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5.熱い抱擁
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他社の重役のお見送りをしたあとは、私たち社員は後片づけが待っている。
とはいえ、会場内の大がかりな後片づけについては業者さんに任せることになっているので、受付周辺の片付けと会場内の展示物の片付けがメインになる。
私たち秘書課のメンバーは、受付周辺の片付けを割り当てられている。
私が今日の出席者名簿を片付けていると、突然視界全体がごみ袋のようなもので遮られた。
「……え?」
驚いて顔を上げると、先輩秘書数人が私の方にごみ袋を突き出していた。
「ちょっと木下さん、ごみ捨て頼まれてくれる?」
「さっき会場内片付けてた人からごみ袋借りたんだけど一杯になっちゃって、捨てといてって言われちゃったのよね」
先輩秘書たちとは違うところを担当していた私が何でとも思ったけれど、先輩秘書たちに頼まれてさすがにノーとは言えない。
課長の圧力もあって先輩秘書たちから嫌味を言われることはなくなったものの、彼女たちが私のことを良く思ってないのは変わらないのだろう。
「はい、わかりました」
ここは仕方なしに素直に引き受けると、先輩秘書たちは満足そうにしていた。
ごみ捨て場は、この建物の一階の西出口を出て右側にあると聞いている。
エレベーターホールまでたどり着くものの、ひとつのエレベーターはちょうど今下に降りていってしまったところだった。
もうひとつエレベーターはあるものの、そちらは上の方の階に止まったまま降りてくる気配がない。
仕方ない。三階という微妙な位置だし、ゴミもかさの割に重くないから階段で行こう。その方がきっと早い。
そう思って、エレベーターホールの脇にある階段室の方へと向かった。
階段室へは厚いドア一枚で隔たれている。
それなりに重さのあるドアを開くと、中は外の音を遮断されているかのように静かな空間だった。
さすがにここで物音を立てたら階段室内に響き渡ると思い、なるべく音を立てないようにドアを閉める。
そして階段を一歩降りかけたとき、思わずその足を止めた。
何となく、どこかから女の人の話すような声が聞こえたような気がしたからだ。
微かに聞こえたような気がしただけなので、気のせいだったのかもしれない。
だけど、そのときだった。
やっぱり女の人の声が聞こえたのだ。今度は男の人のものも聞こえる。
意外と近くから聞こえたような気がして、音を立てないように曲がり階段になってる階段の手すりから、そっと上下の階の踊り場を覗き見る。
その瞬間、思わず息をのんだ。
近くから声が聞こえる気がしたと思ったのは間違っておらず、ちょうど階下の二階の踊り場で、男女が抱き合っていたのだ。
それだけなら、私はすぐにでもそっと物音を立てないようにエレベーターホールの方へ引き返せただろう。
すぐにそれができなかったのは、抱き合っていた男女が副社長と課長だったからだ。
副社長と課長は高校時代からの親友だ。仲も良いし、付き合っていたとしても何ら不思議はない。
さらに仕事が出来て美人な課長は有能なイケメン副社長とお似合いで、誰も文句なんてつけられないと思う。
だけど、そう思うと同時に胸が引き裂かれるような痛みに襲われる。
それは少なからず、私が副社長のことを好きになってしまっていたからなのだろう。
以前、私がここに入社したばかりの頃、課長は副社長とは高校時代からの親友だと言っていたけれど、最近付き合い始めたということなのだろうか?
いや、もしかしたら表向きでは副社長とは親友だと言っていただけで本当は二人は付き合っていて、社内では二人の関係を隠していただけなのかもしれない。
本当のところは、どんなに考えたってわからないのだけれど……。
でももし後者なら、私が二人のことを見てしまったと気づかれるのはさすがにまずいだろう。
ショックで動かない身体にムチを打って、私は何とか音を立てないように階段室を出た。
そのあとのことは、あまりよく覚えていない。
その日の夜はあまりに副社長と顔を合わせるのが辛くて、夜ご飯を一緒に済ませたあとはずっと自分の部屋に引きこもってしまった。
とはいえ、会場内の大がかりな後片づけについては業者さんに任せることになっているので、受付周辺の片付けと会場内の展示物の片付けがメインになる。
私たち秘書課のメンバーは、受付周辺の片付けを割り当てられている。
私が今日の出席者名簿を片付けていると、突然視界全体がごみ袋のようなもので遮られた。
「……え?」
驚いて顔を上げると、先輩秘書数人が私の方にごみ袋を突き出していた。
「ちょっと木下さん、ごみ捨て頼まれてくれる?」
「さっき会場内片付けてた人からごみ袋借りたんだけど一杯になっちゃって、捨てといてって言われちゃったのよね」
先輩秘書たちとは違うところを担当していた私が何でとも思ったけれど、先輩秘書たちに頼まれてさすがにノーとは言えない。
課長の圧力もあって先輩秘書たちから嫌味を言われることはなくなったものの、彼女たちが私のことを良く思ってないのは変わらないのだろう。
「はい、わかりました」
ここは仕方なしに素直に引き受けると、先輩秘書たちは満足そうにしていた。
ごみ捨て場は、この建物の一階の西出口を出て右側にあると聞いている。
エレベーターホールまでたどり着くものの、ひとつのエレベーターはちょうど今下に降りていってしまったところだった。
もうひとつエレベーターはあるものの、そちらは上の方の階に止まったまま降りてくる気配がない。
仕方ない。三階という微妙な位置だし、ゴミもかさの割に重くないから階段で行こう。その方がきっと早い。
そう思って、エレベーターホールの脇にある階段室の方へと向かった。
階段室へは厚いドア一枚で隔たれている。
それなりに重さのあるドアを開くと、中は外の音を遮断されているかのように静かな空間だった。
さすがにここで物音を立てたら階段室内に響き渡ると思い、なるべく音を立てないようにドアを閉める。
そして階段を一歩降りかけたとき、思わずその足を止めた。
何となく、どこかから女の人の話すような声が聞こえたような気がしたからだ。
微かに聞こえたような気がしただけなので、気のせいだったのかもしれない。
だけど、そのときだった。
やっぱり女の人の声が聞こえたのだ。今度は男の人のものも聞こえる。
意外と近くから聞こえたような気がして、音を立てないように曲がり階段になってる階段の手すりから、そっと上下の階の踊り場を覗き見る。
その瞬間、思わず息をのんだ。
近くから声が聞こえる気がしたと思ったのは間違っておらず、ちょうど階下の二階の踊り場で、男女が抱き合っていたのだ。
それだけなら、私はすぐにでもそっと物音を立てないようにエレベーターホールの方へ引き返せただろう。
すぐにそれができなかったのは、抱き合っていた男女が副社長と課長だったからだ。
副社長と課長は高校時代からの親友だ。仲も良いし、付き合っていたとしても何ら不思議はない。
さらに仕事が出来て美人な課長は有能なイケメン副社長とお似合いで、誰も文句なんてつけられないと思う。
だけど、そう思うと同時に胸が引き裂かれるような痛みに襲われる。
それは少なからず、私が副社長のことを好きになってしまっていたからなのだろう。
以前、私がここに入社したばかりの頃、課長は副社長とは高校時代からの親友だと言っていたけれど、最近付き合い始めたということなのだろうか?
いや、もしかしたら表向きでは副社長とは親友だと言っていただけで本当は二人は付き合っていて、社内では二人の関係を隠していただけなのかもしれない。
本当のところは、どんなに考えたってわからないのだけれど……。
でももし後者なら、私が二人のことを見てしまったと気づかれるのはさすがにまずいだろう。
ショックで動かない身体にムチを打って、私は何とか音を立てないように階段室を出た。
そのあとのことは、あまりよく覚えていない。
その日の夜はあまりに副社長と顔を合わせるのが辛くて、夜ご飯を一緒に済ませたあとはずっと自分の部屋に引きこもってしまった。
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