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5.熱い抱擁
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*
結局あれから副社長と課長の真相についてはわからないまま、日だけが過ぎていった。
そんな中、パーティーから一週間ほどが過ぎた日曜日の昼過ぎのことだった。
私がスーパーに食材を買い足しに行こうと冷蔵庫の中を確認していると、突然副社長に声をかけられた。
「それ、買い物メモ?」
「あ、はい……。買い置きしていた冷蔵庫の中身も減ってきたので……」
そもそも副社長がキッチンの方に来ていることに気づいていなかった私の心臓は、あり得ないくらいに飛び跳ねた。
「そうか。それなら今日は俺が行ってくるから、木下さんはゆっくりしてて。夜も俺がご馳走するから」
「……え? でも、そんなの悪いです」
「悪くない。いつもいろいろしてもらってるし、たまにはこのくらいのことさせてくれ。特に、ここのところのきみは疲れも溜まっているみたいだから、ゆっくり休んだ方がいいだろう」
「……わかりました」
あのパーティー以来、副社長の顔を見るとどうしても課長と抱き合っていた光景が脳内に再生されてしまう。
だから最近は副社長と一緒に居られて嬉しい反面、課長と副社長の関係が気にやんで苦しくもある。
それを副社長に悟られるわけにはいかないので、副社長の前では気丈に振る舞っているつもりだった。けれど、どうやら副社長の目に私は疲れているように映っていたようだ。
副社長はまるで私に有無を言わせないかのようにそう言うので、私は素直にうなずくしかなかった。
こういった休日でも、何かと書斎で忙しそうにパソコンを叩いていることの多い副社長だけど、今日は少し余裕があるらしい。
副社長は元々秘書をつけていなかったからなのだろうけど、何かと一人で片付けてしまうことが多く、私は未だに副社長の仕事の全ては把握しきれていない。
副社長の秘書なのに……。
副社長は、私に対しては言われたことをやってくれてればそれでいいみたいなスタンスだけど、それって本当に秘書っていえるのか疑問に思えてくる。
あのパーティー以来、何となく元気が出ない理由は明確だけど、一度落ち込むと何もかもがダメなように思えて仕方ない。
リビングのドアから出ると、副社長の視界から外れることをいいことにトボトボと自分の部屋へ向かったのだった。
自分の部屋に着くと、自分には勿体ないくらいの高級感溢れたベッドにうつ伏せでダイブした。
それ自体とても贅沢過ぎる行為だ。
そもそも私が副社長にこんな扱いを受けるなんて、許されないような気がする。
だって、副社長には課長がいるのに……。
真相はわかってないけれど、あんな場面を見せられたらやっぱりそうとしか思えないのが本音だ。
つい先日、私が藤崎製菓で働き始めてから初めての給料が振り込まれていた。
以前勤めていた会社よりも月額の手取りは数万円上回っている上に、副社長は私に家事をお願いしただけで家賃や生活費を一切私から受け取っていない。
家事と言っても、今日みたいに副社長が代わりにしてくれることもあるというのに、だ。
だから、私の通帳の残高は決して多くないとはいえ、一気に増えた。
とはいえ、家電や家具も一切持ってない私がこの一ヶ月の給料で一人暮らしをスタートできるかと聞かれれば、まだキツい。
きっと課長と副社長のためには、一日も早くここを出るべきなのはわかっているのに……。
頭の中でぐるぐるとああだこうだと考えているうちに、負のスパイラルに陥ってしまった。
どのくらいそうしていただろうか。
私のスマホが規則的にバイブ音を響かせた。
少し経っても鳴りやまないことから、きっと着信なのだろう。
スマホに手を伸ばしながらこの部屋の壁に掛けられている時計を見上げると、私がこの部屋に入ってから三時間以上経過してしまっていることに気づく。
気づかないうちに、時間だけがどんどん過ぎていたようだ。
結局あれから副社長と課長の真相についてはわからないまま、日だけが過ぎていった。
そんな中、パーティーから一週間ほどが過ぎた日曜日の昼過ぎのことだった。
私がスーパーに食材を買い足しに行こうと冷蔵庫の中を確認していると、突然副社長に声をかけられた。
「それ、買い物メモ?」
「あ、はい……。買い置きしていた冷蔵庫の中身も減ってきたので……」
そもそも副社長がキッチンの方に来ていることに気づいていなかった私の心臓は、あり得ないくらいに飛び跳ねた。
「そうか。それなら今日は俺が行ってくるから、木下さんはゆっくりしてて。夜も俺がご馳走するから」
「……え? でも、そんなの悪いです」
「悪くない。いつもいろいろしてもらってるし、たまにはこのくらいのことさせてくれ。特に、ここのところのきみは疲れも溜まっているみたいだから、ゆっくり休んだ方がいいだろう」
「……わかりました」
あのパーティー以来、副社長の顔を見るとどうしても課長と抱き合っていた光景が脳内に再生されてしまう。
だから最近は副社長と一緒に居られて嬉しい反面、課長と副社長の関係が気にやんで苦しくもある。
それを副社長に悟られるわけにはいかないので、副社長の前では気丈に振る舞っているつもりだった。けれど、どうやら副社長の目に私は疲れているように映っていたようだ。
副社長はまるで私に有無を言わせないかのようにそう言うので、私は素直にうなずくしかなかった。
こういった休日でも、何かと書斎で忙しそうにパソコンを叩いていることの多い副社長だけど、今日は少し余裕があるらしい。
副社長は元々秘書をつけていなかったからなのだろうけど、何かと一人で片付けてしまうことが多く、私は未だに副社長の仕事の全ては把握しきれていない。
副社長の秘書なのに……。
副社長は、私に対しては言われたことをやってくれてればそれでいいみたいなスタンスだけど、それって本当に秘書っていえるのか疑問に思えてくる。
あのパーティー以来、何となく元気が出ない理由は明確だけど、一度落ち込むと何もかもがダメなように思えて仕方ない。
リビングのドアから出ると、副社長の視界から外れることをいいことにトボトボと自分の部屋へ向かったのだった。
自分の部屋に着くと、自分には勿体ないくらいの高級感溢れたベッドにうつ伏せでダイブした。
それ自体とても贅沢過ぎる行為だ。
そもそも私が副社長にこんな扱いを受けるなんて、許されないような気がする。
だって、副社長には課長がいるのに……。
真相はわかってないけれど、あんな場面を見せられたらやっぱりそうとしか思えないのが本音だ。
つい先日、私が藤崎製菓で働き始めてから初めての給料が振り込まれていた。
以前勤めていた会社よりも月額の手取りは数万円上回っている上に、副社長は私に家事をお願いしただけで家賃や生活費を一切私から受け取っていない。
家事と言っても、今日みたいに副社長が代わりにしてくれることもあるというのに、だ。
だから、私の通帳の残高は決して多くないとはいえ、一気に増えた。
とはいえ、家電や家具も一切持ってない私がこの一ヶ月の給料で一人暮らしをスタートできるかと聞かれれば、まだキツい。
きっと課長と副社長のためには、一日も早くここを出るべきなのはわかっているのに……。
頭の中でぐるぐるとああだこうだと考えているうちに、負のスパイラルに陥ってしまった。
どのくらいそうしていただろうか。
私のスマホが規則的にバイブ音を響かせた。
少し経っても鳴りやまないことから、きっと着信なのだろう。
スマホに手を伸ばしながらこの部屋の壁に掛けられている時計を見上げると、私がこの部屋に入ってから三時間以上経過してしまっていることに気づく。
気づかないうちに、時間だけがどんどん過ぎていたようだ。
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