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第1章
そこは別世界(1)
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はらはらと桜舞う季節。
私は、高校生活二年目の春を迎えていた。
今日、ラストの授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
教室内がざわつきはじめるのと同時に、私の名前が呼ばれた。
「おーい、岸本。岸本 花梨」
「はい」
「悪いけど、昨日の課題を全員分集めて、資料室に運んでおいてくれ」
「わかりました」
クラスのみんなの課題を運ぶのは、クラス委員長を任された私のお決まりの仕事。
仕事って言っても、先生やクラスの雑用めいた仕事ばかりなんだけれど。
一通りクラスメイトの課題を集め終えると、それらをまとめて両腕で抱えるようにして持つ。
教室から一歩廊下へ出ようとしたところで、クラスメイトの一人に呼び止められた。
「委員長ーっ! 忘れたと思ってたら、俺の課題、カバンの奥底から出てきたーっ!!」
クラス委員長をやってる私のあだ名は、委員長。
一年生の頃からクラス委員長をやってるせいなのか、真面目な性格がたたってなのか、周りから私は何故かお堅いイメージがついてしまっているみたい。
“委員長”だなんて堅苦しく呼ばれると何だか距離を取られているように感じて少し寂しいけど、気づいたときにはみんな私をそう呼んでいて、修正できそうになかった。
「はい、この上乗せて」
こちらに走ってきたクラスメイトに、今私が抱えているノートの山に彼自身のノートを乗せてもらうと、私は再び資料室へ歩みを進めた。
資料室にたどり着くと、先ほど私にこの課題を集めて持ってくるように頼んだ先生の使っている机の上に課題を置く。
これで今日のクラス委員長としての仕事は終了。
資料室をあとにして、荷物を取りに教室に戻ろうと廊下を歩く。
窓から感じる暖かい風を感じていたとき、ふいに一際強い風が吹いた。
「あ……っ」
それと同時に、私の視界の隅に赤い布切れのようなものが舞うのが映る。
ふり返って見ると、それは私の首もとに締めていたはずの制服のリボンだった。
きちんと締めていたはずなのに、いつの間にほどけてしまったんだろう……?
風は絶え間なく全開の窓から入り込み、掴もうとする度に遠くへ飛ばされるリボン。
まるで風に弄ばれるようにリボンを追いかけているうちに、私はいつもは来ることがない西校舎の方まで来てしまっていた。
この学校は、西校舎、南校舎、東校舎の四階建ての三つの校舎が連なっている。先程リボンが飛ばされた場所は、南校舎の最上階にある資料室を出てすぐのことだったから、今の風で数十メートルほど私のネクタイのリボンは飛ばされてしまったということだ。
西校舎の四階は少子化のために今となっては使われていない空き教室が多いため、驚くほど人気がない。
そういうこともあって、西校舎の四階部分は何となく他と違う空気が流れているように感じさせられる。部活動の生徒の声さえほとんど聞こえなくて、自分の足音だけが不気味に響いているようにさえ感じた。
なんか気味が悪いな。早く教室戻ろう……。
そう思いながら西校舎に入ってすぐの階段脇まで飛ばされてしまったリボンを手に取り、首もとに結び直す。
そのとき、不意に頭上から微かに誰かの声が聞こえた。
~~♪ ~♪、~~♪
耳を済ませば、誰かの歌声のようだ。
まさか合唱部?
一瞬そう思うが、合唱部の練習場所の音楽室があるのは東校舎の一階。さすがに距離的にも離れていることから、合唱部の声が西校舎の最上階まで届くとは思えない。
それに微かに聴こえる歌声は、さらに上に続く階段の先から聞こえてくる。
透き通るような、男性の歌声。
この上は、屋上のはずだ。
本当なら早く西校舎から出るつもりだったが、私はまるで歌声に導かれるように屋上への階段に足をかけた。
屋上へ続く階段は本来立入禁止で、今までの自分なら絶対に踏み入れることのなかった空間。
だけどこの歌声の正体を一目見たくて、体が勝手に動いていた。
そのくらい私の耳は、その歌声に惹きつけられていた。
『立入禁止』と書かれた札も無視して、屋上へと繋がるドアに手をかける。
すると、難無くそのドアは小さな音を立てて開いた。
初めて足を踏み入れる屋上。
その瞬間、スッと胸に入り込む歌声に、思わず瞳を閉じた。
程よく力強くて、柔らかい。
だからといって甘すぎない、そんな歌声。
そしてその声に綺麗に溶け込む、ギターの音色。
空に近い、四階建ての校舎の屋上。
その音色は、まるでこの空に吸い込まれていくようだった。
そっと目を開けて、音の聴こえる方へ歩みを進める。
声の主を、一目見たかったから……。
物陰から、そっとその姿を覗く。
「え……、柳澤くん?」
そこに見えた人の姿に、私は思わず目を丸くした。
そこに居たのは、クラスメイトの柳澤 奏真くんだった。
柳澤くんは自然な亜麻色のふわふわの髪に、整った目鼻立ちの持ち主。
さらに持ち前の人懐っこさで、男女問わずクラスの人気者だ。
確か、去年の文化祭では先輩たちとバンドを組んでステージで歌ってからはファンクラブなんてものも存在してるとかなんとか……。
私はそのときは文化祭実行委員の仕事を引き受けていたのもあって、柳澤くんの歌を実際に聴いたわけじゃないけれど、今まで聞こえていた歌声からファンクラブができるのも納得してしまった。
けれど私がこの場に立ち入ってすぐ、今まで聞こえていた演奏はフッと鳴りやんでしまった。
あまりにも不自然にメロディーが途切れたのと同時に、ギョッとした様子で柳澤くんがこちらを振り向いた。
私は、高校生活二年目の春を迎えていた。
今日、ラストの授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
教室内がざわつきはじめるのと同時に、私の名前が呼ばれた。
「おーい、岸本。岸本 花梨」
「はい」
「悪いけど、昨日の課題を全員分集めて、資料室に運んでおいてくれ」
「わかりました」
クラスのみんなの課題を運ぶのは、クラス委員長を任された私のお決まりの仕事。
仕事って言っても、先生やクラスの雑用めいた仕事ばかりなんだけれど。
一通りクラスメイトの課題を集め終えると、それらをまとめて両腕で抱えるようにして持つ。
教室から一歩廊下へ出ようとしたところで、クラスメイトの一人に呼び止められた。
「委員長ーっ! 忘れたと思ってたら、俺の課題、カバンの奥底から出てきたーっ!!」
クラス委員長をやってる私のあだ名は、委員長。
一年生の頃からクラス委員長をやってるせいなのか、真面目な性格がたたってなのか、周りから私は何故かお堅いイメージがついてしまっているみたい。
“委員長”だなんて堅苦しく呼ばれると何だか距離を取られているように感じて少し寂しいけど、気づいたときにはみんな私をそう呼んでいて、修正できそうになかった。
「はい、この上乗せて」
こちらに走ってきたクラスメイトに、今私が抱えているノートの山に彼自身のノートを乗せてもらうと、私は再び資料室へ歩みを進めた。
資料室にたどり着くと、先ほど私にこの課題を集めて持ってくるように頼んだ先生の使っている机の上に課題を置く。
これで今日のクラス委員長としての仕事は終了。
資料室をあとにして、荷物を取りに教室に戻ろうと廊下を歩く。
窓から感じる暖かい風を感じていたとき、ふいに一際強い風が吹いた。
「あ……っ」
それと同時に、私の視界の隅に赤い布切れのようなものが舞うのが映る。
ふり返って見ると、それは私の首もとに締めていたはずの制服のリボンだった。
きちんと締めていたはずなのに、いつの間にほどけてしまったんだろう……?
風は絶え間なく全開の窓から入り込み、掴もうとする度に遠くへ飛ばされるリボン。
まるで風に弄ばれるようにリボンを追いかけているうちに、私はいつもは来ることがない西校舎の方まで来てしまっていた。
この学校は、西校舎、南校舎、東校舎の四階建ての三つの校舎が連なっている。先程リボンが飛ばされた場所は、南校舎の最上階にある資料室を出てすぐのことだったから、今の風で数十メートルほど私のネクタイのリボンは飛ばされてしまったということだ。
西校舎の四階は少子化のために今となっては使われていない空き教室が多いため、驚くほど人気がない。
そういうこともあって、西校舎の四階部分は何となく他と違う空気が流れているように感じさせられる。部活動の生徒の声さえほとんど聞こえなくて、自分の足音だけが不気味に響いているようにさえ感じた。
なんか気味が悪いな。早く教室戻ろう……。
そう思いながら西校舎に入ってすぐの階段脇まで飛ばされてしまったリボンを手に取り、首もとに結び直す。
そのとき、不意に頭上から微かに誰かの声が聞こえた。
~~♪ ~♪、~~♪
耳を済ませば、誰かの歌声のようだ。
まさか合唱部?
一瞬そう思うが、合唱部の練習場所の音楽室があるのは東校舎の一階。さすがに距離的にも離れていることから、合唱部の声が西校舎の最上階まで届くとは思えない。
それに微かに聴こえる歌声は、さらに上に続く階段の先から聞こえてくる。
透き通るような、男性の歌声。
この上は、屋上のはずだ。
本当なら早く西校舎から出るつもりだったが、私はまるで歌声に導かれるように屋上への階段に足をかけた。
屋上へ続く階段は本来立入禁止で、今までの自分なら絶対に踏み入れることのなかった空間。
だけどこの歌声の正体を一目見たくて、体が勝手に動いていた。
そのくらい私の耳は、その歌声に惹きつけられていた。
『立入禁止』と書かれた札も無視して、屋上へと繋がるドアに手をかける。
すると、難無くそのドアは小さな音を立てて開いた。
初めて足を踏み入れる屋上。
その瞬間、スッと胸に入り込む歌声に、思わず瞳を閉じた。
程よく力強くて、柔らかい。
だからといって甘すぎない、そんな歌声。
そしてその声に綺麗に溶け込む、ギターの音色。
空に近い、四階建ての校舎の屋上。
その音色は、まるでこの空に吸い込まれていくようだった。
そっと目を開けて、音の聴こえる方へ歩みを進める。
声の主を、一目見たかったから……。
物陰から、そっとその姿を覗く。
「え……、柳澤くん?」
そこに見えた人の姿に、私は思わず目を丸くした。
そこに居たのは、クラスメイトの柳澤 奏真くんだった。
柳澤くんは自然な亜麻色のふわふわの髪に、整った目鼻立ちの持ち主。
さらに持ち前の人懐っこさで、男女問わずクラスの人気者だ。
確か、去年の文化祭では先輩たちとバンドを組んでステージで歌ってからはファンクラブなんてものも存在してるとかなんとか……。
私はそのときは文化祭実行委員の仕事を引き受けていたのもあって、柳澤くんの歌を実際に聴いたわけじゃないけれど、今まで聞こえていた歌声からファンクラブができるのも納得してしまった。
けれど私がこの場に立ち入ってすぐ、今まで聞こえていた演奏はフッと鳴りやんでしまった。
あまりにも不自然にメロディーが途切れたのと同時に、ギョッとした様子で柳澤くんがこちらを振り向いた。
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