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4.触れない唇
(7)
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「……そうか」
私の話を聞いて副社長は一言そう言ったけれど、抑揚のない言葉からは副社長の気持ちは全くもって読み取れない。それに私が話したことは事実とはいえ、副社長が信じてくれたのかどうかもわからない。
私が今回飲みに行くことを相談したとき、副社長はあまり突っ込んで聞いてくるようなことはしてこなかった。
それは、一緒に住む私のプライベートに踏み込まないように気を遣ってくれていたのかもしれないけれど、こんなことになってしまうなら最初からちゃんと話しておけば良かったのかもしれない。
そう思ってしまうくらいに、副社長に誤解されるのが嫌だった。副社長に信じてもらえる方法があるのなら、教えてほしいくらいに。
結果的に男性と二人で飲みに行ったことは事実だし、自業自得と言われればそうなのだけど、それを知って副社長がどう思ったのか考えるだけで怖い。
普通に考えたら、私が誰と何をしようが副社長には関係ないはずなのに、今の私には副社長にどう思われてしまったのか、それが一番気がかりだった。
「それはわかったが、泣いていたのはどうしてなんだ? あいつに何かされたのか?」
「それは……」
副社長に何て言えば良いのだろう?
思わず口ごもってしまい、なかなか何もこたえない私を不審に思ったのだろう。
「木下さん……?」
副社長が怪訝そうに私に聞いてくる。
「あ、すみません……。ちょっと喧嘩をしてしまって……」
「男女のトラブルか?」
「いえ、そういうのじゃないです」
副社長の声が再び怒気を含んだものに変わったように感じて、慌てて否定する。
もしかしなくても、副社長はやっぱり私と福田くんのことを疑ってるのかな?
そこだけは違うと信じてほしいのに……。
「全然そういうのじゃなくて、仕事のことで……」
「仕事? あいつにお前と仕事で接点なんてないだろう?」
「ええ、そうなんですけど、副社長の秘書を辞めた方がいいと言われて……」
「何であいつにそんなことを言わなければならないんだ」
「何でと言われましても……」
さすがに副社長に面と向かって、副社長と居ると私が傷つくから秘書を辞めろと言われたなんて、言えるわけがない。
そもそも、そればっかりを主張していた福田くんからは、根拠となる理由を聞き出せていないのだ。
あの場で感極まって飛び出してきてしまったけれど、そこははっきりさせてからにすれば良かったと少し後悔する。
副社長は、秘書を辞めた方がいいと言われて私が傷ついたと思ったのかもしれない。
次の瞬間には、副社長はまるで慰めるように私の頭をぽんぽんと撫でてくれていた。
「辛かったな。まだ秘書の仕事は始めたばかりなんだから、そんなことを言う奴のことは気にするな。俺にとってきみは最高の秘書だ、ずっとそばに置いておきたいくらいに。だからもっと自信を持て」
「……はい」
副社長は何をもって私を最高の秘書だなんて言ってくれているのかはわからない。
だけど私を必要として認めてくれたことが、ただただ嬉しかった。
もし本当に福田くんの言う通り、副社長の秘書を続けることで私が傷つくようなことがあったとしてもそれでもいい。
私は、副社長の秘書としてそばにいたいんだ。
「それと……」
その声に再び副社長の方を見やると、どういうわけか副社長の顔がこちらに迫ってきた。
まさか、キス……?
この前の夜に額にキスされたときのことを思い出してしまい、まさかと思った。
どうしよう……。でも、でも……。
「うきゃっ」
だけど次の瞬間に私に走ったのは、額への弾かれるような刺激だった。
大して痛くはなかったけれど、想定外の刺激に変な声が出てしまった。
「何、その気になってんだ。そんなんじゃ唇奪われても文句言えないぞ?」
「へ……?」
どうやら私の額は副社長の人さし指でツンとつつかれたようだ。
でも、どうして……?
「友達とはいえ、男と二人で酒を飲みに行くなんて襲われに行っているようなもんだ。このくらい回避してもらわないと困る」
「す、すみません……」
「今回は仕方なかったのかもしれないが、今後は男と二人きりで飲みに行くなよ」
副社長はそう言って席を立つと、台所の方へ移動して冷蔵庫の中から私が作り置いていた夕食を取り出しはじめる。
「あ、私やります! すみません、夜ご飯まだなのに話聞いてもらっちゃって……」
「別に、次から気をつけてくれればそれで構わない」
私がやると言ったものの、結局副社長と二人で副社長の夜ご飯を温めた。
でも、どうしてだろう?
副社長にキスされそうになったとき、結局額をつつかれただけで、キスしてもらえなかったことを残念に思っている私がいる。
それ以外でも、副社長に誤解されるのが嫌だったり秘書としてそばにいたいと思ったり。これじゃまるで私、副社長のことを好きみたいじゃないか。
……でも、そうなのかもしれない。
そのあとお風呂に入って自分の部屋でもしばらく考えたけど、結局私は、自分でも気づかないうちに副社長のことを好きになってしまったのだろう。
自分の気持ちを自覚した途端に隣の部屋で休んでいる副社長のことを意識してしまい、またもや寝不足になってしまったのは言うまでもない。
私の話を聞いて副社長は一言そう言ったけれど、抑揚のない言葉からは副社長の気持ちは全くもって読み取れない。それに私が話したことは事実とはいえ、副社長が信じてくれたのかどうかもわからない。
私が今回飲みに行くことを相談したとき、副社長はあまり突っ込んで聞いてくるようなことはしてこなかった。
それは、一緒に住む私のプライベートに踏み込まないように気を遣ってくれていたのかもしれないけれど、こんなことになってしまうなら最初からちゃんと話しておけば良かったのかもしれない。
そう思ってしまうくらいに、副社長に誤解されるのが嫌だった。副社長に信じてもらえる方法があるのなら、教えてほしいくらいに。
結果的に男性と二人で飲みに行ったことは事実だし、自業自得と言われればそうなのだけど、それを知って副社長がどう思ったのか考えるだけで怖い。
普通に考えたら、私が誰と何をしようが副社長には関係ないはずなのに、今の私には副社長にどう思われてしまったのか、それが一番気がかりだった。
「それはわかったが、泣いていたのはどうしてなんだ? あいつに何かされたのか?」
「それは……」
副社長に何て言えば良いのだろう?
思わず口ごもってしまい、なかなか何もこたえない私を不審に思ったのだろう。
「木下さん……?」
副社長が怪訝そうに私に聞いてくる。
「あ、すみません……。ちょっと喧嘩をしてしまって……」
「男女のトラブルか?」
「いえ、そういうのじゃないです」
副社長の声が再び怒気を含んだものに変わったように感じて、慌てて否定する。
もしかしなくても、副社長はやっぱり私と福田くんのことを疑ってるのかな?
そこだけは違うと信じてほしいのに……。
「全然そういうのじゃなくて、仕事のことで……」
「仕事? あいつにお前と仕事で接点なんてないだろう?」
「ええ、そうなんですけど、副社長の秘書を辞めた方がいいと言われて……」
「何であいつにそんなことを言わなければならないんだ」
「何でと言われましても……」
さすがに副社長に面と向かって、副社長と居ると私が傷つくから秘書を辞めろと言われたなんて、言えるわけがない。
そもそも、そればっかりを主張していた福田くんからは、根拠となる理由を聞き出せていないのだ。
あの場で感極まって飛び出してきてしまったけれど、そこははっきりさせてからにすれば良かったと少し後悔する。
副社長は、秘書を辞めた方がいいと言われて私が傷ついたと思ったのかもしれない。
次の瞬間には、副社長はまるで慰めるように私の頭をぽんぽんと撫でてくれていた。
「辛かったな。まだ秘書の仕事は始めたばかりなんだから、そんなことを言う奴のことは気にするな。俺にとってきみは最高の秘書だ、ずっとそばに置いておきたいくらいに。だからもっと自信を持て」
「……はい」
副社長は何をもって私を最高の秘書だなんて言ってくれているのかはわからない。
だけど私を必要として認めてくれたことが、ただただ嬉しかった。
もし本当に福田くんの言う通り、副社長の秘書を続けることで私が傷つくようなことがあったとしてもそれでもいい。
私は、副社長の秘書としてそばにいたいんだ。
「それと……」
その声に再び副社長の方を見やると、どういうわけか副社長の顔がこちらに迫ってきた。
まさか、キス……?
この前の夜に額にキスされたときのことを思い出してしまい、まさかと思った。
どうしよう……。でも、でも……。
「うきゃっ」
だけど次の瞬間に私に走ったのは、額への弾かれるような刺激だった。
大して痛くはなかったけれど、想定外の刺激に変な声が出てしまった。
「何、その気になってんだ。そんなんじゃ唇奪われても文句言えないぞ?」
「へ……?」
どうやら私の額は副社長の人さし指でツンとつつかれたようだ。
でも、どうして……?
「友達とはいえ、男と二人で酒を飲みに行くなんて襲われに行っているようなもんだ。このくらい回避してもらわないと困る」
「す、すみません……」
「今回は仕方なかったのかもしれないが、今後は男と二人きりで飲みに行くなよ」
副社長はそう言って席を立つと、台所の方へ移動して冷蔵庫の中から私が作り置いていた夕食を取り出しはじめる。
「あ、私やります! すみません、夜ご飯まだなのに話聞いてもらっちゃって……」
「別に、次から気をつけてくれればそれで構わない」
私がやると言ったものの、結局副社長と二人で副社長の夜ご飯を温めた。
でも、どうしてだろう?
副社長にキスされそうになったとき、結局額をつつかれただけで、キスしてもらえなかったことを残念に思っている私がいる。
それ以外でも、副社長に誤解されるのが嫌だったり秘書としてそばにいたいと思ったり。これじゃまるで私、副社長のことを好きみたいじゃないか。
……でも、そうなのかもしれない。
そのあとお風呂に入って自分の部屋でもしばらく考えたけど、結局私は、自分でも気づかないうちに副社長のことを好きになってしまったのだろう。
自分の気持ちを自覚した途端に隣の部屋で休んでいる副社長のことを意識してしまい、またもや寝不足になってしまったのは言うまでもない。
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