりと笑いながら私の腕を肘でつつく美波に、思わず言い返す。
「柳澤くんと付き合いだしてから、本当に花梨、明るくなったもんね。前までの真面目で暗い印象が嘘みたいだもん」
「そう?」
真面目で暗い……って。
一番仲のいい美波にそう言われるって、私、周りからどれだけそんな風に見られてたんだろう……?
「そうそう。じゃあ仲睦まじい二人の邪魔をしたら悪いし、私は別で帰るわね~」
ヒラヒラと私と柳澤くんに手を振って、有無を言わさずにそそくさと歩いていってしまった美波。
「何かごめん。別に坂原さんを追い出すつもりじゃなかったんだけど……。迷惑じゃなかった?」
美波の歩いていった先を見て、心配げに眉を下げる柳澤くん。
「ううん。美波は大丈夫だよ。私と柳澤くんのこと、すごく応援してくれてるし」
美波には気を使わせちゃったし、また改めてお礼言っとかなきゃな。
「それならいいけど」
「びっくりしたけど、来てくれて嬉しかったよ。ありがとう」
「いーって。まぁ、迷惑じゃなかったなら良かった」
「今日は、バンドの方は? 今からまたあの喫茶店に顔を出しに行こうと思ってたんだけど」
「今日は先輩らの都合がつかなくて、お休みになったんだ」
はい、と差し出されたのは、いつかもこうやって手渡してもらったウサギパン。
「これは差し入れ。俺こそいつも、会いに来てもらってるし」
「ありがとう」
「じゃあ、行こっか」
そっと差し出された手を握り、歩き始めた。
塾から私の家までは、徒歩15分。
いつもは長く感じる帰り道も、柳澤くんと一緒なら一瞬で家についてしまいそうな気がしてしまう。
「委員長ん家って、こっち?」
「そうそう、よくわかったね」
「んー、まぁ。なんとなく?」
夕焼け空に照らされる柳澤くんは、ハハッと得意気に笑う。
「でも普段は、いつもこの道を夜遅くに帰ってるんだな。できるなら夜道を委員長一人で歩かせたくないし、二学期始まったら適当にバンドの予定調整してもらおうかな~」
「……え、何もそこまでしなくても。いつもは美波と帰ってることがほとんどだし、大丈夫だよ」
「そっか。委員長とこうして会えるなら、とも思ったけど、坂原さんから委員長のことを奪うのも悪いもんな~」
恥ずかしいけど嬉しいなぁ……こういうセリフ……。
耳まで赤くなってるんだろうなって思ってしまうくらいにドキドキする……。
「……今日は、自転車じゃないんだね」
柳澤くんの家からは距離の離れた喫茶店バロン。
いつもは自転車で行き来してるみたいなのに、今日は私の隣をギターを背負って歩いている。
「まぁ。委員長の家と塾とがそんなに離れてないって聞いて、たまには少しでも長く話したいとか思ってさ……。自転車の方が良かった?」
「ううん、ありがとう」
ドキドキしすぎて話題をそらしたはずが、さらにドキドキさせられてしまった。
そうやって楽しく話しているうちにも、大通りに差し掛かり、例の花町三丁目交差点が近づいてくる。
信号機の下に供えられた花は、塾に行くときに見たのとは違う新しいものに変わっている。
私が塾で授業を受けている間に、遺族の人か誰か来たのかな……?
今日は柳澤くんが隣にいる。
柳澤くんには、できれば知られたくない過去。
だけど──。
塾から家に帰るには遠回りになってしまうけれど、私はあの日から時々柳澤くんに会いに行くようになっていた。
って言っても、本当に二言三言交わして帰るだけだ。
柳澤くん自体は、ちょうどこの時間帯はバイトとバンド練習の合間に当たる時間だから大丈夫だと言ってくれている。
けれど、いくら夏期講習中で塾の終わる時間帯が夕方とはいえ、ちょっと遅くなればお父さんの帰ってくる時間帯になってしまうからだ。
ほんのわずかな時間は顔を見る程度のものだけど、それでも全く会えないかもと落胆していた夏休みに、こうして何度も顔を合わせることができるのはとても嬉しい。
この日もまた柳澤くんに会いに行こうと思いながら、塾の出入口をくぐった。
「いいんちょー、お疲れっ」
すると、外に出た瞬間、思いがけない人物が現れて、思わず目を見張った。
「や、柳澤くん……!?」
驚く私の顔を見て、してやったりな感じで笑う柳澤くん。
「何々花梨~、とうとう塾のお迎えまで頼んだの~? この幸せ者め~!」
「そ、そんなんじゃないからっ!」
にたりと笑いながら私の腕を肘でつつく美波に、思わず言い返す。
「柳澤くんと付き合いだしてから、本当に花梨、明るくなったもんね。前までの真面目で暗い印象が嘘みたいだもん」
「そう?」
真面目で暗い……って。
一番仲のいい美波にそう言われるって、私、周りからどれだけそんな風に見られてたんだろう……?
「そうそう。じゃあ仲睦まじい二人の邪魔をしたら悪いし、私は別で帰るわね~」
ヒラヒラと私と柳澤くんに手を振って、有無を言わさずにそそくさと歩いていってしまった美波。
「何かごめん。別に坂原さんを追い出すつもりじゃなかったんだけど……。迷惑じゃなかった?」
美波の歩いていった先を見て、心配げに眉を下げる柳澤くん。
「ううん。美波は大丈夫だよ。私と柳澤くんのこと、すごく応援してくれてるし」
美波には気を使わせちゃったし、また改めてお礼言っとかなきゃな。
「それならいいけど」
「びっくりしたけど、来てくれて嬉しかったよ。ありがとう」
「いーって。まぁ、迷惑じゃなかったなら良かった」
「今日は、バンドの方は? 今からまたあの喫茶店に顔を出しに行こうと思ってたんだけど」
「今日は先輩らの都合がつかなくて、お休みになったんだ」
はい、と差し出されたのは、いつかもこうやって手渡してもらったウサギパン。
「これは差し入れ。俺こそいつも、会いに来てもらってるし」
「ありがとう」
「じゃあ、行こっか」
そっと差し出された手を握り、歩き始めた。
塾から私の家までは、徒歩15分。
いつもは長く感じる帰り道も、柳澤くんと一緒なら一瞬で家についてしまいそうな気がしてしまう。
「委員長ん家って、こっち?」
「そうそう、よくわかったね」
「んー、まぁ。なんとなく?」
夕焼け空に照らされる柳澤くんは、ハハッと得意気に笑う。
「でも普段は、いつもこの道を夜遅くに帰ってるんだな。できるなら夜道を委員長一人で歩かせたくないし、二学期始まったら適当にバンドの予定調整してもらおうかな~」
「……え、何もそこまでしなくても。いつもは美波と帰ってることがほとんどだし、大丈夫だよ」
「そっか。委員長とこうして会えるなら、とも思ったけど、坂原さんから委員長のことを奪うのも悪いもんな~」
恥ずかしいけど嬉しいなぁ……こういうセリフ……。
耳まで赤くなってるんだろうなって思ってしまうくらいにドキドキする……。
「……今日は、自転車じゃないんだね」
柳澤くんの家からは距離の離れた喫茶店バロン。
いつもは自転車で行き来してるみたいなのに、今日は私の隣をギターを背負って歩いている。
「まぁ。委員長の家と塾とがそんなに離れてないって聞いて、たまには少しでも長く話したいとか思ってさ……。自転車の方が良かった?」
「ううん、ありがとう」
ドキドキしすぎて話題をそらしたはずが、さらにドキドキさせられてしまった。
そうやって楽しく話しているうちにも、大通りに差し掛かり、例の花町三丁目交差点が近づいてくる。
信号機の下に供えられた花は、塾に行くときに見たのとは違う新しいものに変わっている。
私が塾で授業を受けている間に、遺族の人か誰か来たのかな……?
今日は柳澤くんが隣にいる。
柳澤くんには、できれば知られたくない過去。
だけど──。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
じれったい夜の残像
ペコかな
恋愛
キャリアウーマンの美咲は、日々の忙しさに追われながらも、
ふとした瞬間に孤独を感じることが増えていた。
そんな彼女の前に、昔の恋人であり今は経営者として成功している涼介が突然現れる。
再会した涼介は、冷たく離れていったかつての面影とは違い、成熟しながらも情熱的な姿勢で美咲に接する。
再燃する恋心と、互いに抱える過去の傷が交錯する中で、
美咲は「じれったい」感情に翻弄される。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる