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8.エピローグ
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「……どうした?」
「ううん。写真を見て、昔の亮也を思い出してただけ」
「昔って……。俺は今も昔も大して変わらないだろ」
「そうだね。亮也の優しいところとかたまに意地悪なところはそのままだなって思う。だけど、まさかあのときの亮也が藤崎製菓の跡継ぎとして副社長になってるだなんて思わなかったなぁ」
いくら亮也が勉強ができたとはいえ、全く想像できなかった。
もしかしたら私が思い出せてないところがあるだけなのかもしれないけど、当時付き合ってた頃は藤崎製菓の話なんて一切していなかったように思う。
亮也はそんな私を見て、少しおどけたように口を開く。
「驚いた?」
「そりゃ驚くよ! 最初は記憶がなかったから何も疑問に思ってなかったけど、思い出したあとはちょっと信じられなかった」
「そっか。まぁ、あの頃は叔父から俺に藤崎製菓に来ないかと声はかかっていたとはいえ、たまに長期休みを利用して仕事を手伝わせてもらうことはあっても、実際にそこで働いていくビジョンはまだ描けてなかったからな」
「そうなの?」
「まぁな。でも、俺のことを思い出すことがなくても、どこかで“俺の大切な人”が自分たちが生み出したお菓子を食べて笑ってくれてたらいいなと思ったのが、藤崎製菓の跡取りの話を受けようと思ったきっかけかな」
「え……?」
亮也の“大切な人”は私だった。
そのことから考えても、うぬぼれでもなくそれって私のこと、だよね……?
そう気づいた途端、かああと顔が熱くなる。
「もう! からかわないでよね!」
「からかってない。本当のことだ」
あまりに亮也が真剣な声で言うものだから、何だか余計に恥ずかしくなってしまって何も言い返せなくなってしまった。
火照ってしまった顔の熱を冷まそうと、手であおいで顔に向かって風を送る。
そして、その赤くなってしまった顔を亮也に見られないように、顔を窓の外の方に向けた。
亮也はそんな私を見て、クスクスと笑ったのだった。
*
「ここって……」
高速道路を降りて広がった景色は、都内に比べると随分と田舎らしさの残る土地だった。
そこからさらに車で小一時間ほど行くと、私が記憶をなくす前に好きだったオムライス屋さんの駐車場にたどり着いたのだ。
「そう。紗和が記憶をなくしたあとここに来てたかどうかは知らないけど、好きだっただろ?」
そうだ。記憶をなくしたあとはこのオムライス屋さんの存在も忘れて、私はここに来ることはなかった。
もともとこのお店は亮也に教えてもらったお店で、家から少し離れている上に、覚えてない限り自分からここに来ることは考えられないような隠れ家的な場所にあるんだ。
「うん。本当に久しぶり。学生時代に亮也と来たのが最後だったよ」
あれから何年も経ったのに、建物の外観も昔と大きく変わっていない。
中に入っても、それは同じだった。
少し模様替えはしているものの、机や椅子などの配置は昔と大きく変わらないように見える。
何だか身体は大人のまま過去にタイムスリップしたような空間に思わず感動を覚えた。
「今日は本物のここの料理を楽しんで」
案内された席に座ると、亮也は私にメニュー表を渡してくれる。
久しぶりに食べたこのお店のオムライスは絶妙だった。
卵のとろけ具合や、バターライスの味やデミグラスソースのコクとか、何を取っても虜にされてしまうくらいの魅力があった。
だけど、記憶を取り戻してからここのオムライス屋さんのこともオムライスの味も思い出していたというのに、どうして今まで気づかなかったのだろう?
一緒に住み始めた日の夜に振る舞ってもらったオムライスが、ここのお店のものに味も見た目もよく似ていたことに。
「亮也のところに私を住まわせてもらうことになった最初の日、亮也が作ってくれたオムライスって……」
「そうだ。ここの、紗和が好きだったオムライスを再現したつもりだ」
「でも、どうやって? まさか亮也は食べたものをそのまま再現して作る能力を持ってるとか?」
「俺はエスパーかよ」
さすがに料理屋さんが自らレシピを配るなんて考えられない。思わずそう聞いてみるけれど、亮也には吹き出すように笑われてしまった。
でもそれなら何だというのだろう?
「ううん。写真を見て、昔の亮也を思い出してただけ」
「昔って……。俺は今も昔も大して変わらないだろ」
「そうだね。亮也の優しいところとかたまに意地悪なところはそのままだなって思う。だけど、まさかあのときの亮也が藤崎製菓の跡継ぎとして副社長になってるだなんて思わなかったなぁ」
いくら亮也が勉強ができたとはいえ、全く想像できなかった。
もしかしたら私が思い出せてないところがあるだけなのかもしれないけど、当時付き合ってた頃は藤崎製菓の話なんて一切していなかったように思う。
亮也はそんな私を見て、少しおどけたように口を開く。
「驚いた?」
「そりゃ驚くよ! 最初は記憶がなかったから何も疑問に思ってなかったけど、思い出したあとはちょっと信じられなかった」
「そっか。まぁ、あの頃は叔父から俺に藤崎製菓に来ないかと声はかかっていたとはいえ、たまに長期休みを利用して仕事を手伝わせてもらうことはあっても、実際にそこで働いていくビジョンはまだ描けてなかったからな」
「そうなの?」
「まぁな。でも、俺のことを思い出すことがなくても、どこかで“俺の大切な人”が自分たちが生み出したお菓子を食べて笑ってくれてたらいいなと思ったのが、藤崎製菓の跡取りの話を受けようと思ったきっかけかな」
「え……?」
亮也の“大切な人”は私だった。
そのことから考えても、うぬぼれでもなくそれって私のこと、だよね……?
そう気づいた途端、かああと顔が熱くなる。
「もう! からかわないでよね!」
「からかってない。本当のことだ」
あまりに亮也が真剣な声で言うものだから、何だか余計に恥ずかしくなってしまって何も言い返せなくなってしまった。
火照ってしまった顔の熱を冷まそうと、手であおいで顔に向かって風を送る。
そして、その赤くなってしまった顔を亮也に見られないように、顔を窓の外の方に向けた。
亮也はそんな私を見て、クスクスと笑ったのだった。
*
「ここって……」
高速道路を降りて広がった景色は、都内に比べると随分と田舎らしさの残る土地だった。
そこからさらに車で小一時間ほど行くと、私が記憶をなくす前に好きだったオムライス屋さんの駐車場にたどり着いたのだ。
「そう。紗和が記憶をなくしたあとここに来てたかどうかは知らないけど、好きだっただろ?」
そうだ。記憶をなくしたあとはこのオムライス屋さんの存在も忘れて、私はここに来ることはなかった。
もともとこのお店は亮也に教えてもらったお店で、家から少し離れている上に、覚えてない限り自分からここに来ることは考えられないような隠れ家的な場所にあるんだ。
「うん。本当に久しぶり。学生時代に亮也と来たのが最後だったよ」
あれから何年も経ったのに、建物の外観も昔と大きく変わっていない。
中に入っても、それは同じだった。
少し模様替えはしているものの、机や椅子などの配置は昔と大きく変わらないように見える。
何だか身体は大人のまま過去にタイムスリップしたような空間に思わず感動を覚えた。
「今日は本物のここの料理を楽しんで」
案内された席に座ると、亮也は私にメニュー表を渡してくれる。
久しぶりに食べたこのお店のオムライスは絶妙だった。
卵のとろけ具合や、バターライスの味やデミグラスソースのコクとか、何を取っても虜にされてしまうくらいの魅力があった。
だけど、記憶を取り戻してからここのオムライス屋さんのこともオムライスの味も思い出していたというのに、どうして今まで気づかなかったのだろう?
一緒に住み始めた日の夜に振る舞ってもらったオムライスが、ここのお店のものに味も見た目もよく似ていたことに。
「亮也のところに私を住まわせてもらうことになった最初の日、亮也が作ってくれたオムライスって……」
「そうだ。ここの、紗和が好きだったオムライスを再現したつもりだ」
「でも、どうやって? まさか亮也は食べたものをそのまま再現して作る能力を持ってるとか?」
「俺はエスパーかよ」
さすがに料理屋さんが自らレシピを配るなんて考えられない。思わずそう聞いてみるけれど、亮也には吹き出すように笑われてしまった。
でもそれなら何だというのだろう?
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