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7.繋がる想い

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 ここから一番近い私の家までは、十分弱。

 この程度の雨なら傘なしでもいけるくらいだった。


 だけど、駅を飛び出してから急ぎ足で進んでいたものの、五分程したところで、突然バケツをひっくり返したような雨が降ってきたんだ。


「どうしよう……」

「とりあえず、ここに入らせてもらおう」


 彼が私の手を引いて急いで連れて行ってくれたのは、二階建てのようになっているモータープールの一階部分だった。

 二階には屋根はついてない構造だけど、一階は二階部分が屋根のかわりになって、少し雨宿りができるようになっている。


「少し弱まるまで待つか」


 彼がモータープールの管理人さんに事情を説明すると、くれぐれも車には注意してくださいという注意を受けたあと、とりあえずここで雨をしのぐ許可をもらえた。


 この辺にはこれといって雨宿りにと気軽に入れそうなお店はなかったから助かった。

 いわゆる住宅街で家やマンションが多いから、あるのは道路を挟んで少し行った先にあるコンビニくらいだ。


 そこまで考えたとき、ハッと思った。

 そういえばつい最近、この通りを渡って少し行ったところに新しいコンビニがオープンしたばかりだ。


「この道路渡って少し行ったところにコンビニがオープンしたのを思い出したの! ここから走ってすぐだし、私、そこで傘買ってくるね!」


 コンビニなら、こんな夕立時にはビニール傘が売られているのをよく目にしたことがある。

 きっとすぐそこのコンビニでも、夕立が降っている今、同じようにビニール傘を売っているんじゃないかと思った。


「本当か? ならあとで買いに行こう。今はまだ雨も強いし、視界も悪い」

「でも、それだといつまでもここで待ちぼうけになるかもしれないんだよ?」


 元はといえば私がタクシーは嫌だとわがままを言ったのが原因だったのだから、少しでも彼のために動きたかった。


「そうだけど……」

「大丈夫だから! ひとっ走りで買ってくるから、ここで待っててよ」

「ちょっと待てって!」


 私は彼の静止を聞かずに一目散にコンビニに向かって走り出した。

 だけど、それが間違いだったんだ。


 一歩屋根のないところに飛び出した瞬間、身体に雨が横殴りで刺さる。



「紗和、止まれ!」


 一刻も早くコンビニまで往復してきたいのに、私が走り出してすぐ、彼はまるで切羽詰まったようにそう呼び止めた。


「すぐ戻るから!」


 雨が強すぎることから、私は彼の方を見向きもせずにそうこたえる、けれど……。



「そうじゃない! 危ない!」


 ファァァァァァァァァァァァァァァン!


 そのとき、彼の悲鳴のような声とともにクラクションの音が突然耳に割り込んできた。


 私は、雨をしのぐために頭に添えていた腕が邪魔をして、気づいていなかったんた。今、目の前から走ってきていた対向車の存在に。


 あ、と思ったときにはすぐ目の前に、黒い乗用車が迫っていた。



「紗和ーーーーーーっ!」


 ドンと弾かれるような鈍い音。それとほぼ間を空けずに私は地面に倒れ込んだ。



 冷たい雨の感触とは違う温かい感触が皮膚に伝うのを感じて、いつの間にか閉じていた目を開ける。


 その瞬間視界に飛び込んだ光景に、息をするのさえ忘れてしまうようだった。

 目の前にあったのは、私の代わりに犠牲になった亮也の姿だったのだから。さっきまで一緒にいた彼の身体は赤く染まっていくばかりで微動だにしない。


 どうしてと一瞬思ったけれど、パニックを起こしている頭でもすぐにわかった。

 彼の位置からは対向車の存在も見えていたんだ。

 それに気づいた彼は、その車の存在に気づいていなかった私を見て助けるために来てくれたんだ。


 目を閉じてぐったりとした彼の頬に、雨とも私の涙とも区別がつかない冷たい雫が次々とこぼれ落ちる。


 私のせいだ……。


 ごめんなさい。ごめんなさい。

 ごめんなさいで済む話ではないけれど。


 私がちゃんと亮也の言うことを聞いていれば、こんなことにはならなかったのに……。


 とてつもなく、頭が痛い。

 だけど、きっと亮也の方が痛いから。

 私は動かない亮也に覆い被さるようにして、愛しい彼に後悔の涙を流した。


 こちらに駆けてくる人の声が、救急車のサイレンの鳴る音が、どこか遠くに聞こえている。


 全ての時が、止まったかのようだった──。
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