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4.触れない唇

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「福田くんは、副社長は私を傷つけるような人だって言いたいの?」


 副社長は言ってた。親友の妹を傷つけるようなことはしないって。

 確かに寝てるときに、抱きしめられたり額にキスされたりしたけれど、あれは副社長が酔ってたからなのだろうし、もしあのとき私が起きて副社長を拒めば、きっと副社長はそこで止めてくれるような人だと思う。

 実際のところはわからないけど、少なくとも今の時点で私は副社長に傷つけられてはいないんだから、副社長をそんな風には言ってほしくない。

 副社長は、私に仕事と住む場所を与えてくれた恩人なのに……。


「副社長が直接木下を傷つけなくても、木下が傷つく原因になり得るんだよ」


 それなのに、何でそんな風に言うの?


「何それ。福田くんは副社長の何を知ってて、そんな風に言い切れるの?」


 私だって、副社長のことを何でも知ってるわけではない。

 私よりも勤続年数の長い福田くんの方が知っていることも多々あるのだろう。


「それは……」


 私に言い返されないとでも思っていたのか。

 言葉を返した私を前にして、福田くんは少なからずうろたえているようだった。


 だけど、そんなの知らない。

 うろたえるくらいなら、福田くんがそんな風に思う根拠のひとつやふたつ挙げてくれればいいのに……。

 それすらないのに、私が福田くんの話に納得できるわけがない。


「副社長はとても親切な人だよ。こんな私のことを秘書にしてくれたし……、とても優しい」


 思わず住む場所も提供してくれたと言いそうになって、言葉を飲み込んだ。

 あくまでも私と副社長が一緒に住んでいることは、他の社員には秘密ということになっているからだ。


「……それに福田くんは、私がようやく就けた仕事を辞めろって言うの?」


 福田くんには、さっき私がここに採用が決まるまで苦労したことは話したはずだ。

 何より、副社長の厚意もあってようやく得られた仕事を、そんな不確定で不確実な理由で辞めるなんてできない。


「そうじゃない。会社を辞めろとまでは言ってない。でも、秘書として担当する相手を変えてもらうなり、他の課に異動させてもらうなりした方がいい」


 傷つくとかそんなこと言って、具体的な理由は何もなしに副社長の秘書をやめろだなんて言われても、受け入れられるはずがない。


「うるさい! 私は新しい仕事に就けて充実してるんだから、それでいいじゃない!」

 さすかにイライラが頂点に達して、私は思わずバンッとテーブルを叩いて立ち上がる。


「木下……」


 彼が私を見てうろたえたのは、感極まって私の目から涙が溢れてしまっていたからだろう。


「福田くんには、わからないよ……」


 私がどれだけ副社長に感謝しているかも、どれだけこの仕事に就けたことを感謝しているかも、何も知らないというのに、何で久しぶりに会った福田くんにそんな風に言われなきゃいけないの。



「ごめんね。今日はもう帰るね」


 せっかく高校時代の思い出話で盛り上がって楽しかったのに、その気持ちは全て塗り替えられてしまった。


 このままここに居てもお互いに嫌な思いをするだけなのは目に見えていたし、少なくとも私はこれ以上この場を楽しめる自信がなかった。

 私はテーブルの真ん中に代金を置いて、帰らせてもらうことにした。


「おいっ、木下……っ!?」


 一度だけ福田くんが私を呼ぶ声が聞こえたけれど、私は今更ここに留まるつもりはなかった。

 私はそんな福田くんの声を無視して、足早に彼と飲んでいたお店をあとにした。
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