空に想いを乗せて

美和優希

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第3章

波乱を呼ぶ甘いキス(1)

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 Wild Wolfが練習で使わせてもらっている喫茶店バロンは、塾から徒歩10分のところにある。


 塾から家に帰るには遠回りになってしまうけれど、私はあの日から時々柳澤くんに会いに行くようになっていた。

 って言っても、本当に二言三言交わして帰るだけだ。


 柳澤くん自体は、ちょうどこの時間帯はバイトとバンド練習の合間に当たる時間だから大丈夫だと言ってくれている。


 けれど、いくら夏期講習中で塾の終わる時間帯が夕方とはいえ、ちょっと遅くなればお父さんの帰ってくる時間帯になってしまうからだ。


 ほんのわずかな時間は顔を見る程度のものだけど、それでも全く会えないかもと落胆していた夏休みに、こうして何度も顔を合わせることができるのはとても嬉しい。


 この日もまた柳澤くんに会いに行こうと思いながら、塾の出入口をくぐった。



「いいんちょー、お疲れっ」


 すると、外に出た瞬間、思いがけない人物が現れて、思わず目を見張った。


「や、柳澤くん……!?」


 驚く私の顔を見て、してやったりな感じで笑う柳澤くん。


「何々花梨~、とうとう塾のお迎えまで頼んだの~? この幸せ者め~!」

「そ、そんなんじゃないからっ!」


 にたりと笑いながら私の腕を肘でつつく美波に、思わず言い返す。


「柳澤くんと付き合いだしてから、本当に花梨、明るくなったもんね。前までの真面目で暗い印象が嘘みたいだもん」

「そう?」


 真面目で暗い……って。

 一番仲のいい美波にそう言われるって、私、周りからどれだけそんな風に見られてたんだろう……?


「そうそう。じゃあ仲睦まじい二人の邪魔をしたら悪いし、私は別で帰るわね~」 

 ヒラヒラと私と柳澤くんに手を振って、有無を言わさずにそそくさと歩いていってしまった美波。


「何かごめん。別に坂原さんを追い出すつもりじゃなかったんだけど……。迷惑じゃなかった?」

 美波の歩いていった先を見て、心配げに眉を下げる柳澤くん。


「ううん。美波は大丈夫だよ。私と柳澤くんのこと、すごく応援してくれてるし」


 美波には気を使わせちゃったし、また改めてお礼言っとかなきゃな。


「それならいいけど」

「びっくりしたけど、来てくれて嬉しかったよ。ありがとう」

「いーって。まぁ、迷惑じゃなかったなら良かった」

「今日は、バンドの方は? 今からまたあの喫茶店に顔を出しに行こうと思ってたんだけど」

「今日は先輩らの都合がつかなくて、お休みになったんだ」


 はい、と差し出されたのは、いつかもこうやって手渡してもらったウサギパン。


「これは差し入れ。俺こそいつも、会いに来てもらってるし」

「ありがとう」

「じゃあ、行こっか」


 そっと差し出された手を握り、歩き始めた。


 塾から私の家までは、徒歩15分。

 いつもは長く感じる帰り道も、柳澤くんと一緒なら一瞬で家についてしまいそうな気がしてしまう。


「委員長ん家って、こっち?」

「そうそう、よくわかったね」

「んー、まぁ。なんとなく?」


 夕焼け空に照らされる柳澤くんは、ハハッと得意気に笑う。


「でも普段は、いつもこの道を夜遅くに帰ってるんだな。できるなら夜道を委員長一人で歩かせたくないし、二学期始まったら適当にバンドの予定調整してもらおうかな~」

「……え、何もそこまでしなくても。いつもは美波と帰ってることがほとんどだし、大丈夫だよ」

「そっか。委員長とこうして会えるなら、とも思ったけど、坂原さんから委員長のことを奪うのも悪いもんな~」


 恥ずかしいけど嬉しいなぁ……こういうセリフ……。

 耳まで赤くなってるんだろうなって思ってしまうくらいにドキドキする……。


「……今日は、自転車じゃないんだね」

 柳澤くんの家からは距離の離れた喫茶店バロン。

 いつもは自転車で行き来してるみたいなのに、今日は私の隣をギターを背負って歩いている。


「まぁ。委員長の家と塾とがそんなに離れてないって聞いて、たまには少しでも長く話したいとか思ってさ……。自転車の方が良かった?」

「ううん、ありがとう」


 ドキドキしすぎて話題をそらしたはずが、さらにドキドキさせられてしまった。


 そうやって楽しく話しているうちにも、大通りに差し掛かり、例の花町三丁目交差点が近づいてくる。


 信号機の下に供えられた花は、塾に行くときに見たのとは違う新しいものに変わっている。


 私が塾で授業を受けている間に、遺族の人か誰か来たのかな……?


 今日は柳澤くんが隣にいる。

 柳澤くんには、できれば知られたくない過去。


 だけど──。
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