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第1章
揺れる想い(2)
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「えっ!? 何!? とうとう花梨に恋心が芽生えたってこと!?」
すると、すぐさま私と並んで歩く彼女の瞳が、真ん丸に見開かれた。
「ちょ、声大きいって! それに、そんなに驚くこと?」
「そりゃ驚くよ! だって花梨って、本当に中学の頃から勉強一筋というか何ていうか、浮わついた話なんて一切なかったもん。あの事故のことがあってから花梨、余計にそんなところがあったから、私なりに心配してたんだよ~」
美波も、あの日の事故のことを知っている。
実際、あの事故のあと、気持ちが塞ぎ込んでしまった私を元気づけてくれたのも彼女だった。
そんな美波は驚いてはいるものの、冷やかすような素振りはなく、まるでホッとしているような風に見える。
そうこう話しているうちに、例の事故のあった花町三丁目交差点が目の前に見えてきた。
まばらに交錯する自動車のライトに照らされる、今日も変わらずに傍の信号機に供えられた花束。
私が毎度のように足を止めて手を合わせると、美波もそれにならって手を合わせているようだった。
「……まさか花梨、その柳澤くんって人との恋に一歩踏み出せないのって、今もあの事故のことを引きずってるから?」
私が手を合わせ終えるなり、その沈黙を美波が破った。
さっきまでのテンション高い声とは違う、真面目な声で。
まだ柳澤くんのことしか話してないのに、私の心の葛藤まで言い当てられて、本当に美波には驚かされる。
「……まぁ。でも、気にしない方が難しいでしょ。私の不注意で起こった事故でお兄さんは亡くなって、恋人同士だった二人を引き裂いたんだから。そんな私が恋だなんて、許されるのかなって考えちゃうよ」
信号機の花束から視線を上げると、美波のどこか悲しげな表情が目に入る。
「そんな顔しないでよ。美波は何も悪くないじゃない」
「だって、あの事故は信号無視の運転手が起こした事故でしょ? むしろ、花梨もあの事故の被害者じゃない……」
「見方によったらそうだけど、お兄さんたちから見たら、私も立派な加害者だよ」
「いつも言ってるけど、私はそうは思わないよ。だって、お兄さんは花梨を助けてくれた人なんでしょ?」
「そうだけど……」
「だって自分を犠牲にしてまで、見ず知らずの花梨を助けてくれた人なんだよ? そんな優しい人が、花梨にそんな生き方をすることを望んでいると、私は思えないんだけど」
お兄さんはきっとものすごくいい人だったんだろうな、とは思っている。
だけど、だからといって美波のように考えるのは、あまりにも都合が良すぎるような気もして、やっぱりそんな風には思えなかった。
お兄さんは、私も美波も話したことすらない赤の他人だった人。
だからこそ、すべて憶測でしかなくて、美波の言葉も綺麗事と言ってしまえば、そうなのだろうと思ってしまう自分もいる。
「今の花梨でも、充分すぎるくらい事故のことで苦しみながら生きてるんだから、花梨はもう少し自分の気持ちに素直に生きなよ。そのくらい、許されると私は思うよ」
「そうかな……」
「そうだよ。私がお兄さんの立場だったら、自分の助けた相手が自分のせいで辛い想いしてる方が嫌だもん」
「ふふっ、なんか美波らしいね」
「そう? 花梨が変に堅すぎるんだよ。そんなに自分を追い詰めてたら、いつか潰れちゃうよ?」
「……そ、だね」
「うんうん。だから、どんどん柳澤くんにはアピールして、この際付き合っちゃいなさい!」
ドンと励まされるように、背中を押される。
「え。だから、柳澤くんとはそういうんじゃ……」
「聞いてたら、結構良い感じに聞こえたけど? それで、柳澤くんに花梨の心の傷を癒してもらっちゃいなさい!」
「そ、そんな……」
美波のように考えられたら、私も少しは楽になれるんだろうな……。
美波がいなかったら、私はずっと自分の頭の中だけでぐるぐるぐるぐる考えて、それこそ潰れていたかもしれない。
美波には、本当に感謝してる……。
*
「こんな遅くまで、どこに行っていたんだ!」
家に到着するなり飛んでくるのは、お父さんの怒声。
美波に話を聞いてもらってた分、若干いつもよりも帰りが遅くなってしまったからだ。
「この前のテストの結果も悪かったくせに、たるんでるんじゃないか!?」
「ちょっと、お父さん!」
そこで、私とお父さんの間に割り込むように入ってきたお母さん。
「お父さん、花梨も帰ってきたことだし、さっさとお風呂入っちゃって? 花梨も、お腹すいてる? 晩ごはんあるわよ?」
「ううん、ありがとう。今はいいかな」
お母さんの言葉に、無言でお風呂場の方へと歩いていったお父さんの姿を横目に、私は自分の部屋に直行した。
最近の私は、たるんでると言われれば、そうなのかもしれない。
私は一体、どうするべきなんだろう……?
『花梨はもう少し自分の気持ちに素直に生きなよ』
『自分の助けた相手が自分のせいで辛い想いしてる方が、私は嫌だけどなぁ』
頭の中を反芻する美波の言葉。
どうするべき、じゃなくて。どうしたいのか、なのかな……?
私、間違ってるのかな。
わからない。
私は一体、どうしたいんだろう……?
私はどうするのが一番、お兄さんたちに対する償いになるのかな……。
それでも、意に反して頭の中を占めるのは、柳澤くんの存在。
とりあえず今日は考えるのをやめて、私は深い眠りに落ちた。
すると、すぐさま私と並んで歩く彼女の瞳が、真ん丸に見開かれた。
「ちょ、声大きいって! それに、そんなに驚くこと?」
「そりゃ驚くよ! だって花梨って、本当に中学の頃から勉強一筋というか何ていうか、浮わついた話なんて一切なかったもん。あの事故のことがあってから花梨、余計にそんなところがあったから、私なりに心配してたんだよ~」
美波も、あの日の事故のことを知っている。
実際、あの事故のあと、気持ちが塞ぎ込んでしまった私を元気づけてくれたのも彼女だった。
そんな美波は驚いてはいるものの、冷やかすような素振りはなく、まるでホッとしているような風に見える。
そうこう話しているうちに、例の事故のあった花町三丁目交差点が目の前に見えてきた。
まばらに交錯する自動車のライトに照らされる、今日も変わらずに傍の信号機に供えられた花束。
私が毎度のように足を止めて手を合わせると、美波もそれにならって手を合わせているようだった。
「……まさか花梨、その柳澤くんって人との恋に一歩踏み出せないのって、今もあの事故のことを引きずってるから?」
私が手を合わせ終えるなり、その沈黙を美波が破った。
さっきまでのテンション高い声とは違う、真面目な声で。
まだ柳澤くんのことしか話してないのに、私の心の葛藤まで言い当てられて、本当に美波には驚かされる。
「……まぁ。でも、気にしない方が難しいでしょ。私の不注意で起こった事故でお兄さんは亡くなって、恋人同士だった二人を引き裂いたんだから。そんな私が恋だなんて、許されるのかなって考えちゃうよ」
信号機の花束から視線を上げると、美波のどこか悲しげな表情が目に入る。
「そんな顔しないでよ。美波は何も悪くないじゃない」
「だって、あの事故は信号無視の運転手が起こした事故でしょ? むしろ、花梨もあの事故の被害者じゃない……」
「見方によったらそうだけど、お兄さんたちから見たら、私も立派な加害者だよ」
「いつも言ってるけど、私はそうは思わないよ。だって、お兄さんは花梨を助けてくれた人なんでしょ?」
「そうだけど……」
「だって自分を犠牲にしてまで、見ず知らずの花梨を助けてくれた人なんだよ? そんな優しい人が、花梨にそんな生き方をすることを望んでいると、私は思えないんだけど」
お兄さんはきっとものすごくいい人だったんだろうな、とは思っている。
だけど、だからといって美波のように考えるのは、あまりにも都合が良すぎるような気もして、やっぱりそんな風には思えなかった。
お兄さんは、私も美波も話したことすらない赤の他人だった人。
だからこそ、すべて憶測でしかなくて、美波の言葉も綺麗事と言ってしまえば、そうなのだろうと思ってしまう自分もいる。
「今の花梨でも、充分すぎるくらい事故のことで苦しみながら生きてるんだから、花梨はもう少し自分の気持ちに素直に生きなよ。そのくらい、許されると私は思うよ」
「そうかな……」
「そうだよ。私がお兄さんの立場だったら、自分の助けた相手が自分のせいで辛い想いしてる方が嫌だもん」
「ふふっ、なんか美波らしいね」
「そう? 花梨が変に堅すぎるんだよ。そんなに自分を追い詰めてたら、いつか潰れちゃうよ?」
「……そ、だね」
「うんうん。だから、どんどん柳澤くんにはアピールして、この際付き合っちゃいなさい!」
ドンと励まされるように、背中を押される。
「え。だから、柳澤くんとはそういうんじゃ……」
「聞いてたら、結構良い感じに聞こえたけど? それで、柳澤くんに花梨の心の傷を癒してもらっちゃいなさい!」
「そ、そんな……」
美波のように考えられたら、私も少しは楽になれるんだろうな……。
美波がいなかったら、私はずっと自分の頭の中だけでぐるぐるぐるぐる考えて、それこそ潰れていたかもしれない。
美波には、本当に感謝してる……。
*
「こんな遅くまで、どこに行っていたんだ!」
家に到着するなり飛んでくるのは、お父さんの怒声。
美波に話を聞いてもらってた分、若干いつもよりも帰りが遅くなってしまったからだ。
「この前のテストの結果も悪かったくせに、たるんでるんじゃないか!?」
「ちょっと、お父さん!」
そこで、私とお父さんの間に割り込むように入ってきたお母さん。
「お父さん、花梨も帰ってきたことだし、さっさとお風呂入っちゃって? 花梨も、お腹すいてる? 晩ごはんあるわよ?」
「ううん、ありがとう。今はいいかな」
お母さんの言葉に、無言でお風呂場の方へと歩いていったお父さんの姿を横目に、私は自分の部屋に直行した。
最近の私は、たるんでると言われれば、そうなのかもしれない。
私は一体、どうするべきなんだろう……?
『花梨はもう少し自分の気持ちに素直に生きなよ』
『自分の助けた相手が自分のせいで辛い想いしてる方が、私は嫌だけどなぁ』
頭の中を反芻する美波の言葉。
どうするべき、じゃなくて。どうしたいのか、なのかな……?
私、間違ってるのかな。
わからない。
私は一体、どうしたいんだろう……?
私はどうするのが一番、お兄さんたちに対する償いになるのかな……。
それでも、意に反して頭の中を占めるのは、柳澤くんの存在。
とりあえず今日は考えるのをやめて、私は深い眠りに落ちた。
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