空に想いを乗せて

美和優希

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第2章

夏祭りの舞台(1)

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 修学旅行が終わると、私たちの学校は夏休みに入った。

 夏休みになると私は塾の夏期講習に追われて、一方で柳澤くんも忙しいみたいで、なかなか会う時間を持てていないのが現実だ。


 塾の夏期講習は、学校があるときと違って日中に行われる。


 ちょうど空が夕焼け色に染まる頃。塾の最後の授業を終えた私は、カバンの中に入れてあった携帯電話が光っているのに気づいた。



「なになに? 今日のお祭りの予選、通った?」

「み、美波……!」


 ちょうど私が読んだ液晶の上に表示された文字と、同じ文章が耳元で聞こえて後ろをふり返る。



「も、もうっ! 勝手に覗かないでよね!」

「ごめんごめん。いや、今までほとんどスマホなんて“持ってるだけ”みたいだった花梨が、そのスマホを真剣に見てるもんだから、気になっちゃって」


 彼氏から? と聞かれてうなずくと、やっぱり~とニヤリと笑う美波。


「お祭りって、そこの運動公園で行われてるやつ、だよね?」

「うん。柳澤くん、バンドを組んでてね、このお祭りの催しに出られることになったみたい」


 この塾の近くにある、わりと大きな運動公園。

 そこで毎年夏に行われているお祭りでは、地元の人たちがステージ上で、歌や踊りを披露する催しがある。

 だけど、その有志のステージに出ようと思う人は結構多いみたいで、毎年倍率が高くて“予選”といった形で20組程度に絞られるらしい。

 それに応募した、柳澤くんたちのバンドWild Wolf。

 今日のお昼過ぎに予選だと言ってたけど、本当に通ったんだ……!


「じゃあ、花梨はこのあとお祭りに行くの?」

「うん。一応、今日はお祭りに行くかもって家には言って出てきてるし」


 Wild Wolfがその有志のステージに立つのは初めてではないらしいけど、実は私はそのお祭りには行ったことがない。

 去年の文化祭でもWild Wolfのステージを見逃した私としては、このチャンスは逃したくなかった。


「おお! さすが仕事が早いね! 花梨のところ、お父さんだいぶ厳しいみたいだけど、大丈夫だったんだ」

「多分……。あまり乗り気じゃなかったけど、夏休み直前の学力テストでなんとか挽回できたから」


 そう。修学旅行明けの夏休みに入る直前に行われた塾の学力テストでは、頑張った甲斐もあって、何とかお父さんの期待通りの成績を取ることができたんだ。


「花梨、めちゃくちゃ勉強してたもんね。じゃあ、私もその柳澤くんを見てみたいし、ついてっちゃおっかな」


 まるで語尾に音符でもついてるようにそう言った美波。


「あんまり冷やかさないでよ?」


 でも、一人で行くのもちょっと心細いなって思ってたから、少しホッとしたのも事実。


 私たちは、いつもの帰り道とは反対方向にある運動公園のにぎわいの方へと歩みを進めるのだった。


 運動公園はさすがお祭りなだけあって、浴衣を着てる人たちであふれ返っている。

 浴衣を着てなくても、みんなオシャレに着飾っている人たちばかりで……。


「なんだか、私たち浮いて見えるね」


 私たちの通う塾は、基本的に高校の制服で通うというルールになっている。


 だから、私は白ブラウスに深緑のチェックのプリーツスカートで、美波は赤いリボンのついたセーラー服、といった格好。


 確かに美波の言う通りこのお祭りの空気の中、私たちの姿はかなり場違いのように見える。


「そうだね。でもまぁ、柳澤くんのステージだけ見たら帰る予定だし」


 柳澤くんのステージは、20組いるうちの3組目と結構早い段階で順番がやってくるらしい。


 今は18時15分。

 この催し自体が、18時から始まっていて、一組10分の持ち時間らしいから、もうこの次が柳澤くんたちの回ということになる。


 18時前まで塾の授業を受けていたことを思えば、本当にギリギリここに着いたということだ。


 なんとか人混みを潜り抜けて、ステージの見える位置まで移動する。


 柳澤くんのステージのひとつ前のグループは手品をやっていて、その手品を少し見たあと、柳澤くんたちの番になる。


 簡易的に作られたステージの隅に寄せられていた、マイクやスピーカー、ドラムやキーボードが定位置につく。
 

 初めて見る光景にドキドキしてるのか、この場の雰囲気が緊張感に包まれてるのかはわからない。

 だけど、これから始まる柳澤くんのステージに、思わず息を呑んだ。


 照明の落とされたステージのそれぞれの位置に、人がスタンバイするのがうっすらと見えたあと、司会の女の人にスポットが照らされる。
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